笑う彼女を初めて見たとき、彼女もまた人であるのだと他人事のように感じた。
人であるのはわかっているはずなのに、彼女は私達人間のように醜くくもなければ、
汚いとも感じない。その身すべてが湧き出た透明の水のような穢れなき美しさで作られているように思えた。
彼女を初めて見たのは、入学式であった。
壇上で挨拶をする彼女はつい先月まで中学生だったとは思えないほど、
大人びた印象だった。
それは彼女の話し方がわかりやすくもありながら少し考えさせるような話であったのと、
彼女のこちらを見下ろす目が、ただの同級生を見る目ではなく、神様が人を慈しむようであった。彼女は私達とは違う人間であるのだと、一瞬にして叩き込まれた。
もはやその後の在校生代表の挨拶や理事長の挨拶なんて誰も耳に入らなかっただろう。
入学式が終わった後の教室は彼女についての話で一色。
誰も彼も、彼女はすごい人だ、素晴らしい人だと褒めたたえる状態は彼女以外であれば気味の悪さを感じただろうが、彼女であるからそのような賞賛が溢れかえっても仕方がないと、何も思うことはなかった。
流石にあの挨拶だけで彼女を崇拝している同級生には少し引いたのはここだけの話。
4月も終わり、高校生活にも若干の慣れが出てきた頃でも、彼女の人気は途絶えることはなく、さらに増していった。知り合い曰く、人間のようなところが良いと。
初めて聞いたときなんだそれと思ったし、人間だと思っていなかったのかと知り合いにドン引きしたのだが集会や学校行事で見る彼女の姿は明らかに人間とは違う。
光り輝いているといっても過言ではないほど、彼女は美しく、
所作の全てが洗練されていて、遠目でも人間ではないと思った。
そう思って以来、彼女のクラスを通りがかったり集会があったりする度に彼女を横目で見るのだが、知り合いと私の感性は違うようで私は彼女が人間ではないと徐々に思うようになってきた。あんなに綺麗な人が同じ人間だと思えなかった。
さらに数か月後、知り合いから彼女のファンクラブが密かにあることを伝えられた。
ファンクラブなんて少女漫画の架空の存在だと思っていたのに現実にあるなんてと驚愕したのも記憶に新しい。知り合いはそのファンクラブに入ったと言ったが、非公式であるのに何をするのかと私が聞けば、彼女の美しさや気高さを讃えて彼女の幸福を祈り、彼女の不幸を退けるのがファンクラブの活動内容らしい。宗教みたいであるし、それだけで喜べる知り合いの感性がイマイチよくわからなかった。
ファンクラブの存在を知った後も、前も特に騒がしいようなことはない。
神様のような彼女に特に突っかかるやつもいなければ、彼女が囲まれるわけでもない。
みんな彼女を一定距離を保って見守っている。
クラスでの会話の内容は彼女の話題だけではないが、
それでも彼女がクラスの前を通りかかれば、彼女一色になる。
彼女に対する感情だけ、あの入学式から全く変わっていない同級生たちは奇妙であるが、
難しくなった勉強や人間関係、部活動で拗れていく頭の中で唯一の光のようなもので、
崇拝する気持ちがわかってしまった。
雪が降る寒い時期になっても、私は彼女と会話をしたことがなかった。
そもそも彼女が会話をするのなんて彼女と同じクラスの人でもあるか無いか。
三年間ずっとただ一方的に見て終わるんだろうなと勇気もなにもない自分は思っていたが、
どうやら最大限の運が巡ってきていたらしい。
放課後、たまたま図書室にずっといたせいか外の日は傾いていて、
薄暗くなっていた。早く家に帰らなければと足を早めていたとき、一台の車が目に留まった。学校のレベルからお迎えの高級車が止まっていることは何度もあるので、そこは気にしないが、車に今まさに乗り込もうとしているのは、彼女であった。
車の運転手が気安い人間なのだろう、見たこともないような緩んだ顔で笑っている。
年相応の人間みたいだと遠くで思った。
急がなきゃと思う反面、足は縫い付けられたようにその場を動かず、
また視線も彼女に引き寄せられていた。
その視線に気づいたのだ、あの、彼女が。
にっこりと、先ほどの緩んだ笑顔ではなく、あの入学式で見たような神が人間を慈しむようなあの微笑みで。
「また、明日。」
彼女が乗り込んだ車が視界から離れても、その場を動くことができなかった。
私と彼女は他人同士であったのに、あの一言の明日という言葉だけで、
まるで初恋のように胸が高鳴ってしまった。
神様と目が合ったようなそんな心地を体験してしまった。