始まりがあれば、必ず終わりは訪れる。それは、絶対の法則だ。
 主が亡くなったのは、よく晴れた穏やかな日のことだった。
 とはいえ、決してそれは唐突なものではなかった。いつか必ず訪れることであり、数年ほど前から業務に取り掛かれずに寝込む日が増えたことこそがその兆候だったのだろう。次第にその頻度は増し、入院やら検査やらで数日ほど本丸を留守にすることが多くなった。そして、ついには病室から指示を行うようになり、最後には日課すら満足に行えなくなっていって。ここ一月の間、主の身体が起きあがることもその瞼が開かれることもなく、いくつもの機械と管によって繋がれた姿だけが当たり前のものとなっていたからだ。
 まだ中年と呼ぶには些か若すぎる年齢だった。だが、主の経歴を考えればこれでも長生きしたほうだと言えるだろう。不治の病に侵され、いつ死ぬかもわからなかった身体。ここまで生き延びられたのは彼女と、そして彼女のそばにいた男士たちのおかげであり、その努力は十二分に実っていたのだ。
 本丸内での形ばかりの葬式の後、主の遺体は現世へと送られ、俺たちは各々に選択肢を与えられた。政府預かりとなり、これからも刀剣男士としての役割を果たしていくか、それとも、刀解され、その役目を終えるか。数日与えられた猶予の末、この本丸に顕現した半数以上が後者の選択を取った。彼女に懐いていた者、忠義を尽くしていた者、そして――愛という感情を自覚した者。その細部こそ違うものの、彼らは己の信念に従って、あるべき場所に還っていったのだ。
 人は白い煙となって何処かに行く。だが、俺たちは一体何処へ行くというのだろう。地獄に行くなどと口にしていた奴もいたが、何を根拠にそこに行けると確信している。機械の類や心の宿らない物品が壊れたとしても、それらが天国や地獄といったものに行くとは誰も考えないくせに。どれだけ臨んだところで、俺たちが、人に振るわれた刀剣が、主と同じ場所に行けるとは限らないのだ。
「……主」
 穏やかな日差しが差し込む中、家主のいなくなった空間に――彼女が一日の大半を過ごしていた執務室に吐き出す。ここ数日は残った男士たちがひっきりなしに訪れていたが、今しがたは落ち着いていて。あまりここに来ることはなかったが、もうすぐ、お別れになる。
 俺たちの始まりは、この場所だった。監査官として訪れた際、その表情は警戒の色に染まっていた。どれだけ俺が神経を逆撫でするような言葉を吐こうとも、ただ冷静に任務に取り掛かり、優秀な成績を収めた。正式に配属となってからは他の男士と同様に扱われ、他愛のない話をしたり色々なことに気を配ってもらったりもして。かつての日々が、まるで映画のフィルムを早回しするように脳裏に流れていく。
「俺は、君が好きだったよ。初めて会ったときから、ずっと」
 心に芽吹いた想いは、今、ようやく地中からその姿を見せて。その言葉を肯定するように、温かな風が優しく頬を撫でた。
 言えなかった。言えるはずもなかった。それを伝えたところで彼女を困らせるだけであり、どうすることもできなかった。それがただの詭弁であり、臆病な自分を誤魔化すための言い訳であることは理解している。何かしらの手段を取れば結果は変わっていたのかもしれないことも。だが、俺は――ただ、彼女の山姥切でいたかったのだ。
「今まで君の刀剣でいさせてくれて――山姥切と呼んでくれて、ありがとう」
 この想いは、もう何処にも行けない。心の底から本当に望んだことが叶うはずもない。だが、それでも――ようやく俺は前へ進めるような、そんな気がした。
 最後に彼女の部屋に一礼し、その場を後にする。この世界に残ると決めた以上、果たさなければならないことは山ほどある。あの頃と似たような生活が待っており、その中で俺の立場もゆくゆくは落ち着いていくだろう。
 新たな始まりを思いながら、ひとつの終わりの寂しさへ、ただ静かに身を委ねた。
(完)
 
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