マイクテストマイクテスト
※SideM/薫と冬馬(てるあま)
「早く免許取りてえ」
そう、年下ながらに頼もしい先輩である高校生の漏らした一言を、薫はどうするべきかと思案した。特別親しいかといえばそうではないが、かといって仲が悪いわけでもない。そもそもこの事務所はアイドルたちの距離が近い、し、なんだかんだ言いながら自分も気にかけていることが多い。懐かれる、というのは悪くないんだと、最近ようやく素直に思えるようになってきた。自分と彼のふたりしかいないのだ、ここは会話を広げてもいいだろう。薫は隣に座る高校生アイドル――――天ヶ瀬冬馬に視線を向けた。
「…なにかあったのか?」
「へっ」
「君がそんなことを言うのは珍しいだろう」
プロデューサーや伊集院くんたち相手ならともかく。申し訳程度に添えた言葉に、冬馬のまとう空気が変わる。察するに、無意識のままつぶやいていたのだろう。幾許か逡巡した後に小さな声で、桜庭さんは免許、いつ取ったんスか?と聞かれて記憶を掘り起こす。確かまだ上京する前だったはずだ。
「…大学で他のことに時間を割くつもりはなかったからな」
一分一秒が惜しかったのだ、あの頃は。図書館に通いつめてすべての蔵書を読破して、どんな些細なことでも役立ててやろうと思っていた。それは医師になってからも変わらなかった。まさか数年後、己の手に持つものがメスや聴診器からマイクになるとは、微塵も思わなかったが。
これで参考になったのだろうか。疑問のまま冬馬の方をみると、年相応に表情を変えながら思案している。無言を催促と思ったのか、冬馬はぽつぽつと話を続けた。わかざとさんが、免許とりにいくらしくて。自分でどこでも行けるって、やっぱ羨ましくて。でも、それだけじゃなくて…。
「…大人になりたいか、ってことじゃないんスけど、…手の届くところにほしいものがあるのになって」
「……そうだな」
痛いほど気持ちはわかる。けれどおそらく、彼の自立を喜ぶ気持ちと同時に寂しがる人間ばかりだろう。"こどもはこどもらしく"なんて古い考え方ではなく、大切にして、可愛がって、頼ってほしがりな大人が多い。困ったことがないか、力になれることはないか、手助けは必要ないか。皆、必要以上に傷ついてほしくないのだ。傷ついたことがあるから。もしくはそれを、助けられなかったから。
薫は再度、冬馬に目を遣った。自分と彼との距離感では、何を考えているのか察することは難しい。おそらくこちらが考える以上に様々なことを思い巡らせているのだろう。十七歳のあたまの中で複雑に絡まったヒモを解くのは、己の役目ではない。薫は個人用のスマートフォンを取り出して、ぱぱぱ、と連絡を済ませた。三十分以内に事務所に来い。どうせあのお節介のことだ、今日自分が誰と一緒だったかも把握しているだろう。これだけで充分伝わる。あとは任せてしまえばいい。
「…少なくとも、きみが免許をとったら」
「?」
「あのバカの迎えのために僕か柏木が間違いなく連絡することになる」
「へ…」
「だから今くらい、素直に甘えておいたらどうだ?」
「…!」
薫の言わんとすることに気付いた冬馬が、一瞬で顔を赤く染める。その後、次の予定があるからと別行動になった薫とわかれ、事務所に戻った冬馬を出迎えたのは事務員の賢ではなく――――
「おかえり、冬馬」
「…ただいま、っす」
桜庭が呼び出しておいた輝だったのは、言うまでもない。
(了)