#タイトルがはいる
「手袋とらなくていいよ」
深く絡めた手を抜き去ろうとしたので、ノートンは幼子に対するような口調でそれを制した。銅製のベンチに隣り合って腰を落ち着かせたイソップは、ウロウロと視線を彷徨わせたが、結局はノートンの厚い手の下で大人しくしていることを選んだ。面を伏せたまま、その重なり合った掌をじっと見詰めている。
「手袋も、マスクも、取らなくていい。詰襟の釦も外さないで、下着も、脱がないままでいい」
手入れの行き届いた庭園は解放感があり、無味乾燥とした男に対してだって、こんな俗っぽい話も簡単に出来る。
君のことが好きだと云った当人から発せられたとは思えない言葉に、彼は理解が追い付いていないようだった。ノートン自身、自分の発言が一般的でないことは重々承知していた。不可解な出来事に直面し、戸惑いと僅かな苛立ちに伏せられ震える睫毛は、可哀想で、かわいいと思う。
「恋人というものは、ふつう、素肌で触れ合うことを喜ぶものでは?」
「キミがふつうを語るの?」
「おかしいですか?」
二人きりの空間で、二人隣り合って椅子に坐り、触れ合う。イソップはイソップなりに、恋人を演じようと努力してくれている。このシチュエーション下で自分が何をすべきか、どんな反応をすべきか、しんと凍ったままの顔の下、考えている。
イソップは常に激情を内に秘めていたが、ノートンが云う、無知を揶揄うような言葉には大した反応を示さない。彼が感情を大きく揺り動かす出来事は、一貫して、彼の仕事に関することである。二人の間でしか通用しないルール、あるいは暗黙の了解事に対して、イソップはいつもノートンの指示と決定を待った。従順なのではなく、ただ今は、自分が不利益を被る一線を見極めようとしている。
「キミの衣服の下に何があるのか想像するのが好きなんだ。その真っ白な手袋の下に、何があるのか……」
手首まで覆う彼の手袋は、目立たない縫い目のせいか、遠目にはまるで肌の一部のように見えた。青く血の透ける肌から地続きになる、幽鬼のように白い手は、この世のもとの思えなくて一瞬はっとする。
「傷があるのかもしれないね。不慮の事故で負った傷か、親に折檻された鞭の痕かもしれない。醜い火傷が、手の甲一面に広がってるのかもしれない」
「はあ」
「そういう楽しい遊びを、俺はしてるってこと」
「おかしな遊びですね」
ケロイドの広がるごわごわと手触りの悪い手で、布に包まれた手を摩る。この下に何があるのか、想像を巡らす。節の目立たぬ指、血管の浮かぶ甲、爪は執拗に切りそろえられ、血が滲んでいるのかもしれない。しかし、皮膚は白く、きっと傷一つない。
ノートンにとって、男を抱くこと、つまり衣服の下にある肉体を貪ることは、大した優先度を持たない。こうしていかにも潔癖然とした人間の、白とも黒とも断言できない布で隠された部位を想像する、その時間の方がよほど有意義のように思え、断然興奮できた。
「――それって、今だけですか?それとも、ずっと?」
マスクの下に隠された顔は、流石に知っている。しかし再び布に覆われ数刻もすれば、痴呆老人のようにすぐに忘れ去った。そして理想のうつくしい陶磁器めいた肌を新たに想像する。愛にも金銭にも汚されていない顔だ。
そんな生産性のない不毛な妄想を繰り返している。
「キミが我慢できなくなるまでは、このままがいいな」
美しい花を咲かせる植物も、地中ではうぞうぞと身の毛がよだつ根が四方に張り巡らされているらしいが、この男に限っては違うと断言できた。
ただ、きっと忌々し気に唇を噛んでいるだろうそれを見れないのは、少しだけ、勿体ないかもしれない。
1時間 終わり
少し調整するか
まあいっか
お疲れ様です。