お題『幸せは誰も殺さない?』
幸せとはどんな感情なんだろう、とふと俺は思った。
楽しい?嬉しい?
誰かに認められていると感じること?必要とされていること?
幸せに思うきっかけは、きっと人それぞれなのだろうな、と思う。
そしてその幸せはさぞかし、とても温かい気持ちになるのだろう。
でもその後は?
心の中を十分に、十分に満たされた、その後は?
コップの淵のギリギリまで注がれた水は、そのまま溢れるか、徐々に蒸発してしまうのだろう。
その前に誰かが飲み干してしまうのかもしれない。
コップがひび割れていないという証拠は?
いっぱいに注いでしまったら壊れてしまうのかもしれない。
俺は、そんな暗い想像をしながら、戸を叩いた。
「今日もですか、ノートンさん」
「面倒かけてごめん。……どうしても、眠れなくて。準備はして来たから……」
「僕の所ではなく、エミリーさんの所へ行った方が良いと何度言えば良いんですか」
「薬は、嫌だ」
ハァ、と目の前の人物は溜息を吐いた。
この人はいつだって面倒臭そうに喋るし、実際、深夜訪ねてくる俺のことを鬱陶しく思っていることだろう。でも何度扉の前で問答しても、最終的には部屋の中に入れてくれるし、俺のお願いだってきちんと聞いてくれる。
悪く言えば気を遣わなくても良い相手だ。
今日も、最初は眠そうな目をなんとかこじ開けているように半目で俺を睨んでいたが、渋々扉を大きく広げてくれた。入っても良いとのことだ。
「……ありがとう」
「礼は良いです。さっさと済ませますよ」
白い手袋越しに、彼の温かな体温が俺に伝わる。ああ、彼も生きているんだな、とどうでも良いことを思った。
向かった先は大きな灰色の棺。普段彼がゲームで使っている棺だ。ゲームでは縦で使われるが、今は通常通り横になっている。
彼はゴトリと音を立てて棺の蓋を外した。中に人形はない。ただ、クッションがあるだけ。
「どうぞ」
俺は吸い込まれるように、その棺の中へと足を踏み入れた。
もう何度もこの中へ入ってきたのだ。
先に両足を入れ、棺の淵へ腰かける。そのまま棺へ一歩腰を進ませ、下半身を伸ばして、同時に上半身を棺の中へ横たわらせる。少しごそごそと体勢を変えて、俺は仰向けになった。
「……済みましたか?」
「……うん」
少し遠くに聞こえる彼の声が、蓋を閉めていいかと問いかけてきた。
一瞬、俺はこの後に起こることを想像して返事を躊躇ったが、肯定した。声が震えていたかもしれない。
「ではノートンさん。お休みなさい」
ズズ、ズ、ガタン。
端を引きずって、棺の蓋は閉められた。
一瞬にして奪われた光と、音。
何も見えない。何も聞こえない。
外の音は喰われ、棺の中は俺の荒くなっていく呼吸音と衣擦れの音だけ。少しの光も差し込まないから、目が慣れることはない。
俺の背後は灰色のクッションであったはずだが、底が抜けて何も見えない闇が、口を開けているかのように感じる。
前後不覚。自分が上を向いているのか、横を向いているのかすらも分からなくなってきた。
息が苦しい。
嫌だ、ここは、嫌だ。
「出してくれ!!」
こんな暗くて、狭くて、誰も居ない所なんて、嫌だ。来てしまう、あいつらが、俺を、引きずり込みに来てしまう。
「嫌だ!助けてくれ!!出して!!誰か居るんだろ!!返事してくれ!助けて……!!」
目の前にある物を必死に叩き、外に居るであろう誰かに声が届くよう、息が続く限り大声を張り上げる。
だけど、目の前にある物はびくともしないし、誰からの返事もない。
嫌だ嫌だ、怖い、嫌だ、助けて、ここから、出して。
滅茶苦茶に暴れるが、体勢すら変えられない。まるで何かに押し潰されているような圧迫感。
不意に、何かのにおいを感じた。
咄嗟に俺はまだ自由に動く腕で鼻を押さえる。
嫌だ。この、臭いを、俺は知っている。
生き物が焼け爛れて、まだ、息をしているのに、端から腐っていく、饐えた臭い…!
「出して!!嫌だ、ここは嫌だあああ!!」
知らず知らずのうちに、泣きながら叫んでいた。怖い、怖い!
ずろり、と背後の闇から、何かにつかまれた感触があった。
見なくても分かる。腕だ。
腐敗しきった灰色の肉が、端々からボタボタと落ちて行く腕。骨が見えてしまっている。肉の一部についた作業服が、俺の着ているものと同じ。
そして腕は、腕だけの筈なのに、喋るのだ。
『どうして、お前だけ』
『お前も俺達と逝くんだ』
『しね、しね!』
『俺たちは死んだのに、お前はのうのうと』
いつの間にか、腕も、足も、頭も掴まれて、俺は腐敗した腕たちに抱き締められていた。
「嫌だ!あそこに戻るのは嫌だ!!助けて…!!」
伸ばした腕はびくともしない何かに阻まれ、叫んだ声に応えるものは無く、俺の意識は徐々に腐った臭いに蝕まれていった。
「……イソップ、終わった?」
ノックもなしに自室に上がり込む珍客に僕は眉をしかめたが、こくりと頷き、ずっと座り込んでいた棺の蓋から腰を上げた。
今までずっと、棺の蓋は内側から物凄い力で殴られ、深夜だと言うのに周りを顧みない大声で助けを呼んでいた。今はすっかり静かになった。
「今日は貴女なんですね、トレイシーさん」
「ん?違うよ。ボクじゃノートン運べないから、じいちゃん呼んできた。ボクもじいちゃんもまだ寝てなかったし。じいちゃんはもうちょっと後になるって言ってた」
「そうですか」
僕は、まだ眠りには付けなさそうだということで、溜息を禁じ得なかった。
バルクさんを待っている間、暇だし、できることをやっておこうと思い、棺の蓋を開けた。
そこには、酷い状態のノートンさんが横たわっていた。
激しく泣いたのであろう、目は真っ赤に腫れあがり、何度も殴りつけていた両の拳はところどころ皮がめくれて血が滲んでいる。彼の手はよく使われていて、皮なんて硬いはずなのに。
何にせよ、納棺師としてこんな状態の人を、棺に入れっぱなしにしておきたくはない。
棺の中だって、彼の体液で汚れてしまっている。また新たに作り直さなければいけない。
そもそも生者を棺に入れるのだって、僕のプライドはズタズタだ。
棺は死者が安らかに眠る寝所なのだ。
でも、そうでもしないと彼は眠れないと泣いた。
泣きながらお願いしてくる仲間の姿を見ては、僕だって断れない。
「ノートン、なんで度々自分で自分を苦しめちゃうんだろうね…」
トレイシーさんは棺の中で眠るノートンさんの頬を、手の甲で優しく撫でた。その問いに恐らく答えは必要ないのだろうが、僕は無意識のまま声に出していた。
「楽しいことや嬉しいことがあると、罪悪感を感じてしまうそうですよ。自分だけがこんなに幸せで良いのか、と。……だから、誰かに罰してほしいのだと言っていました」
ここに居ることは凄く幸せだ。皆とても親切だし、優しいし、何より俺のような人間にも居場所をくれる。だからこそ、怖いんだ。俺だけが、この幸せを享受してしまってもいいのかって。
泣いて頭を下げていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。
その言葉を聞いた時、思ったのだ。
ああ、彼は未だにあの暗い土の中から出られていないのだと。彼がどんなに楽しそうに笑っていても、その心は闇の中なのだと。
そして、彼の安寧な眠りは、その闇からでなければ得られないのだと。
「ボクたちじゃ、なんともできないのかな……」
ぽつりと呟いた彼女の言葉が、静かになった僕の部屋に響いた。
「……分かりません。それは、彼自身でないと」
僕の答えに、彼女は更に項垂れてしまった。
イソップと喋っていたら、漸くじいちゃんが来てくれた。
夜中だからか、蒸気が出るような装置は置いて来たらしい。それでもじいちゃんの義手も義足もガションガションと物音が多いのだけど。
じいちゃんは軽々と右腕だけでノートンを俵担ぎした。
じいちゃんすごいなぁ、義手とは言え、ノートン、身長も高いしがたいも良いから結構重いのに。流石ハンター。
「じゃ、こいつを部屋に送り届ければいいんだな」
「……ええ、お願いします」
疲れたのか眠たいのか、イソップは半目で扉に手をかけ、ボクとじいちゃんを見送った。
しばらく、ボクとじいちゃんは無言で廊下を歩いた。じいちゃんの義足が立てる音だけがしていた。その音に隠れるように、ノートンの苦し気な呼吸音もしていた。
ボクは沈黙に耐え切れず、じいちゃんに訊く。
「ねぇじいちゃん。ボクたちがノートンにできることって、こんなことでいいの?」
過去の事故で、暗くて狭い場所が誰よりも怖い癖に、ことあるごとにその状況に自ら飛び込んでいく。その度にノートンはボロボロになっていく。ボクらはそれをただ見ているだけ。
じいちゃんはしばらく、うーんと唸り、やがて静かに話し出した。
「待つしかあるまい。こいつが、自分を傷つけずとも良いと思えるようになるまで」
そして、ぽんぽんとボクの頭を左手で撫でる。そっちの手はじいちゃんの本当の手。
「それまでトレイシー、こいつから離れてやるな。一人だと思わせるな。それだけで救われることもある」
妙に実感がこもっている。
そんなもん?とボクが言うと、そんなもんだと、今度はそっけない言葉が返ってきた。
だけど、それならボクでもできそうだ。少し笑うことができた。
「ノートン、ボク待ってるから。じいちゃんと一緒に待ってるよ」
いつか、君が幸せな気分のまま、安らかに眠りに就ける日まで。
幸せが、君を殺さなくなる日まで。
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58:09
紫音
今来てくれてんのとらりんかい?自由にコメントしてってね(*´艸`*)
63:47
ななし@55c122
とら参上ー!コメントはここで送れるのかしら
64:32
紫音
そうだよー!いらっしゃーい
65:53
ななし@8aabe6
操作慣れんww今読むのやっと追いついて次の文が書かれるのをよだれ垂らしながら眺めているところだよ
66:23
紫音
はっずwwwこんな重い話でマジごめんだわwww
66:55
ななし@04b797
好きです
67:07
紫音
ありがとうございます(n*´ω`*n)
70:15
ななし@0fe24a
この配信サービスってアプリかなにか?そるてもサイト?
70:59
紫音
そるてもサイトの方だと思う。スマホでも見れるとは聞いたけどどうなんだろ?
71:36
ななし@7c3fa6
誤字www
72:00
紫音
誤字は有効に活用していかねばw
72:12
ななし@8f541b
シャアしないと
73:29
紫音
書き終えたらベッターに上げるよ(*´艸`*)
73:37
ななし@4dc7b1
スマホでも見れるんだけど、いろいろ操作しにくいのがあふ
74:02
ななし@313e64
まだ見てたいけどちょっと落ちるね また配信して!
74:21
紫音
了解!来てくれてありがとう!!
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向き
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おためし弊荘園 恐らく暗め
初公開日: 2020年04月03日
最終更新日: 2020年04月05日
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コメント
お題botさん(@odai_bot00)「幸せは誰も殺さない?」から弊荘園小説書けそうなので試しに一本
とりあえず無音で
募集したお題『桜の中であの人は今日も舞う』
Twitterで募集したお題を消化します!奇病続編『月が死んだ幽暗に悲しみを灯して』の小話になる予定…
紫音
@ ⁰ 天使 ? うん そう 天使
天宮 ぴぅ の 初配信 っ 嵐 トか ぁんち ゃめて − ✖
ぴぅ