子供部屋は厳戒態勢だった。扉の鍵は固く閉められ、その前で普段より多い祈手が『呪い針』を構えて周囲を警戒している。二重のサイレンの他は何も聞こえない。奇妙な静寂に包まれた廊下に遠くから音が近づいてきた。断続的な銃撃音だ。
射出口を向けた先で黒い爆煙が巻き起こり、長身の祈手が飛び出してきた。片手で子供を抱えたまま機関銃で応戦しながらこちらに近づいてきている。
『呪い針』で援護しつつ、『呪い針』を撃ち尽くした祈手が扉のハンドルを回し始める。分厚い扉を開けた時、ちょうどグェイラが滑り込んできた。銃弾が扉に跳ねる音を聞きながら口を開く。
「グェイラ、嬢ちゃんも無事だったか」
「なんとかな」
グェイラは自分の腕を見下ろした。プルシュカがしがみついて顔を埋めている。微かに震える背中を優しく叩きつつ、扉の向こうの段差を降りた。
「もう喋っていいぞプルシュカ」
声をかけてプルシュカを下に下ろした。しかし両足が床についてもプルシュカの両腕が離れなかった。
「プルシュカ、手…」
皆まで言う前に背後の爆音と爆風に押されて態勢を崩した。銃撃も激しくなって、扉を開けてくれた祈手は扉に凭れかかって動かない。
グェイラは反射で駆け寄り扉を閉めようとした。外の祈手の応援より子供部屋の扉を閉める方が大事だ。しかし固く鈍い衝撃が腕に伝わった。何か固いものが挟まれて扉が閉まらない。
「待てグェイラ!」
祈手バナナさんが扉を押し開けようと渾身の力で両腕を突っ張っている。
「邪魔すんな!」
グェイラは殺気立った声をあげた。この非常事態に「待て」はあり得ない。同僚の腕もろとも閉めてしまおうかと思った時、バナナさんは足元の荷物を蹴り入れた。
「これ使え!」
ブーツに当たったものを見てグェイラの腕の力が緩む。その瞬間、バナナさんが扉を閉めた。我に返ったグェイラはハンドルを右方向に固く回して締める。
廊下の銃声が心持ち遠ざかり、子供部屋は少しだけ静寂に包まれる。グェイラは足元の荷物を見下ろし、手に取った。
「バナナの野郎、不法侵入しやがったな」
これらは全てグェイラの私室に保管されていた装備だ。戦闘員だった頃の『暁に至る天蓋』は今身につけている内勤用よりはるかに質が良い。そして全祈手の標準装備となっている『呪い針』と異なり、『月に触れる』は扱える人員が限られている。
急ぎコートを脱ぎ、今の天蓋を脱いで昔の天蓋を身に着ける。懐かしい重さを感じて自然と口角が上がった。
手の甲側の『呪い針』と干渉しないように『月に触れる』を装着していると息を殺した気配に気がついた。保護された多数の子どもたちが無言でグェイラを見ている。その中にはプルシュカもいた。普段と違うグェイラの装いを凝視している。
警報といい、知らない人といい、けたたましい銃撃音といい、突然非日常に放り込まれたプルシュカの精神状態は察して余りある。
グェイラはコートに袖を通し、プルシュカに歩み寄った。いつもより衣擦れの音が固い。意識が昔を思い出しかけているのを自覚しつつ、跪いた。
「プルシュカ、絶対に外に出たらダメだぞ」
「うん」
プルシュカは笑みを見せた。他の子がいるから気丈に振る舞っているようだ。
グェイラは跪いたままプルシュカの背後に仮面を向けた。
「他の子たちも外に出るなよ」
「うん」「はい」「わかった」
それぞれの返事を確認してグェイラは立ち上がる。入り口に転がされていた機関銃を取り、何か思い出したように振り返る。
「おいそこのでかい坊主」
「!?」
発育のいい少年を指名して入り口を指差した。
「俺が外に出たら扉のハンドルを回せ。時計回りだぞ」
「わ、わかった!」
少年がこちらに駆け寄るわずかな間にグェイラはゆっくり慎重に、外の誰にも気づかれないような速度でハンドルを回した。
耳を近づけると様々な音が聞こえる。扉前の状況を把握し、グェイラは廊下へ飛び出した。
機関銃を撃ち込むグェイラの姿が見える。しかし分厚い扉に遮られてすぐに見えなくなった。音も小さくなる。
また手が震え始めた。力を入れても止まらない。プルシュカは膝を抱えた。
「グェイラが死んじゃう…」
「大丈夫よ。あの人めちゃくちゃ強そうだった」
プルシュカは顔を上げた。見知らぬ少女がプルシュカを覗き込んでいる。プルシュカは目を見開いた。同い年くらいの子どもと話すのは初めてだ。だからこんな時、どう答えたら良いのかわからない。
プルシュカ が黙っているのを見てどう思ったのか、少女は入り口近くまで歩き、大きな何かを抱えて帰ってきた。
「ほら、グェイラのだよ」
知らない女の子に抱きついて泣いた。
『グェイラ』
『黎明卿は『本体』に宿り脳の容量を拡張している。思念通信の試験運用を思い出せ』
『…りょーかい』
扉前から離れて向かいの通路に隠れる。途端にけたたましい乱射が扉前を襲う。
壁の四角く縁取られた部分を開けて中のスイッチを押す。
隔壁が降りて敵一人が挟まった
右腕だけ
一方は隔壁で塞いだ。
すごい貫通力の銃撃
「どんな貫通力だよ!」
天井からもくもくと煙が湧き出して視界が利かなくなった。それを合図に祈手たちは通路に飛び出しファーカレスを放つ。しかし撃ち抜かれた。
「煙幕が効かねえ」
遺物か、外国で実用化された科学技術か
撃たれた祈手はまだ息がある。『暁に至る天蓋』がなかったら危なかった。
ボンドルドが『本体』にいるなら使える手がある。
『おい、敵の人数はわかるか?』
『…とりあえず四人。一人は『月に触れる』で捕まってる』
『俺とポンデさんが囮になる。それ以外は回り込んで敵を挟み撃ちしろ』
『了解』
『煙幕も効かない奴に効くのか?』
『そこは力押しだ』
グェイラが飛び出す。銃弾の雨が打ち付ける。戦闘員時代の『暁に至る天蓋』は全ての弾丸を防いだ。両腕で弾いて、ファーカレスに囚われた敵の手からマシンガンを奪う。
『今からぶっ放すぞ射線に入るな』
『了解』
グェイラの突撃、
新人の華麗な挟み撃ち
新人視点
異国語が聞こえる。
新人は倒れた敵を見て固まる。
この武装を見間違うはずがない。首元に手を突っ込み、首から下げられた二つの認識票を引っ張り出した。
「A国軍…」
「すまん、一人逃げられた」
死体を見下ろす。装備は高度に機械化されている。
決死隊かと思いきや、ちゃんと地上に帰る気でいたらしい。
何を持って帰ろうとしたのか
上昇負荷に耐えられない子供たちはあり得ない。
ボンドルドは精神隷属機をバイオコンピューターとして用いることがある。精神隷属機内の高性能な脳を並列運用することで、ボンドルドは祈手一人の脳を使っている時よりはるかに高度な思考を行えるようになる。前線基地にいる祈手全員の位置を把握することも、全員の自我を解析することもできる。また、『黎明卿』を介して祈手が情報共有する場も拡大される。ただし、これらはゾアホリに記録されている『黎明卿』の記憶が起動した時のみ可能なことで、この間だけ紫の仮面と白笛を持つべき祈手がいなくなる。つまり現在、名実ともにボンドルドは精神隷属機と同化している。
精神隷属機と同化して拡大した黎明卿の意識を実戦で使うのは初めてだ。今のところうまくいっている以前限られた祈手とともに試験運用した時の記憶を思い出して、グェイラから意識を黎明卿に飛ばすと瞬時に情報が降りてきた。
地上直通『籠』運搬レールに待機していた祈手が全滅。次に加工場が爆破されて中で作業していた祈手と加工中の子供達が全滅。
「敵の動きが早すぎるし的確すぎる…」
『籠』はともかく、加工場が制圧されたのは偶然とは思えない。
グェイラの呟きに他の祈手が応じた。
「間違いなく情報漏れてるよな」
「誰経由だよ」
黎明卿の自我を植え付けられた時点で祈手は基本的に黎明卿に逆らえない。それにもかかわらず情報が筒抜けになってしまっている現状が不可解だ。
敵の情報網も不可解だがそれと同じくらい敵の狙いも未だ判明しない。ボンドルドを暗殺するならボンドルドが地上にいる間に仕留めればいいだけの話なので違う。もしくは暗殺の他にも狙いがあると見るべきだ。戦場をここに定めたのならば、敵の狙いは五層にある何かだ。
「あれ?」
「同期が切れてない?」
気づけば黎明卿の拡大意識の感覚が消えている。祈手の自我は一人一人独立している状態だ。
プルシュカ視点に変更