審神者にはならない方がいい、と言われたのは、養成学校の卒業を翌月に控えたある日のことだった。俺がとても信頼している先生は、悲痛な顔で教務課へと俺を呼び出してそう言うのだ。立ち尽くす俺と、安っぽい回転椅子に座ったままの先生。ほかの教員たちも、ちらちらとこっちを見ているのが分かる。
「試験の結果、そんなに悪かったですか」
「まさか。君は、よく頑張っているよ。霊力検査も入学前からずっと甲。卒業試験も学年一番だった。刀剣男士と審神者制度への理解も深い。きっと、君は同期の誰よりも優秀な審神者になれる」
いつも通り黒色の長い髪をきりりと一つに束ね、赤い口紅を引くほかは化粧っけのない先生が、俺の好きなきっぱりとした言葉選びでそう言った。けれど、と言って、その眼鏡の奥の瞳を曇らせて、先生は同じ言葉を繰り返す。
「君は、審神者にはならない方がいい。私は君のような前途有望な若者を、むざむざ失うのがとても怖いんだよ」
審神者になる。卒業試験を突破して初期本丸配布刀剣男士を受領し、こんのすけの案内で本丸を開く。審神者養成学校に入った以上、当然俺もそれを目指して頑張ってきた。歴史も軍略も刀剣の手入れの方法も必死で学んで誰より優秀な成績を収めようとしてきたし、実際そうだった。
「……やっぱり」
それは奨学金を得るためでもなければ本丸に着任した後の心証を上げるためでもない。
生きるためだったっていうのに。俺の口からこぼれ出たのは、なんでですかと先生を問い詰める言葉ではなくて、諦めの滲む溜息だけ。おんなじように溜息をついた先生が、俺をじっと見つめ、やっぱり潔い言葉選びで言う。
「本丸は霊的閉鎖空間だからね。……きみの体質上、間違いなく君の本丸は―――、お化け屋敷になる」
俺は、物心ついた頃からそりゃあもう弩級の霊媒体質だった。
三歩歩けば霊に当たる。地縛霊浮遊霊生き霊土地神崩れ、なんでもござれの大盤振る舞いだ。ごく普通の家庭に生まれ育ったにもかかわらずこのざまである。俺の前世はよほどの大悪人だったか名の知れた高僧だったかどちらかだろう。小さいころから、部屋の隅を見ては女の人が睨んでる、と泣き、道端で振り向いてはお侍さんがいる、と泣く俺のことを気色悪いと思わずに霊験あらたかな寺に連れて行ったり全国各地の神社のお守りを買ってくれたりしてくれた家族や友人には感謝をしてもしきれない。ちなみにお守りはすぐ黒ずんだり穴が空いたり不自然に避けたり紐が解けて中身がなくなったりするので今も大量のストックを持っている。
息子がいつ物の怪に取り殺されてしまうのかという心労のあまり早くにハゲた父さんとテレビに出る胡散臭い霊能力者の力量を一目で見分けるすべに長けてしまった逞しい母さんが方々に手を尽くして探してくれたけれど俺のこの体質をどうにかするすべは見つからず、俺はじっとこちらを見詰めるばかりで手は出してこない五時間大鍋で煮込みましたみたいな顔の崩れた幽霊や近所の祠から首だけ伸ばしてこっちを追ってくる能面をつけた土地神崩れに囲まれて生きてきた。いい加減に慣れたは慣れたが、気持ちのいいものではない。
審神者になるしかないのでは、という話は、実のところ小学校に入学するころにはもう出ていたらしい。審神者。夜を騒がせる時空犯罪者、歴史修正主義者率いる化け物軍団、時間遡行軍を倒すために眠っている物の心を呼び覚ます特別な力を持ったひとたちのことだ。本丸という城郭を築いて刀剣男士という付喪神を使役し、歴史改変戦争の第一線で戦う軍人たち。生まれ持った素質のある人間しかなれないというその職業が、人口に膾炙するようになってすこし経った。いきなり戦争の最前線に放り込むのではなく、きちんと養成学校を経て審神者に就任するというルートも生まれた。歴史修正対策省というところが作っているらしい審神者制度に関する分厚いパンフレットを夜な夜な肩を寄せ合った両親が読んでは低い声で何かを話していたことを、幼心に俺はよく覚えている。審神者になれば、両親を安心させられるのか。毎日が仰天映像みたいな日々から解放されるのか。それは、幼いながらに俺の胸に芽生えた唯一の希望だったのに。
「……、本丸でも、やっぱり、だめでしょうか」
「刀剣男士というのは、基本的には付喪神に分類される。審神者のもとに顕現し、歴史を守るために力を貸してくれるニギミタマではあるけれど―――、もちろん、練度を上げるには時間もかかる」
俺は結局、規定の年齢になるのと同時に養成学校に入った。審神者になるためなら何でもするつもりで、勉強に打ち込んだ。そのおかげか飛び級もしたし成績だってよかったはずだ。こんなに霊障に悩まされているんだから当然霊力だってそれなりにあった。同期には歩くお化け屋敷かよ、と言われて相当引かれていたが。
「つまりだね。きみのその体質……、どこからともなく得体の知れない下等霊を呼び集めてくる厄介な体質だが、本丸という限定神域においてはおそらくとんでもなく悪影響をもたらすわけだよ」
そう言いながら先生が俺に見せてくれたのは、おそらく本来は生徒に見せられないのだろう、見慣れない書式で書かれた小冊子だった。俺の学籍番号が書かれている。おまけに卒業試験という文言も見えたので、この間やった最後のテストの結果だろうことはすぐにわかった。
「筆記はわれわれが採点をしているけどね。霊力検査のほうは学園じゃどうにもならん。上に回しているが、きみは甲乙丙のどれにもならなかった。……まあ、それも道理か」
少しばかり躊躇してから、俺は黙ってそこに書かれた文言を読み始める。鍛刀甲、手入甲、結界甲、知識甲。申し分ない結果じゃないか、と思うけれど、霊力のところに横線が一本引かれているだけなのを見て察するところがあった。
「呪われてもいないし祓ってもどうにもならない。それどころか現状特に害も受けていない。手の施しようがないというのが正直なところなわけだ」
俺は霊媒体質だ。さっきから教務課の窓に張り付く生首や先生の机の上にオブジェみたいに飾られてる人魂みたいなかたまりは現実に存在するものである。いや、心霊現象のことを現実に存在するものと言っていいのかは分からないけど、これは俺の妄想ではない。それは証明されている。でも、どうして俺にそれらが視えるのかは誰にもわからない。それがひどく厄介なのだった。
「きみが本丸に着任するとする。初期刀を顕現させ、戦闘を行う。遡行軍と戦ってある程度の穢れを纏った刀剣男士が本丸に帰陣するとする。きみは手入を行うね」
「はい」
「……ここまでにどんな危険が生じると思う」
「過去に刀剣男士を送り出す際、門を開きます。その際に下等霊が本丸に這入ってくる可能性がある。刀剣男士を送り出した後、逃げ場のない本丸で……限定神域で増強した下等霊と一対一で向き合うことになりますね」
「他には」
「遡行軍……、というのは、普段俺が接しているような下等のものよりはるかに強い穢れを持つと聞きます。そんなのが本丸のなかに入ってきたら、中等や……もっと手に負えないような化け物が本丸に現れるかもしれない。そんな状態で、浄めた状態で行うべき刀剣男士の手入を行うわけにはいかない」
「そうだな。もう一つある。そもそもきみが着任するときに、きみを熱烈に愛する有象無象が一人で旅立ちを許してくれるかな」
俺は先生と顔を見合わせ、深く深く溜息をついた。
「……、本丸ってそんなしょぼい神域だったんですか。俺、それに賭けてここまで来たのに……」
「分かっている。きみが言いたいことはよくわかるが、世の中には練度という覆すことのできないものがあるんだよ」
「本丸に着任せずにどうやって練度を上げろって言うんですか!」
審神者になれない。本丸に逃げ込めない。俺はまさか一生こいつらに付きまとわれて、頭を抱えているほかないっていうのか。腹が立って役に立たない小冊子を投げ捨て先生の机の上に手を伸ばして人魂を掴んで搾り上げた。先生の顔が心なしか青ざめる。なんなんだお前たちほんとうに。ただ周りを囲んでふよふよするばかりで、指一本触れてはこない。だからといって無視が出来るはずもない。気持ち悪いに決まっている。
「そうなんだよ。われわれもきみを本丸に送り出せば……、その……このどうにも鬱陶しい下等霊たちとおさらばできると思っていたんだが」
「……スミマセン」
俺ははっと姿勢を正し、手のなかで消し炭になった人魂をさりげなく後ろ手で払った。やさしい両親や、お前歩くお化け屋敷かよ、と笑って一緒にいてくれる友人たちや、ちょっと顔を引きつらせるだけの先生がどれだけ得難くありがたくやさしい人たちであるかを忘れかけていた。三流エログロ映画を常時垂れ流してるみたいな俺にこんなに親身になってくれる先生たちには、感謝をしなければ。
「……そこで、だ。きみをいきなり審神者には出来ない。すまんが、これは決定事項だと思ってくれていい。きみを……死なせたくはない。今のところその鋼のような強靭なメンタルできみは健やかに育っているわけだが、閉鎖空間で洒落にならない化け物どもに囲まれたとき、それらがきみを取って食わないとは限らない」
「こんなに繊細な俺に対してひどい言われようですが……、はい、理解しました」
先生の眼鏡の奥の瞳が若干胡乱げに光ったが、俺はだまって頷いておくことにする。先生はきれいにネイルが塗られたその長い爪でこつりとひとつ机を叩いて、一枚の紙きれを取り出した。
「私にもそれなりの伝手はある。……練度を上げ、きみと---きみの刀剣男士が有象無象じゃない心霊現象に対処できるようになるまで、きみを預かってもらう場所を探しておいた」
言われたことを理解するまでに少しの時間がかかった。卒業をして本丸に着任し、初期本丸配布刀剣男士をもらって審神者になる。それが出来ないと言われたばかりなのに、いったい彼女は何を言っているのだろう?
「……歴史修正対策省……、特殊案件処理……、契約職員……?」
「さすがにあんなところに大事な生徒を就職させるほど私も鬼じゃないからな。ひとまず一年間の契約ということにしておいた。あそこは得体の知れないセキュリティを持ってるし、まあここのおんぼろ寮の結界よりましだろう。ひよっこ審神者の作る限定神域よりよほどましだ」
いい仕事をしました、みたいな顔で俺を見て笑った先生の顔が、その横で腐りかけの眼を落しかけている化け物よりもよっぽど悪魔みたいに見えたのは、きっと間違いじゃないだろう。
「先生……、特殊案件処理ってなんですか……?」
「まあ、きみみたいのを特殊案件と呼ぶな」
「俺……、俺はこいつらに悩まされるのが嫌で、審神者になろうと思って、それでここまで脇目も振らずに頑張ってきたんですが……」
「……頼むから私の後ろを指さすのはやめてくれ」
「肩の上です」
先生の眉がひくりと跳ね上がる。こほん、と咳払いをした先生に、ともかく準備も口利きもしておいた、と言われて俺は眉を下げるほかなかった。
「……ありがとう、ございます」
「分かっているだろうがこれは贔屓だし特別扱いだ。就職先の斡旋なんてしたことがない。……きみをいま審神者にすることは出来ないが、いつかきみが優れた審神者になって、最前線で景気よく遡行軍をぶっ殺してくれることを期待しているよ」
善意百パーセントの顔で先生が華やかに笑うものだから、滅多にないその笑顔に俺も笑うほかなかった。どうすればいいか分からないまま放り出されるよりよほどいい。少なくとも俺はその時には、そう信じていたのだ。
「配属時に護衛の刀剣男士の顕現が認められるらしい。自力顕現が不可能な職員には譲渡や貸与もあるらしいが、まあきみのこの成績なら問題なく励起できるだろう。卒業式が終わったら鍛刀場を貸してやるからそのつもりで」
俺が放り出した小冊子を再び机のなかに仕舞った先生が、代わりに歴史修正対策省のロゴが入ったパンフレットを俺に手渡してきた。ずっと昔、母さんの肩を抱いて父さんが眺めていたやつよりもちょっと薄い。
特殊案件対策局、とあった。
もうちょっと捻った名前にしてほしかったし、表紙を捲った一ページ目から『霊障や呪いにお悩みのあなたへ!』とも書かないでほしかったし、デフォルメされた石切丸のイラストとかも描かないでほしかった。相談したい側なのにそこに就職するらしい自分のことを考えてわずかな頭痛を覚えながらも、ともかく俺は審神者になるための訓練を積むことになったわけである。
***
それなりに夢や展望を持って特殊案件対策局、通称特案に入局した俺だが、卒業したての学生らしいそういうフレッシュさは最初の一週間で消え失せた。三か月あまり働いていると慣れを通り越して懐かしさすら感じてくる。なにせ俺に与えられた仕事は、これまでの人生で培ってきた面倒で厄介でどうしようもない心霊現象の対処とほとんど一緒だったので。
「あー、これは大丈夫なやつですね。何にもしてきません。放置でオッケーです」
仕事は完全週二日の休日制で基本的には残業もなし。審神者養成学校からの口利きで預かっている契約職員に相応しい軽い仕事しか回ってこないのはまあ当然といえば当然だろう。仕事内容は業務の仕分けだ。全国に置かれた本丸群サーバー計21カ国から毎日のように寄せられてくる、審神者からの霊障に関するSOSを分類し、先輩方に回していくこと。何もしてこない下等の霊に取り囲まれて生きてきた俺は、言ってしまえば下等霊には見慣れている。一見するとヤバくなさそうなのにヤバイやつもいれば一見してヤバイやつもいる霊障界隈で比較的大丈夫なやつだけに囲まれて生きてきた俺の能力が仕事にフルに役立っているわけだ。
「これは---ずっといるとちょっと駄目なやつですね。一週間くらい付きまとわれるとげんなりします」
SOSの内容は多岐に渡る。壺をどこからから持ち込んでから主の様子がおかしい、とかいう明らかにヤバそうなやつはすぐに先輩にバトンタッチするけれど、本丸の池にへんな魚影が、とか、濡れた女の霊を刀剣男士が目撃して、とか、そのくらいなら俺にも区別がつく。本丸の主さんから届くSOSをもとにこんのすけと連絡をとり、こんのすけの霊視スコープを仕事場にあるモニタに繋いで俺が視て、それで『ヤバくない』か『ヤバい』かを振り分けている、というわけだ。特殊案件なんていうわりに結構な数の通報が舞い込んでくるので、優先順位をつけることも仕事のうちになる、というわけだった。
「あ……、先輩! やばいの来ました」
俺がそう言うと、先輩か先輩の護衛である石切丸さんが飛んできて別室で対処を始める。俺はほんとうに仕分けをするだけの仕事だ。これで本当に練度が上がるのか、いつか審神者になれるようになるのか、と不安だったけど、三か月経つとそれなりに自分の仕事が役立っている実感も感じられるようになってきてまあいいかと思えるようにもなっていた。
「……これも大丈夫。ちょっと気持ち悪いですけど、大した問題じゃないです」
とろとろに煮込まれましたみたいな姿かたちをしているのっぺらぼうの下等霊が部屋に出るんですと涙ながらに訴えてくる審神者さんにそう答えて通話を切り、午前中のノルマは終了だ。昼休みまでまだ時間があるのでもうすこしチェックを続けようかなと思って、俺は与えられた部屋でひとつ伸びをする。
「ど、ど、どこが大した問題じゃないんだ、今のの……」
泣き濡れたみたいなへにゃへにゃの声がしたのはそのときだ。卒業式のあとに先生やほかの教員のみなさんに見守られながら俺が特例で鍛刀させてもらった俺の初期刀、ついでに護衛として特案職員としての俺をサポートしてくれるはずの刀剣男士が、ほとんど腰が抜けたようになりながらずるずると這ってきて俺の腰にしがみついてくる。ひとつ嘆息をして、俺は幼いころからずっと憧れて、夢にまで見た俺の刀剣男士の真っ白いつむじを見下ろした。
「---よっ。鶴丸国永だ。いきなり俺みたいのが来て、驚いたか?」
あのとき、ぱっと桜の花びらをまき散らしながら顕現したのはかれ、鶴丸国永だった。希少刀に分類される太刀。夜戦が出来ないのは痛いな、と頭ではまっさきに思ったけれどまあ初めて得た俺の---俺だけの刀剣男士、俺を守ってくれる神さまを前にそんなことはすぐに忘れた。緊張をしながら、俺があなたの主だ、これからよろしくな、と言おうと思って手を伸ばしたのに、真っ白な刀剣男士はそのきんきらきれいな金の瞳を零れそうなほど見開いて唇をわななかせたのだが。
「ひっ、な、な、なんだきみ、うしろ、後ろの!!」
高下駄が地を踏みしめたのとほぼ同時、かれはひっくり返った声でそう叫んで思いっきり俺の手を引っ張った。当然俺は吹っ飛んだし鶴丸も尻餅をついた。わーわー叫ぶ声がうるさくてよく覚えていないが、たぶんそうだったと思う。
「ば、ば、化け物が! きみ! 後ろ! 手! 顔!!」
要領を得ない叫びとともに俺の肩をがくんがくんに揺さぶった俺の初期刀は---俺の神さまは、俺に似たのか下等の霊までばっちりと視えるうえに、どうやらめちゃくちゃに怖がりだったというわけである。
先生たちに手伝ってもらってとりあえずぎゃあぎゃあ泣き叫ぶ鶴丸を宥め、ぐずる鶴丸に自己紹介とこれから幽霊やら下等な怪異やらをどうこうする仕事を一年間続けて修行をするんだ、ということを伝えると、鶴丸はもはや半泣きのていだった。俺が教本や授業で見てきた鶴丸国永という刀剣男士はもうちょっとこう落ち着きのある、頼りがいのありそうな、ちょっと浮世離れしたような神さまだったような気がしたんだけど。俺に似たわけもない大変に情動豊かな付喪神は金色のきれいな目いっぱいに涙をためて、俺の話をおとなしく聞いていた。
「……そういうわけで、護衛も兼ねて練度を上げてもらわなきゃならない。本丸を開いて正規の審神者になるのはまだ先の話だし、なれるかどうかも正直わからない。俺はこういう体質だし」
言いながら、俺は背後にふよふよ浮かんで居るだろう頭蓋骨をひとつ小突いた。がしゃりと音がして崩れたかと思えば消えていく。かわいそうなくらいに強張った鶴丸の咽喉がごくりと鳴った。
「不服なら、刀解もしてやれる。俺はせっかく応えてくれたんだからきみと一緒に頑張っていきたいけど……向き不向きがあるのは当然のことだ」
誰もが俺のまわりに居たやさしい人たちみたいに俺を受け入れてくれるわけがない。そんなことは分かっているし、どうやらこの神さまに、俺が夢想していたような守りの加護はない。淡々と俺が言うと、けれど鶴丸はふるふると首を振って俯いた。
「い! いやだ。せっかく喚んでもらえたんだ、きみが俺の主だ! 驚きは望むところだしな!」
「ほんとうに?」
手を伸ばして鶴丸の肩を掴むと、ちらりと顔を上げた鶴丸はひえっと悲鳴を上げた。俺の肩にのしかかるようにしていた落ち武者と目でも合ったんだろう。けれど蒼白なその表情のままで、鶴丸が刀解はいやだ、と言ったので、俺はかれを護衛の刀剣男士として特別案件対策局へと入局したというわけだった。
「見てなくていいって言っただろ……」
「それじゃあいつまで経っても練度が上がらないだろう!」
三か月経っても鶴丸はちっとも霊のたぐいに慣れる気配がない。夜泣きもひどい。刀剣男士ってみんなこうなんだろうか。俺が夢に見ていた、審神者になったら本丸で刀剣男士たちが守ってくれてエログロ4D三流映画とおさらばというのは、本当に夢のまた夢のような話なんだろうか。思わず遠い目になったのも無理はない。なにせ先輩の石切丸さんは俺のこの体質やまとわりついているものたちを見てもまあきみのそれはどうにもならないねえと笑うだけだったので。実働部隊の大典太さんはちょっとやさしくて会うとお菓子をくれるしさりげなく肩を叩いてその瞬間に俺の周りにいるやつを跳ね飛ばしてくれる。次の瞬間から湧き出てくるのからはそっと目を逸らすけど。
「本当に練度上げる気あるのか?」
「あ! あるに決まってるだろ! 俺は刀剣男士だぞ。敵を斬るのが本分だ!」
そのわりに涙目だし俺の腹から顔を上げない鶴丸はどうやら怖がりの上に甘えたで、顕現して以来ひどい目にしか合わせていないわりには俺に懐いてくれているらしい。末席とはいえ神さま相手に懐くという言葉が正しいかは別として。練度ひとケタでもさすがは刀剣男士というべきか、鶴丸のそばには粘土の失敗作みたいな下等霊は寄ってこない。かわりにちょっとやばいやつが目立って見えるようになったのはまあ弊害だがそれはそれ、これはこれだ。
「そうか。じゃあ先輩が今日の終業後に練習連れてってくれるって言うから、一緒に行こうな」
俺は意味もなく出来の悪いスプラッタの被害者みたいな化け物たちと毎日にらめっこしてるわけじゃない。いつか審神者になるために、安心安全できれいな景色の自分の本丸を持つために毎日働いているのだ。
「ぐっ……、ど、どうしてもか? 遡行軍じゃないやつか?」
「遡行軍じゃないやつ。あと疑似演練でもないよ」
なんとか立ち上がった鶴丸が非常になさけない顔で俺を見下ろす。きみの鶴丸さんはずいぶんと情動が豊かで良いね、といつも愉快そうに目を細めるちょっと性格のよろしくない……良い性格の……石切丸さんがついてきてくれるはずなので、たぶんまた良いだけ遊ばれるんだろう。めげない鶴丸は頑張り屋さんだ。表情筋があまり仕事をしない俺よりよほどからかい甲斐があるんだろう。有象無象も化け物たちも鶴丸に構ったほうが楽しいだろうに。
「……いつかきみが審神者になって、本丸を開いて……、そしたらきみの周りのそれもなくなる。そのためなんだよな?」
「そうだよ」
「……わかった。俺はきみの刀剣男士だからな。大船に乗ったつもりでまかせておけ……」
語尾が涙に滲んでいなければかっこよかったけれど、まあいいだろう。前回は戦闘と聞いて喜んでついてきたけれど最終的に主だっこしてくれ、だっこ! と叫んで腰を抜かす情けない大福に成り果てていたので妥当なところだ。
「じゃあ仕事もうちょっとやるから。そのあと昼飯行こうな」
「わかった……」
もぞもぞと鶴丸がこちらに背を向けて傍のソファに刀を抱えて座り込む。また視界の端にうごめき出す化け物どもを見てひそやかに溜息をつき、俺はふたたび全国から寄せられる審神者たちからのSOSと向き合うことにした。
審神者になってもこんなに本丸で怪奇現象に出くわすのか、と思いはするが、ごまんといる審神者から寄せられる相談の総量と内容が分かってしまえば今より幾分ましなのは目に見えているからまだいい。先輩たちも、この部署に来て未来に希望を持つ若者は初めてだよ……と憐れんで……いや……喜んでくれているので、わりと適職なのかもしれなかった。
いったんおしまいです~ ありがとうございました!