分刻みのスケジュールは大きなトラブルもなく無事終了。スチール撮影を終えてカメラマンに礼を言い、折角またここに来れたのだから、と夜の課外活動にお勧めの場所を聞いてみた。
僕の趣味を良く知るカメラマンが提案してくれたのはウエノ――アメヨコ。この国の復興を支えた人々が、筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めながら身を寄せ合い、イリーガルなマーケットを形成したことに端を発するそのストリートは、今でも昼夜を問わず多くの人が詰めかけてそぞろ歩き、お茶を飲んで、買い物をして、酒を飲んで、帰路に着き、一部の人はサイドウォークで朝を待つ。観光のガイドブックなんて見ることもなかった僕は初めて知った場所だったけれど、それなりに名の知れたストリートらしい。
「ここからなら一本で行けますよ」
「ほんと?」
破顔して振り返ると、ロジャーは新しい煙草に火をつけて、サングラス越しに一瞥をくれた。
「……お前、好きだよなあ」
「うん、好き」
「ちったあ立場考えたらどうなんだよ」
「ただのベーシスト。時々マネージャー」
深く吸い込んだ煙を、暮れ始めた空に吐きだしてロジャーが言う。
「そして言い出したら聞かねえ呑兵衛」
「当たり!」
「その相棒はいつでも俺、な」
にっこり笑って頷くと、ロジャーは呆れたような溜息を洩らした。
「いい女でもいりゃあいいんだけどよ。……じゃ、行くか」
「やった!」
快哉を叫んで撮影現場を去ろうとする僕を、スタッフたちはやんわりと止めた。
「お出かけでしたら通訳を帯同させます。なにせ、この国は英語が通じませんから。食事だってお口に合うか分かりませんし、支払でしたらもちろん我々が持ちます。せっかく海を越えていらしていただいていたのに、おふたりに嫌な思いをさせるのは『おもてなしの国』としては看過できませんよ」
少し穿った見方をすれば、要は「大人しく監視下に置かれろ」ということだ。
表情を曇らせる前にロジャーを見やると、金髪の美丈夫はサングラスを傾けてスタッフに甘い笑みを送った。
「ありがとな。ただ、俺らもガキじゃねえんだ」
僕も笑って頷いた。それだけで十分だった。
ちょっとだけ色を付けたレートでスタッフに紙幣と硬貨を交換してもらうと、お小遣いをもらう子供みたいな気分になった。からからと笑うカメラマンから、アメヨコまでのルートとこ支払のルールを教えてもらい、チケットを買ってチューブに乗り込む。シートが布張りなのが斬新だ。仕事を終えたであろう、暗い色のスーツを着た背の低い人たちに囲まれ、狭い車両に詰め込まれて目的地に向かう。ロジャーはげんなりした顔をしていた。
「キャブに乗りゃあ良かっただろ」
「え? なに?」
「……なんでもねえよ」
ロジャーは車が好きなのだ。僕はチューブでも特に気にしないけど。
「出口さえ間違えなければ、駅を出てすぐですから」
見慣れない文字が躍る標識からどうにか「アメ」の文字を探し、言われた通りに街に出ると、思ったよりもせせこましいストリートのゲートが見えた。
「あそこか?」
「そうみたい」
行こう、と叫んで走り出すには、僕もロジャーの少しばかり歳を取りすぎていた。だからなるべく落ち着いた足取りで、人ごみが吸い込まれていく方へと歩いて行った。
「すげえ人だな。祭りか?」
「そうかもねえ」
「……なんでグロサリーの隣に服屋があって、その向かいがフィッシュモンガーなんだよ」
「あ、ミリタリー・ショップ」
「飲み屋街じゃねえのかよ?」
「あれー? えーっと……。あ!」
路地の交差する先を除くと、通風孔からもうもうと煙を上げて軒先にまで席を張り出した店が数件。
「なんに座ってんだ? あれ」
「ボトルかなんかの籠じゃない?」
「店ん中どうなってんだよ」
「……スタンディングのパブみたい。ほら」