風の強い日だった。巻き上がる砂塵。飛んでいく枯れ葉。そのなかに、わずか色のついたものが混じっている。
 ───あ、あれ。
 桜だ……。そっか。春、もうすぐ、春なんだ。ぼんやりとそんなことを思いながら、止めていた足を進める。風が強すぎて、俯き加減に歩いていく。髪がバタバタと煽られたり、額にぶつかったり。痛い。そろそろ散髪行くべきかな。今月、まだ予算余ってたよね。ちょっと余裕があると、課金したくなるから、なるべく必要な分だけを手元に置いている。封筒の中身を思い出しながら、そろそろ角だ曲がらなきゃ、と視線を上げた。
 あげてしまった。
 ───あ~。
 なんだろ。このタイミングというか、機会、いやそれ同じ。顔の前で立てた手を左右に振りかけて止めた。決して目があってしまったからではない。ましてや、両手をポケットに入れて、フラッと近づいてくる人からどうやって逃げるかを考えていたからでもない。ええ、そうです。逃げようなんてしてません。シテマセンったら!
「あ?」
「何も言ってないです」
「んじゃ、行くぞ」
「いやいや。は? え? なんで?」
 両足に力を入れて踏ん張る。僕の手首を掴んでいたその人が肩越しに振り向いた。
 眼光鋭く、とか、文章での例えだけだと思ってました。いや、でも、さすがにもう慣れましたから。視線だけで操れると思わないで下さいよ!
「なんかあんのか?」
「えー、えーと、」
「ねぇな」
 あああああ! 僕のバカ! 正直過ぎる! もっと処世術身につけよ?
 しぶしぶとついて行きながら、ふと根本的なことを思い出した。
「っていうか、どこ行くんですか?」
「……」
「この風のなか、連れていかれる身にもなってくれます?」
 だから、上手い言葉が見つからなかったからって、舌打ちするの、止めてくれないかなぁ。された方って、けっこーヤな気分になるんですよ。
「聞いてます?」
「るっせぇ」
「そういうこと、言います?」
 くぃっと手に力を込めた。だいたいいつまで掴んでるんですか。加減を覚えてくれたので、さすがに痣にはならなくなったけど。それなりに痛くはある。立ち止まった、機嫌悪そうな顔を見上げ、ため息をついた。本当に機嫌が悪いんじゃないですね。
「だから、何度も言ってるじゃないですか」
「……」
「言葉にしてくれなきゃ、ついていけないトコもあるんですよって」
「……いちいち」
「じゃ、帰ります。今日、夜からパーティーに参加するんで、仮眠しときたいんで」
「またゲームか」
「そーです」
 我ながらふてぶてしい声だったとは思う。ヘアバンドに指をかけた彼が舌打ちして、僕に向き直る。手は出されないだろうけど! 本気の睨みがくるかも! と身構えた。身構えて、───目を丸くしてしまった。
「えっと……?」
「家こい」
「……えっと?」
「させろ」
「えっと?!」
 いやいや。往来でなに言ってんの?! ていうか、僕の予定、一個も聞いてなかったってことですか!
「いやです」
「あぁ?」
「今日はだから」
「夜までに帰りゃあいーんだろ」
「そーいう問題じゃなくて!」
「なら、なんだ」
 なら? なんだ? なんだ? だって?!
「か・え・り・ま・す!」
「久森」
 あーくそ。捕まった。背中を向けて走り出そうとしたのに、さすがの反射神経であっさりと捕まった。肩を掴まれて、噛みつくようにキスされた。
 ───うぇぇぇっ?!
 下唇を噛まれて、硬質な葉が肉に食い込む刺激を与えられる。食べられる。怖いのに、怖くない。
 ───知ってるから。
 口の中に舌が入ってきてる。舐められて、啜られて、めちゃくちゃに、貪られて、それで……。それで。
「……くるな?」
 答えられる訳がなかった。きっと顔が真っ赤になってる。伏せた瞼の隙間から、濡れていつもよりはましになった色を乗せた唇が意地悪く口角を上げている。
 ───くっそぅ……。
「……て」
「あ?」
「手を、繋いでくれるんなら、行ってもいいですよ」
 どうだ! 恥ずかしいだろう! 僕なりのささやかな抵抗は、
「んなことか」
 と、あっさり受け入れられてしまった。しかも、指と指を絡めるようにして、だ。ダメージ大きい……。完全に、僕の負けだった。
 矢後さんの手は、強い風のなかにあっても、暖かかった。
 <おしまい>
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CP向けお題ガチャより。今日の矢久のお題は【君の手は温かいね】です。
初公開日: 2020年04月02日
最終更新日: 2020年04月02日
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