わたしは誰か。
知らないで済ませてしまうのは簡単だろう。というのも、恩師の話になる。
彼は聡明な人だ。聡明すぎる人間は時折、社会に害を及ぼしかねない、という理由で変人奇人扱いされることがある。彼はそういう生き物だった。
わたしがかれを見つけたのは、わたしが彼の教室入った時だ。正確には、彼はわたしにこんにちは。といっただけで、わたしはそれに会釈しただけ。しかしわたしは、今思えば確かあの時わたしはかれを見つけたのだ。
「きみは誰かな」
「あ、わたしは」
「ああ、ごめんね。名前は言わなくていい。ううん、そうだね…好きなテレビ番組を聞こうかな」
「、へ?」
わたしが言葉に詰まると、かれは心底から悲しそうな表情を浮かべた。そうか、とも続けた。
じつのところ、この学校に入るための試験はあまりに厳しく。
好きなテレビ番組を聞かれても、最近テレビを見ていない、と答えるほかなかったのでありがたかったといえばそうだった。
かれはそうして、わたしの答えを聞くことなくいくつもの質問を重ねていく。好きなたべもの、動物、歌、人。その全てにわたしが首をふると、さしたる問題ではないと言いたげに腕を組んだ。最後の質問こそ、わたしは1番印象に残っている。
「人生で1番大切な本は」
かれが二の言葉を継ぐより早く、わたしは脊髄反射のように答えた。
「人魚姫」
ああ、思えばこれが間違いだったのかもしれない。ないはずの脚が痛むが、話を続けるとしようか。
………………
わたしは誰か
「ひい、ふう、み  6人か。ずいぶんと少ないなぁ、こりゃ」
何期生だったか、10を超えると数えるのも億劫だ。だが人数が少ないのは覚えやすくて嬉しいことだ。
、と。どうやらかれは考えてることが全部口に出るタチらしい。がらんとした広さの教室なのに、机は数えるほどしかない。なんとなく1番前の席に着いたわたしは、かれの呟きを余すことなく聞いていた。
わたしの他に5人。みんな試験の面接会場で見た顔だ。
「あらためまして。
ぼくはこの教室にいる君たちの、便宜上担任ということになる。
君たち6人はまとめてこの、審神者養成専門学校、の1年生。
の、特別学級の生徒になった。
さあ、君たちは誰だ?」
なんとなく、なにを聞かれているのかわかってしまった。ここの教室が広いのに、机も生徒も少ない理由も。
わたしは、もしかしたらわたしたちは。
改変孤児というやつだ。
………………
わたしは誰か。
改変孤児とはなにか、知らない人はこのご時世少ないだろう。
何十年か前にあった戦争孤児という言葉と似たものだ。
今は、戦争、と呼べるものは対歴史修正軍戦線しかない。かつて世界中で起こっていた戦争は、もうない。
科学技術と情報化の進む世界情勢に伴って、バーチャルリアリティがすごい勢いで発展した。地球上の隅々までそれが普及していくうちに、段々人類の興味が現実世界から離れていったのだ。
国民が武器を握らなくなると、政治家は戦争をする必要がなくなる。
メディアとか、なんかそういう大きな力は躍起に戦争をさせたがったが、みんなインターネットしか見ないので、そのうちにスポンサーがいなくなって廃業した。
じゃあなんで、こうしてわたしは生身のまま登校しているかというと、今からざっと120年前。2105年に起きたサイバー改革の影響だ。
誰かが。ある日突然思い立って、バーチャルリアリティの装置を外した。すると、なんと、自分の部屋に見たこともない生物がいたのだ! 驚いて追いかける。なにせその人は、第4世代、バーチャルリアリティで最初から育った人間だったので(そのころには食べ物なしで生存できるシステムが完成していた)、
部屋の外に出ると、そこはバーチャルリアリティでは到底表現できることのなかった世界が広がっていたのだ!
と、いう人達が集まって、インターネットを通じてたくさんの人に呼びかけた。世界はこんなに美しいのだから、みんなバーチャルリアリティなんかに閉じこもっているのは損だ!と。これがサイバー革命。
その頃から、元初主義、と呼ばれる、要するにバーチャルリアリティからの離脱を勧める団体が大きくなって、いつしかバーチャルリアリティの世界に閉じこもる人はいなくなった。
そうしてまた80年。2205年に勃発したのが対歴史修正主義者戦線だ。
彼らの主張は明瞭でない、というのも、彼らの主張を理解しようとすつ行為そのものが国家反逆罪になるらしい。らしい、というのも、禁止されればされるほど、みんな恋話のようにこそこそと、ああでもないこうでもないと噂話をするからだ。
戦争をしたいのにできなくなった人たちが、戦争をしたくて過去に行った。でもそれは誰にも利権はない。例えば新聞社とか、政治家とか。得してるのは誰だ? 政府だ。じゃあ政府の陰謀だ! きゃあきゃあ。あとはみんな、宇宙人の仕業が好き。闇落ちした刀剣男士だという人もいた。いやでもそれは、卵が先か鶏が先か。
じゃあ結局、歴史修正ってなんなの。という結論に辿り着く。
歴史修正とは、歴史を変えること。歴史を変えると、消える人がいる。消える家族がいる。消える街がある。そういう、改変に呑まれた人の中から、なんとか、助け出せた人のことを戦争孤児というのだ。
わたしは、戦争孤児だ。
…………
かれの質問は要するに、貴方たちは戦争孤児ですね。という意味だ。
戦争孤児はみな、確固とした自分を持たない。自分は誰の子供に生まれて、なにを食べて、なにをして。どんな名前だったのかもしらないまま、気づいたら道の真ん中に立っていた。
どうやら改変前のそこには家があったらしく、その一家の子供が1人、改変孤児になったらしい。街の人は嫌そうな顔を隠しもせず、近所の交番に連れて行く。
えぇ、改変孤児ですか。
交番のおまわりさんの第一声はこうだ。これから自分を待ち受ける膨大な書類処理と(サイバー改革以前の科学技術は失われてしまったので、地方は特にアナログなのだ!)、政府機関への電話と、パトロールという建前で他の改変孤児を探す手間が見えてしまうからだ。
改変孤児は大抵7歳にならないほどの子どもなので、おまわりさんのえぇ、で大分萎縮してしまう。その後迎えに来る優しそうな人に手を引かれて、〇〇さん。と呼ばれると緊張は薄れる。自分の名前を覚えていないことが多いので。でもその呼ばれた名前が、あとあと自分が見つかった番地の名前だと知るのだ。
しばらくその子どもはどこか綺麗な、政府の建物の一室で待つ。そこには子どもが好きそうなおかしと、ぬいぐるみと、えほんがあって。大抵の子どもはそこで楽しく過ごす。
いくらか時間が経つと、さっきの人が後ろに男の人を連れてきて戻ってくる。その人は刀剣男士で、ぱらぱらと紙をめくって楽しそうに、「この子の親は会社員と専業主婦。3世代前まで遡って引っ越してきてる。引っ越しの前は…ああ、なにわ、大阪か」とぼそぼそ読み上げ始める。
段々悲しそうな顔になって、最後に「相模の、例の本丸が敗北撤退した戦場に、住んでた武士の子孫らしい」みたいなことを言って終わる。
彼は頭を撫でてやって、子どもにごめんねと言う。彼が謝る筋合いはないのだが、どうやらこの、改変孤児に自分が何故改変孤児になったのかを教えてやれるのは刀剣男士だけらしい。
人の形をとり、人のことを理解できるのに、不変である物として歴史を俯瞰してきたのが刀剣男士だ。とかれは言った。
難しい話だが、要するに。刀剣男士は改変を受ける前の歴史を見ることができる、らしいのだ。
それから改変孤児が改変の被害にあった1番最初を見つけ出す。それがなぜもたらされたかを、実際の多くの本丸の膨大な戦績を洗い出して原因となった敗北を探し当てる。そして、それを戦争孤児に伝えるまでが彼らの仕事だ。
戦争孤児は誰なのか。
それを教えるのはその刀剣男士なのだ。わたしの刀剣男士は
「じゃあ、人魚。改変孤児がなんで子どもだけなのか言ってみろ」
「は、はい。えっと、7つまでは神の子という言葉があるように、7歳になる前の子どもは神仏による加護を持っていて、そのため改変の影響を受けにくく…」
「ってのが定説だよな」
「んなわけあるか。歴史改変は人間が起こした事件だが、そっから先は自然事象だ。要するに、事故なんだよ。車に轢かれたやつが死ぬのはきかっけは運転手の操作ミスだが、死因は内臓破裂と失血死だ。それを無視して、『運転手の操作ミスは寝不足が原因だ』っつったって根本的解決にはならんだろ」
「教授、話の意味が不明です」
「7つまでは神の子、は造語だ。人間様がつくった言葉だ。事実じゃねえ。
ぼくの質問にはわからないで答えろ!!」
「暴論です」
5回目の授業のことであった。
「改変孤児は何か」
「なぜ改変孤児は子どもだけなのか」
かれは毎日教室の扉を開けてそう尋ねる。わたしたち生徒は、そのたびに教科書から探し出した答えをかれに返す。いろいろな教科書を読む。改変孤児は社会問題なのでたくさんの出版物がある。そこからも引用するが、決まってかれは顔をしかめる。
他の誰かの言葉を使うくらいなら、自分で考えろ、とかれは言う。
改変孤児はそれができない。だって空っぽだから。
自分のことがわからない。自分は何かを突き詰めて行き当たるのが、「結局自分は何者でもない」が改変孤児の一番の特徴だからだ。
かれの言葉に淡々と返したのは、かれがなぜか気に入っている生徒だ。論理、とかれは呼ぶ。
戦争孤児の中ではなぜか具体名じゃない、ちょっと変わった女の子だ。
結局、わたしが近代史の教科書から探した答えはんなわけあるか、の一言で一蹴され、そこからは教授ワールド、とみんなが呼んでいる無茶苦茶な話が始まる。
それについていける、もとい、わかりませんでずっと返している論理ちゃんは、かれが1番前の特等席に連れて行った。わたしが最初に選んだ、かれに1番近い席だったのに。
…………
戦争孤児はなにか。
ある日先生がまた同じ質問をした。というかあれは挨拶だ。
「改変孤児は何か」
「なんで改変孤児は7つまでなのか」
それに論理ちゃんが、わかりません、以外で答えた。
みんなびっくりした。論理ちゃんのわかりませんは、てっきり調べてきてませんだと思っていたからだ。違ったのだ。彼女のわかりませんは、考えている途中なのでまだ答えられません、だったのだ。
「改変孤児が7つまでなのは、誰かが。7つまでは神の子、を知る誰かが守っているからではないですか?」
…がたん! ど、がらばりん!! どっだ たったった…
教授が教壇から転げ落ちて、教室のドアのガラスを割り、すっ転んで走り去って行った。
いつもの、要するに、わからないってのを大切にしろよ、という話のオチもつけないまま。
わたしはかれを追いかけた。教室ではぽかんとした4つの口があって。
ノートに向かって必死になにかを書き留める論理ちゃんの姿がいやに鮮明に頭に残った。
多分、かれが論理ちゃんを気に入った理由もわかってしまって。
…………
ぼくは戦争孤児だ。
あのあとかれの戻った研究室には鍵がかかっていて、立ち入り禁止!とマジックで扉に書き殴ってあった。
3日後に授業に顔を見せたかれは遭難者のようなヒゲを蓄えてはいたが、目は爛々と輝いていて、いつものやばい教授、からさらにやばさを増していた。
かれの隣には男が1人立っていて、にこやかに笑っていた。ふわっとした髪に丸眼鏡をかけていて、文豪かなにかのような不思議な格好をしている。なんとなく、この教室にいる生徒はみなわたしを含めてかれを刀剣男士だとすんなりと理解しただろう。
カット
Latest / 09:53
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
二次創作 刀剣乱舞
初公開日: 2020年01月21日
最終更新日: 2020年01月21日
ブックマーク
スキ!
コメント
あらすじ
審神者養成専門学校の、改変孤児を集めたクラスの担任が変人すぎる話。
「改変孤児とはなにか」
「なぜ改変孤児は7つまでなのか」
を挨拶のように毎日質問する人だったが、ある日ある生徒の答えを聞いて教室を飛び出して行った。