――花の都、常世の春、主神のお膝元に憂えなし。
吟遊の神様が帝都をお謳いになり、昼間の酒飲みが囃し立てます。頭を痛めた二日酔いの風神様が怒鳴りらっしゃいますと、お付きの神職が諫めました。大通りを華族のきらびやかな馬車が通れば、交通の神様が気まぐれに祝福をお授けなさります。それを見ていた軍警が銀貨をお布施に礼を告げると、交通の神様は気前よく「それなら饅頭のほうがいいや」とお笑いなさりました。今日も帝都は陽気な人々と、人に姿を変えた神様方の賑わいに包まれておりました。
神聞記者の正次郎は二丁目の本社を後にして、主神邸のお堀をぐるりと回り、比較的穏やかな街並みの七丁目へとやってきました。時刻は夏の昼下がり。皆が暑さに苛まれ、木陰や水辺に避難するころです。
七輪通りの道沿いに、ぼたもち茶屋はありました。牡丹餅と店名にはあるものの、人気商品は三色の団子です。店内は七丁目の土地柄か緩やかに、されど八つ時らしく賑わっています。
「どうも、団子を十つと茶をいただけるかい?」
正次郎が暖簾をくぐると、若い看板娘が応じました。
「あら、正次郎さん。いらっしゃい。今日も昼を抜いたのかい?」
「ああ、その通りでね。さっきから腹が鳴いて五月蠅いんだ」
看板娘は快活に笑って、「お爺ちゃん、正次郎さんがいつも通りのだってさ!」と奥に引っ込んでいきました。
正次郎は店内を見渡して、腰を下ろす場所を探しました。しかし、日差しの避難と八つ時が相まって、ほとんどの座布団が埋まっています。正次郎は仕方がないので奥のほうの二人分の机の、屈強な男の向かいに座ろうと近づきました。
「ここ、座っても宜しいですかね?」
「構うもんかよ、好きにしやがれ」
肌の浅黒い男はぶっきらぼうに答えました。正次郎は礼を言って座ります。そして、居住まいを正して目の前の男をもう一度みると、記者の勘が、男は只人でないことに気づきました。
「神様とお見受けしますが、どうでしょうか?」
「……如何にも。俺はここら一体の夏を取り仕切っている神だ。そういうお前は神聞記者か?」
「ええ、そうです」
男――男神――もとい、夏神様が正次郎の職業を見破ったのは不思議なことではありません。神聞記者はいつ神様に質問しても失礼のないように菱形の首飾りを下げているのです。
「どうです。茶を飲みながらでも、おひとつ。スキヤンダルでも教えて頂けると嬉しいのですが」
生粋の記者である正次郎はこれ幸いにと問いかけました。
しかし、夏神様は「すきやんだる......醜聞だったか」と呟きますと、「俺はお前らのそういうところは好かん」と声を低くされました。夏神様は何処の土地でもさっぱりした気質をお持ちになっていることが多く、帝都の夏神様もまた、その如くでいらっしゃるようでした。
「おっと、これは失礼をいたしました」
正次郎は慌てて頭を下げます。
「ですがそれも私共の仕事でして。……では、もし差し支えがなければ、せめて、喜ばしいエピソオドなどでも頂けませんかね」
「エピソオドとは何だ」
「失敬。出来事だとか、小噺だとかの意味で」
「成る程な。できれば舶来の言葉は控えてくれ」
「畏まりました」
夏神は腕を組み、「ふむう」と考え込みました。ちょうどそのあたりで正次郎の緑茶と団子がやってきました。
さて、読者の中には、正次郎は神を恐れないのかと危惧した方もいらっしゃるかもしれません。しかし、夏神様が多少の無礼でお怒りになってこの卑しい記者の首を刎ねることの無いことを、正次郎は一目見たときからわかっておりました。だって、もしも人々の尊びを尊ぶような気高い神様なのでしたら、このような下町市井の安茶屋にお付きも連れずにおわしますはずがないのですから。
閑話休題。
夏神様が正次郎の予期していたよりも考えに耽っておられました。正次郎は「これは長くなりそうだな」と微かに口元を曲げました。大抵の神様は人間に歩幅をお合わせにならないのです。そこで正次郎は、時間を過ごすために、団子の乗った大皿を届けにきた看板娘に話を振りました。
「それにしても、今日は随分と賑わっているんだね」
看板娘は嬉しそうにはにかみます。
「そうなんだよ。新商品が当たってさ!」
「新商品? なんだ、また何か変なことでも始めたのかな?」
「あらあら、正次郎さん。ウチの店がいっつも変なことをしてるみたいに言わないで欲しいな。これでも真面目に考えてるんだからさ、私は」
看板娘はしかしばつが悪そうな顔をしています。それもそのはず、ぼたもち茶屋は良くも悪くも帝都で名の知られた店であり、『神が腹を抱えるぼたもち茶屋』『神も腹を壊すぼたもち茶屋』――そんな風評がよく出回っているのです。
「それでさ、正次郎さんは町田屋の氷菓子は知ってるかい?」
「まぁ、耳にしたことくらいなら。雪を食べるんだっけ? 正気がわからないね」
「あはは。雪は食べないよ。雪のような菓子ではあるけれどねぇ」
「かき氷って名前でさ、氷を削って、蜜と一緒に食べるんだ。暑い夏にはぴったりでね。このあたりじゃもう知られているよ」
「美味しいのかい?」
「そりゃあ、とても。何より、冷たくていい気分だよ」
「へぇ、そこまで言うのならひとつ頂こうかな」
「まいど!」