白河球磨子は、食えない女だ。卓子はふうとため息をついて、デスクにちょこんと座っている愛猫を撫でた。
 審理を終え、球磨子は無罪判決になった。前任の弁護士、原山の葬儀に現れた彼女からキャスケットを取り戻すことはできたけれど、まだ、何かが彼女との間に残っている気がする。
 卓子は携帯電話を手に取ると、アドレス帳から球磨子の番号を呼び出し、電話をかけた。出ても、出なくても、どちらでもよかった。ただ、彼女と会う日取りさえ取り付けてしまえばどうにでもなると思えた。
 数コールして、プツリという音の後にねっとりとした声が聞こえてきた。
「先生、どうしたんですかぁ?」
「どうしてるかと思って」
「どうしてるって、どうもしないよぉ。さすがにパパの家は出たけど」
「そう。ねえ、今度会えない?」
「先生なら、予定があっても空けちゃう。いつがいい?」
「いつでも。……なんなら、今日だっていい」
「今日ね、大丈夫。ね、駅まで来てくれたら迎えに行くから」
「ありがとう、何時頃?」
「じゃあ、夕方の6時頃。大丈夫?」
「大丈夫。じゃあ、夕方に」
「……うん」
 どこか淫蕩な雰囲気のする返事に、ぞわりと皮膚が粟立つのを感じて、卓子はすぐに通話を切った。
「まだ、なにか返してもらえてないような気がするのよ」
「帽子は返したでしょ?」
「だから、帽子以外に」
「帽子以外に先生からもらったもの……あ、もしかしてぇ」
 上を向いて考え込んでいた彼女が、思い当たったようににんまりと笑う。球磨子は人差し指を口元に当てて、こ、れ、と声を出さずに囁いた。
「相手が女でも、いいんだ」
「先生こそ……、ねぇ、したい」
「抱いてくれる男なんていくらでもいるでしょ」
「いや、先生としたいの」
「……女を抱いたことなんてないんだけど」
「じゃあ、リードしてあげよっか?」
「あなたが? リードしてくれるの?」
「そ。私の体、教えてあげる」
 普段、美人というよりは愛らしいといった方が似合う彼女は、まるで腹の中に隠していた異形を表に引きずり出したかのように、どろりと笑った。あの日のように、顔が引き寄せられる。球磨子も卓子も、目を閉じることはなかった。互いのルージュが粘ついたような音を立てて、唇が柔らかく滑った。
 
「ね、せんせ、あたしのこと、好きなの」
「ええ、好きよ」
「……​嬉しい。ほんとに、嬉しい」
 こんなことをしていながら、球磨子はまるで少女のように笑う。胸元に額をすり寄せてくる彼女は、確かに可愛い。
 球磨子は卓子の両手を取って、自分の胸へと押し付ける。卓子の手ごと自分の胸をもむように、指に力を込めた。球磨子の小振りな胸は卓子の手にすっぽりと収まる。ぞわりと背筋を震わせた球磨子が、小さく声を上げた。
「ん、ぁ……」
「……気持ちいいの」
「きもちいい……」
「そんなに敏感なの、あなた。服の上からなのに」
「だって、せんせが、触ってる……」
「……そういうの、ずるいわよ」
 原山の葬儀での彼女を見て、あどけないと思うと共に男好きのする体だ、と思った。むっちりとした、肉の乗った二の腕。黒いストッキングに包まれた足も、適度に肉がついていて、抜けるように白い肌色とは相反して健康的に見えた。記者会見をした彼女の、ワンピースから覗く足を、そのかげりの奥を、男どもがこぞって覗き込もうとしていたのを思い出す。悪女と呼ばれながら、それでも男たちを虜にする、言いようのない魅力を持った球磨子を、今、卓子は組み敷いている。
 真新しい敷布団に、球磨子の黒髪が広がっている。掴んでいる手首から、平常よりは少し早くなっているのだろうと想起させる脈が伝わってくる。首筋に顔を寄せると、球磨子の付けている香水が濃く香った。イメージ通りの、きついぐらいのフレグランス。白い首筋に唇を押し付けると、ひくんと体が跳ねて、あ、と唾液の絡んだような声が聞こえた。
「……香水、きついんじゃない?」
「せんせが、近くで嗅いでるから、でしょ」
 卓子の耳元で、とろとろと、粘ついた声がする。きっと男を誘う時にもそうやっているのだろう、その気にさせるための声色は、確かに卓子の情動を焚きつけている。
「そんなことないわよ……先にお風呂に入ればよかった」
「そんなこと言わないで。せんせのために、付けたのに」
「……女の私相手に、そんなことする必要があった?」
「……こうなるだろうなあって、思ったから」
 そう言って、球磨子はくふ、と喉を鳴らして笑った。狙い違わず、獲物を罠に掛けたのだ。球磨子にとって卓子は、その辺にいる、自分の体を狙う男どもと変わりがないのだ。そう思うと苛立って、卓子は掴んでいる球磨子の手首をきつく握った。
「いた、い、せんせ、手、」
「……馬鹿にしないで。狙い通りに行ったからって」
「してない。なんでそう思うの……」
「……私が他の男と同じように思われてるから」
 自分だけが、球磨子のことを理解したのではなかったのか。あなたの「特別」ではなかったのか。卓子は、珠子を可愛いと、愛おしいと思ったから放っておけなかったのだ。そうでなければ、仕事が終わった後まで気に掛けたりなぞしない。
 明らかに苛立った声で吐き捨てると、卓子は白い首筋に吸い付いた。歯を立てて、舌を這わせて、音を立ててきつく吸って、内出血を残してやった。顔を離して彼女の顔を覗くと、球磨子は頬を紅潮させて、目元を潤ませている。
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疑惑の卓子×球磨子書く
初公開日: 2019年02月06日
最終更新日: 2019年02月06日
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