「うう……恥ずかしいですよぉ……」
「似合ってるって! ほら前隠すなよ!」
「ほ、本当ですよねぇ!?」
 目の前に立つ長髪の同僚は頬をほんのりと赤く染め、胸の辺りを必死に腕で隠している。似合っていようといなかろうと関係のないことだ。むしろ、今回の相手なら似合っていなさにすら喜んで、涎まで垂らしてしまうに違いない。
 何故こんなことをしているのかは数刻前に遡る。
「潜入捜査?」
 声が揃い、ベトナムが不快そうに眉をひそめる。タイさんが話すには、最近私たちの縄張りのそこかしこで違法カジノが横行しているらしい。それだけならさして問題はないし、偵察と称して遊びに行っても構わない——というか、今更規制したところですでに遊んでいる構成員もいる——のだが、そこで危ないギャンブルが始まったという噂が立っているのだ。
「危ない、って……精々法外な金額を賭けるだけではないんですか」
「どうやら、主催者に欠損趣味のある金持ちが紛れ込んだようでね」
「ああ、なるほど」
 たまにいる、そういう奴。人や動物の四肢を集めるとか、拷問を見るのが好きとか、そういう趣味を持ったのが。欧州の方や極東の国では、ここの地方と阿弗利加に多く住まうものと思われているらしい。心外だ、お前らのところにも多くいるだろうに。きっと隠れているだけだろう。
「それがどうして、こんな衣装に?」
「客として潜入するのは難しくてな。従業員なら締め上げて服とIDを奪えばどうにかなると踏んで実行してみたら上手く行った」
「そう。そして得られたものがこちらだね」
「キ◯ーピー3分クッキング?」
 ……という経緯でバニーガールとバニーボーイの衣装を無事ゲット。どうしても露出の多い服を着たくなかった私はタイさんたちを論破しにかかった。男女二人の潜入任務で、大勢が相手となれば、殲滅力のある私が機動力の高い服を着るほうが良い。好都合なことにベトナムの髪は下手な女よりも美しく、騙しやすいだろう。サイズが合わなければ、もちろん逆でも構わない……。
 説得は成功し、私はあのこっ恥ずかしい衣装を着ずに済んだ。ベトナムは私の衣装を恨めしげに睨み付けるが、素知らぬフリをする。男性用だから袖が余るし多少胸がきついがどうせ潰すし、まあさして任務に影響はないだろう。囮のベトナムを上手く使えばどうとでもなる。
「ああぁっもう、こんな服、任務じゃなかったら絶対すぐ脱ぐのにっ……!」
「カワイソ。ざまあないね」
「……終わったら覚悟しといてくださいよ」
「やーなこった」
 しかし、それほど嫌でも今脱ぐということは考えていないらしい。命令でもそうで、嫌いな相手では従えないが、信頼を置いている相手には尽くしたいと思うものだ。ある意味純情で一途な、彼らしい愚直な選択である。
 嫌い、嫌いか。今の首領は優しくていいな。前の首領は気位が高いだけのワガママ男だったから。思いを馳せ、口から滑り出るままに話しかけてみる。
「ま、フランスの下に居たときよりはマシじゃない」
「何でそこでアイツが?」
「だって私たち、前はフランスの所有物だったでしょ」
「一回黙ってくれます? 誰が盗み聴いているか分からないんですから、黙っていたほうが得策でしょう」
「別に、どうってことないと思うけど」
「……最盛期ほどではないですけど、悪評にはうるさいですよ、あの人」
「ぶっ飛ばせばいいじゃん」
「流石ハノンさん。僕にはそんな考え、思いつきません」
 そういや、このベッドもフランスの下で働いていた頃に敵から押収したものだった。強い国には上等とされるものがよく集まる。娯楽も食事も寝具も例外はない。私の部屋にもあるが、寝心地がいいので新しく買い替えることは考えていない。
 だが、いくらモノで満たされていようともあの頃は窮屈極まりなかった。生まれ育った場所の居心地は全ての基準になる。ここを愛せる私はきっと恵まれている。
「時間までまだあるから寝るわ」
「ねえここ僕の部屋なんですけど」
「知るかよ、私の部屋でも行けばいいじゃん」
 似っ合わねえ、と貶して笑えるほどに似合っていないわけではない。内向きに跳ねた自分の髪を指に巻き付けてみる。私だってそれなりに整った顔はしているのだが、ベトナムよりも人好きしない。美しいとか格好いいというより、単純に均衡の取れた顔と評されることが殆どだ。態度や口調、声も相まって雄々しい自覚もある。誤魔化しているし興味もなかったので、彼以外と関係を持ったこともない。我ながら清純な心と脳と身体の持ち主。
「何でハノンさんはバニースーツ着てくれなかったんですか!?」
「寒そうだった」
「この辺年中熱帯夜ですけど?」
「んーじゃあお前の方が似合ってるから」
 声が荒らげられる。煮え滾るような熱い怒りのこもった声だ。私に似ている。どちらがどちらから似たのやら。
「じゃあってなんですか、じゃあって!」
「別に深い理由はねえよ! 私が着たくなかっただけ!」
 それで何か文句があるなら、出し抜いてでも抵抗すればいい。今回は私が勝っただけのことだ。
「別にハノンさんも似合わないことないですよね!?」
「ったりめーだろうが! そのくりくりした目ぇ掻っ穿って見てみろ、お前の方がかあいらしい顔してんだよ!」
「……そんな、くっだらねー理由で僕にこの服押し付けたんですか」
 ベトナムの声が冷えた。怒りの葡萄ならぬ、怒りの炎が立ち上っているのを感じる。読んだことないし全く関係ない比喩の気がするが、ふと嫌な予感を感じて横目で様子をうかがう。
 いつの間にか彼の膝が私の胴の横にあった。細い指がつぅと唇に這い、首を伝い、私よりそこそこ大きな手が心臓が位置する辺りまで下りてくる。ただでさえ男好きする顔立ちなのに、いつにもまして妖艶だ。
 空いている利き手でない方の手が、両の手首をしかと掴む。興奮で潤んだ瞳がにたりといやらしく細められた。
「ハノンさんだって、ハノンさんのほうが、立派なものを持ってるのに?」
「揉むな! 誤解されるだろうが!」
「むしろ誤解されたいんですけど」
「お前さては気が狂ったな!?」
 立派とは言うがせいぜいが脂肪の塊で、邪魔なだけなのに何をありがたがっている。言いたくても羞恥と怒りで口が上手く動かない。乱雑なようで、どこか大切にされている。
 先ほどまで口論していたとは思えない妙に優しい手つきで、それでいて抵抗を許さない力だ。ここをどこだと思っているのか、今を何時だと思っているのか。藻掻いても、腹をくすぐられて力が抜ける。クソ、下手に耳に息を吹きかけたりしないあたり、付き合いが長い分私のことをよくわかっている。それをされたらはされたで気持ち悪くて力抜けそうだが。
「んっ……ふふっ……」
「気持ち悪い声出さないでくださいよ」
「いやこっちのセリフだっつの」
 笑わせんなっての、と再度怒鳴ってやろうとしたその時。階段を登ってくる音と、話し声がした。
「ねぇフィリピンくん、ベトナムくんの部屋ってどっちだったっけ」
「ここの廊下曲がって突き当り、だったはず」
「今、いるかな? 仕事上の用事があるってタイくん言ってたけど?」
「うーん、でも、いなかったら待てばいいだけだよねえ」
 どうやらベトナムに用があるらしいが、後にしてもらいたい。せめて私が手を振りほどいてからにしてくれ、この惨状を見られたら……そういえば、どこで着替えるとタイさんやインドネシアさん以外に伝えただろうか?
「ベトナムくん、貸してほしい書類がある、ん、だけど……」
 話し声はドアの前で止まり、入ってきたフィリピンくんが私たちを見て固まる。後ろに並んでいたミャンマーくんがあわあわ顔を赤くする。気まずそうではあるものの、こういう事態に一番慣れているのだろうシンガポールは頬を掻いて後退した。
 
「……あー、えと」
「ごめんハノン、ベトナムくん」
「邪魔したねぇ……」
 ぱたん、と静かな音を立ててドアが閉まる。滑り落ちるような音を立てて__多分、あまりの刺激にしゃがみこんでいる__たった1年の差であんなに大人っぽいんだ、とミャンマーくんが小さく呟いている。
 ノックをしないほどの気安い関係なのは結構なことだが、見て見ぬふりをするのはいただけない。というかこれは私一人では対処できない、つまるところ助けてくれ!
「違う違う違う違う!」
 足を使ってやっとの思いでベトナムを引き剝がし、階段を降りようとする3人を呼び止める。何が? とキョトンとした顔のシンガポール。
「……えと、その服、特にベトナムくんを他の構成員に見られる前に早く戻ったほうが」
「趣味にどうこう言うつもりはないけど、ちょっと刺激強くない?」
 遠慮がちにミャンマーくんとフィリピンくんが忠告してくれても、それより重要なことがある。これはあくまで任務のために入手したもので、私たちの趣味ではないということを伝えて誤解を解かねばならない。
「タイさんからもらったの! コイツにも私にもアブノーマルな趣味はないわ!」
「タイくんにはあるみたいな言い方しないでください」
「というか、2人は恋人同士じゃないの?」
「やっぱりそこからかよ!」
 学生時代は確かに付き合っていたが、とっくに別れている。少なくとも私はその時に縁を切った気でいた。なのに、どうして……。話すと長くなる。それに、タイさんとインドネシアさん以外に聞かせる気もない。適当に嘘でもついて誤魔化してやる。
「あのね、私たちは__」
「何勝手に話してるんですか、ハノンさん」
「うわっ」
「別に、みんなが想像してるようなことなんて僕らにはなーんにもないですよ」
 ね、と私を背後から抱きしめ目配せをする……そういう思わせぶりな態度を取るからあるように思われるんだろうが。本心では望んでいないだろうに、きっとわかってやっているのがタチ悪い。
 そんなにそんなにどうしても誤解されたいのならば私だって思わせぶりな態度を取ってやればいいのだ。彼とて押されるのには慣れていないのだから。
 そっと顎を掬い、緩い拘束を乱暴に剥がし、耳の端を朱に染めるベトナムを壁際に追い詰め。慌てるのも慌てていないのもいるオーディエンスを見やってから、がぶり、首に犬歯を刺した。微かに、ぬらぬらと鉄の匂いが鼻に滑り込んだ。
「キスされるかと思った?」
「……このっ、馬鹿女……!」
「あーらら、拳固めちゃって。仲間内の暴力はご法度だっての」
「……理由があれば赦されるの、知らないんですか?」
 知っているに決まっているだろう。どれもこれも、ベトナムをここに残すために作られた決まりだ。私を不条理にする、不公平な後付けルールだ。上から下の暴力を容認するなら、下から上の暴力も公然としてしかるべきではないか。
 言えない。私は、ベトナムより必要とされていない、軽い命だから。
「でもさ、殴ったりなんかしたらお前の好きな私の顔、滅茶苦茶になっちまうんじゃないの?」
「誰が、好きだと」
「はは。そうでなきゃ、どうして私をここに引きずり込んだ」
 私に執着しているのはこの組織でもベトナムだけ。彼に見捨てられさえすれば、私はすぐにでもここから逃げ出して投身自殺しているだろう。襟を掴まれ、爪先が床から離れる。細身でも最低限の力はあるから、腕力でこいつに勝てたことがない。なんと、屈辱。
 喉が詰まる。酸素が足りない。狭まる視界は遠いどこかで見覚えがあった。
「ストップ、ストップ! ベトナムくん、ハノンは弱いんだから手加減してあげないと!」
 シンガポールに諭され、私は渋々降ろされる。大きな咳払いをし、ベトナムの肩を叩く彼をじっと見た。
 舐められるのはひどく腹立たしいものである。シンガポールと私は、ここの部分でよく似ているが、彼は根から組織に染まっている。髪色は揃いなのだが、明確に違うことをあらわすようなところが……。彼は確か染めていたはずだ。おおかた、自由というものに憧れているのだ。そのために手段を選んでいられないタチなのだろう。
「そうだ、時間! 時間は大丈夫!?」
 フィリピンくん、その船、かなり助かる……時計を見上げると、時間はとっくに夕を過ぎ、夜に半分差し掛かっていた。正確な時刻を指定されたわけではないが、場所的に今から向かわないと間に合わない。運の悪いことに社用車は全て修理中か出払っているかだし、私の愛車もベトナムに見せるわけにいかないので使えない。
 あぁそうだ、ベトナムのバイクをパチっていけばいい。ガレージへと駆けだす私に引きずられるようにして、ベトナムも着いてくる。
「急ぐぞ、ベトナム!」
「ハノンさん、武器括りつけるのやめてください」
「メットどこだ……あった。お前こっちな」
「それハノンさん用なんですけど」
「誰が被るか、こんな猫耳」
 妨害する間もなくベトナムの武器ごと紐でぐるぐる巻きにするので、デザインがダサいだの何だの、ずっとぶつくさ文句を垂れている。というかそれしかできることがないのだろう。
 デザインがダサい理由がなかろう。カッコいいだろうが、私の機関銃。愛すべき漫画のキャラの持ち物から引用した名前と性能なのに、文句を言われちゃ黙っていられない。今ハンドルの主導権を握っているのが誰だかわかっちゃいないらしい。
 エンジンをかけてみると問題なく動くことがわかった。当然のように前に乗ろうとする私へ、焦って大きな声を出すベトナム。口喧嘩のように見えるだろう。間違ってはいない。
「ねえそれ僕のバイク! ねえええ!」
「死なば諸トゥモロー」
「死っ……!? 壊す気ですかっ!? 最悪! もう最悪すぎです!」
「あ、私の許可なく胸触ったら壁突っ込むからな」
「クソ女ァ!」
 にしても、彼が後部に乗るのなら随分と目立つことだろう。いつものジャケットは急いでいて持っていないと見えた。露出が多いのならチリや道中の怪我も心配だ。貸してやらねばならないということか。半ばうんざりしながらベトナムへ向かって脱いで放る。
「発つから羽織っておけよ」
「……なんでそんな妙なとこ優しいんですか」
 口では抵抗しつつもなんだかんだと私の腹部へきゅっと、子どものように、離れないように腕を回した。多分、私たちにとってはそう難しくない任務だ。時間は多少かかるかもしれないが、生きて帰ってくることは間違いない。この自覚で、私はどことなく冷めている。しかし、醒めてはいない。今でもどこか夢のようだ。人を殺すことを生業にするなど、学生時代は考えたこともなかった。
 重火器系の音が轟いた。この辺だとわりと大きなビルのネオンが消えた、と思うと同時に再点灯した。ああ、やはり、全てが過去形なのだ。見たと認識した瞬間に全ては終わったことになる。であれば、私が生きている事象も、生きていると実感した瞬間に消滅してしまえばよかったのに……。
「ハノンさん、なんか悟ったこと考えてません?」
「よくわかったな、ベトナムのくせに」
「思考は自由ですけど、今の僕ら、格好つけるにはあまり向いていない服装ですからね」
「あー、ウザ……お前なんか、舌噛み切って事故死すりゃいいんだよ」
「ふふっ。お生憎様、です」
 一蓮托生とでも言わんばかりに頬を擦り寄せ、ベトナムは幸せそうに笑った。
カット
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出印ルー
ちょっと待ってくださいいつの間に二人もいたんですか(混乱)
179:56
ななし@745e74
お邪魔します😌😌
180:15
出印ルー
こんにちは! ありがとうございます
182:52
ななし@745e74
越夢とてもすき…😇😇
183:11
出印ルー
嬉しいです頑張ります~~( ノД`)
183:43
出印ルー
せっかく入ってもらったところすみません
184:19
出印ルー
ちょっと課題やらないといけないので一旦落ちます(´;ω;`) また再開したら来てもらえると嬉しいです
289:36
出印ルー
まずい 何をどうあがいても「へばりつく」しか出ない
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向き
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バニー越さん
初公開日: 2026年08月03日
最終更新日: 2026年10月06日
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冒頭は茉莉花さんからお借りしました
ちょいエロになるように頑張ります