恋をするには、少しばかり愚かである方がいい。これは至言だ。本質をよく表している。まともな思考じゃ愛や恋やなんてできやしない。市井の民のアレはただのオママゴトだ。恋し恋されはいちゃんちゃん、その後二人は幸せに暮らしましたとさ、とっぴんぱらりのぷう。なんて可愛らしいのか。そんなので満足できるだなんて全く羨ましくて敵わない。
まず第一に、己は愚かであると自覚すること。これができない奴が多い多い。人間とは理性ある獣だ。そう、ただ理性があるだけの、獣。生き物の目的は種を絶やさないこと。なのに人間は選り好みをする。何故なら愚かな生き物だから。
大いに結構。玉石混交の中から見つける至高の一粒。それを我が物としたいと考えるのは、実に傲慢で人間らしいではないか。
美しいものほど儚い。盛者必衰。諸行無常。だから大切にしなければならない。それはもう指先一つで崩れる壊れ物を扱う時のように。己の吐く息すら煩わしいと感じるほどに。
この世は危険で溢れている。だから守ってやらねばならない。
いや守ってやらねばはちょっと違うな。守らせて欲しい、どうか守らせて頂きたい。
危険というものは、「外」という曖昧な表現では収められない。場所もそうだし人もそう。彼女のような人が生きるにはあまりにも優しくない。彼女の歩む道にある小石を一つ一つ取り除いてこそ、俺は初めてできる男を名乗れるだろう。
十八世紀ヴィクトリア朝のイギリスでは、俺のような存在は妖精であるべきだと、それが一等美しいとされていたと。彼女の感情の邪魔をせず、彼女が必要とした時に現れ、されど差し出がましい痕跡は決して残さない。
まあそれができたら苦労はしないのだが。
俺は人間だ。それもとびきり愚かな。
頑張ったなら認められたい。褒めてもらいたい。その小さな手で頭を撫でて欲しい。いや嘘。そんなことは望んでない。俺は足るを知る男だから。こっそり、こっそり、頑張って、君を守っていることだけを君が知っていてくれたら充分。俺は喜んで人間をやめよう。慎ましやかな妖精さんとなろう。
彼女はどうも頭が足りない。それは勉強ができるできないの話じゃなくて、誰にでも心を許すその警戒心の無さがいただけないのである。
彼女は花だ。花には虫が付き物だ。悲しいことに。
誰にでも分け隔てないことは美徳だ。賞賛されるべきことだ。絹糸のような御髪は美術品だ。真綿で包んで飾っておくべきだ。その白魚の指はビスクドールのようだ。手の届く場所に置いておくべきだ。
されどそれは時に食い物にされる。正直者は馬鹿を見るとはよく言ったもの。どれほど清く正しく生きようと、いつか憂き目にあうのは目に見えているのだ。そんなのあんまりだ。あってはならない。いつの時代でも正しい者は正しく評価されるべきなのだ。
されど現実は厳しい。いつか、いつかきっと、いや決してそれを望んでいる訳ではないが。笑っていて欲しい、美味しい物を食べて欲しい、綺麗な物だけ見ていて欲しい。それで、それで少しだけ、俺にも目をかけてくれたなら。俺の望みはそんな慎ましやかなものなのである。妖精さんさながらのね。
だから、これは見守っているだけ。愛し愛しと愛でているだけ。それくらい許してくれるだろう。優しい優しいあの彼女なら。
守ってやらねばならないのだ。これは天啓であり、宿命であり、俺の生涯を賭した使命なのだ。
大仰なことばかりを口にしているが、その実俺にできることなんてあまりにも少ない。