みなさんゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか。わたくし人形使いは完全にいつも通りです。
こないだから「アトミックハート」の再プレイを始めたところに、第七藝術劇場にてタルコフスキー監督作品特集が行われるということなので笹食ってる場合じゃねえ!と突っ込んできました。
名作映画数あれど、睡眠導入効果という点では他の追随を許さないともっぱらのうわさのタルコフスキー監督作品、実は「ストーカー」と「惑星ソラリス」くらいしか知りませんでした。あとこの二つも多分ちゃんと見たことがなかったはず。なので今回はなかなかない機会ということで見に行きました。
今回見てきたのは、タルコフスキー監督の自伝的作品とされる「鏡」。監督の過去と現在が交錯する不可思議な光景を、ロシアの寒村の緑の草原や燭台の炎、しとしとと降る雨などといった要素が彩ります。
パンフレットによれば特にストーリーはないそうで、確かに脈絡なく展開される映像美を楽しむタイプの作品だと言えます。そういった意味では本作、「映画」というよりも「画集」に近い作品なのかもと感じました。実際、見ていてストーリー的な面白さではなく場面場面のカットの美しさを楽しむ方がよさそうだなーと感じましたし。
また本作、前述の通りタルコフスキー監督の自伝的作品ではあるものの、その人生を時系列順に振り返るといった順序のある展開ではありません。この感じ、なんだか覚えがあるなーと思ってたらアレです。小さいときにじいちゃんばあちゃんの思い出話を聞いてたときと同じ感覚なんですよね。話はあっちこっちに飛ぶしオチがあるわけでもない、でも、話を聞いて自分の頭の中で光景ややりとりを想像したりして楽しんでいたあの感じ。そう考えると本作は、タルコフスキー監督が我々に向けて語る昔語りのように感じられます。
本作ではタイトルにもある「鏡」が要所要所で象徴的に使われていますが、もうひとつ印象的なアイテムがありました。それは「扉」。
玄関の扉や部屋の扉など、それは明確になんらかの境界線。実際、本作の中では扉の向こうが過去あるいは未来の光景になっているというシーンが時々ありました。扉はもちろん物理的な境界線であり、屋内と屋外、空間を隔てる境目です。本作ではその境界線たる扉の向こうに時間と空間を飛び越えた光景が広がっており、次々とランダムに思い出話が展開される感じがありました。
映画に限らず「作品に触れる」という行為はとりもなおさず作者と対話する行為なんですが、本作はそういった意味でタルコフスキー監督の思い出話を炉端で聞いているような気持ちになりました。