医者と言っても、機材と薬剤が常に不足しているこの地下世界では満足な医療行為はできず、医療に関する知識を持っている者も限られている。
地上からかき集めてきたかろうじて機能する機器類に囲まれた初老の医者の眼鏡の奥の目は疲れている。担架の上で苦しげに息をついているキョウコを一瞥し、数粒の抗生物質のカプセルを渡しただけだった。
それだけですか、と言いかけた言葉がアキラの喉の奥で詰まった。この初老の医者はこれまで、どれだけの人々をこうして見てきたのだろう。決してこの医者のせいではないのだ。そもそも、できることが限られているのだ。ないに等しいのだ。
渡されたカプセルを握りしめて、担架に乗せられたキョウコが医療所から自宅へと運ばれていくのについていく。その道のりがせめて永遠に続くことを祈ることだけしか、アキラにはできなかった。
翌日。
いつも同じように、「神像」の前には列が伸びている。そしてその列の中には、いつもと同じようにアキラも並んでいる。
そしてアキラに、キョウコはいつもと同じように声をかけることは――もうない。
キョウコは死んだ。
今日を迎えることなく死んだ。
アキラはそれが理解できない。認められない。だって、今日も同じ一日じゃないか。
なにも変わらない。列が進み、アキラは「神像」の前に進み出る。
「神像」を見上げる。
石造りの神は、変わらずその双眸から涙を流し続けている。その涙を汲み上げて、ここに住む人々はかろうじて命をつないでいる――本当に?
昨日まではそれを疑っていなかった。では今は? そもそも本当に、この「神像」が流す水は安全なのか?
涙を流し続ける「神像」の双眸と、記憶の中にあるあの老人の死に際のギラついた視線が重なる。
どちらが、真実なのだ?