正月からこっちあまりの寒さにヨレヨレの引きこもりと化していたわたくし、気がつけばあの作品この作品の上映終了期間が迫ってきており、今さらながら焦り始めて滑り込み。エヴァQも今週で終わるしな。
というわけで今日は豪華2本立て!
1本目はこの作品!
「落下の王国」であまりにも強烈なビジュアルインパクトを顔面パンチしてくれたターセム・シン監督の長編第1作。これ、「落下の王国」で興味を持って見てみたいと思ってた矢先に塚口で上映予定となっておりさすがというほかありません。やってくれると思ったらやってくれる映画館、サンサン劇場。
主人公キャサリンは小児精神科医として医療施設キャンベルセンターで働いています。ここでは特殊な機器を用いて患者の精神内界に潜入するという先進的な治療を行っていました。担当患者であるエドワードの治療に苦戦するキャサリン。ときを同じくして各地で連続殺人を起こしていた犯人であるカールがキャンベルセンターに運び込まれます。
警察は昏睡状態のカールの精神内界に潜入して犯行の手がかりを探るようキャサリンに要請。カールによって監禁されている被害者女性が置かれているのはタイマーで水が満たされる監禁室(ざ・セル)。被害者を無事助け出すまでには一刻の猶予もありません。
キャサリンは逡巡の末、協力を承諾。危険を承知でカールの精神内界に潜入します。そこでキャサリンを待っていたのは、想像を絶する悪夢の如きカールの精神だった――。
いやー……すごい映画だった。なにがすごいって「落下の王国」でもこれでもかと見せつけられたビジュアルインパクトですよ。わかりやすく説明すると「未来世紀ブラジル」と「ビデオドローム」と「パプリカ」と「裸のランチ」を足して足しっぱなし。つまり全部盛り。
そも映画というのは「現実では見られない光景」を見せるもの。しかるに本作ではまさに文字通り悪夢のような映像美をこれでもかと見せつけられます。そう、悪夢なんだけど美しいんですよね。本作は設定的にはSFスリラーなんですが、その華美で豪奢なビジュアルはむしろダークファンタジーに近い印象でした。
というかこんなビジュアルって作れるんだ……という感じです。個人的に本作、設定とストーリーから「閉」のイメージがあったんですが、スタートして最初に出るのが広大な砂漠という時点でまず面食らいました。「落下の王国」でも広大な砂漠は登場しましたが、本作ではあまりにも広漠な精神世界を初手で見せつけられた強烈なインパクトがありましたね。
そして本作は現実世界での捜査パートと精神内界のメンタルパートのふたつに大きく分かれてるんですが、現実世界の色調が妙にセピアがかってていかにも80年代くらいのクライム・サスペンス映画みたいな雰囲気なんですよね。でも調べてみたら本作は2001年公開の作品。なので現実パートのこの雰囲気は意図的に作ってるんだよな。
それに対してメンタルパートは、一部で使用されてるCGの古臭さが逆に実写部分の凄みを引き立ててる感じでした。カールの内面世界に構築されたこの異様な世界には独特な生々しさがありましたし、その一翼を担っているのは「落下の王国」でもそうだったように衣装です。
カールの内面世界、基本的にキリスト教的な過剰な神聖さと宗教的罪悪感で構成されてる印象なんですが、それをビジュアルインパクト一発で理解(わか)らせてくるのが本作の凄いところ。本作におけるビジュアルインパクトはもはや一種の言語ですよ。
特に象徴的に用いられているのが水没礼ですよね。最終的に現実パートでは被害者女性が溺死しそうになるのをすんでのところで救出されるのに対して、メンタルパートでは少年時代のカールをかつて彼がそうされたようにキャサリンが水に沈めるというこの対比よ。
話の筋自体はオーソドックスなクライム・サスペンスなんですが、それをここまで異様な作品に仕上げているビジュアルの力、驚嘆するほかありません。あと「巻き上げ機」のシーンが痛すぎる……。
続けて2本めはこちら!
本作を見るのはテアトル梅田に続いて2回目となります。テアトル梅田で見たときは音響は良かったもののハコの大きさに比べてスクリーンが多少小さめだったのが不満だったのでサンサン劇場で見てみたいと思ってたんですが案の定やってくれましたね。信じられる映画館、サンサン劇場。
さて、あらすじなどは前回の感想で書いたので今回はまた違った角度から感想を書いてみましょうか。
前回見終わったあとでいろいろ調べてたんですが、なんと本作でヒロインであるアレクサンドリア役を務めたカティンカ・アンタルーが役に入り込めるように、撮影はすべて時系列に沿って順番に行われ、主人公であるロイを演じるリー・ペイスのことも実際に「足を怪我して動けない」と説明していたそう。さらには撮影スタッフ全員がこの「物語」を共有していたのだとか。そしてふたりのやりとりは基本ライン以外はほぼアドリブとのこと。なので2回目の鑑賞となる本作では、たしかにセリフが被ってるところなど演技っぽくない部分があってなるほどなーといった感じ。
これで思ったのが、このアレクサンドリアというキャラクターの特異性。「七つ前は神の内」なんて言いますが、アレクサンドリアはロイが話を語っている最中に「物語の外から声をかけてくる」という、いわば物語構造における「神の如き能力」を持っていると言えます。そしてその力が、最終的に物語という虚構を通じてロイを救うという……。
この世のドブ川であるSNSを見てると現実とフィクションの区別がつかない○○○(好きな罵倒語を代入してね!)が溢れかえってたりするものですが、「グリッドマンユニバース」で言われていたように、我々人間は虚構を信じることができる唯一の存在です。しかしそんな我々も分別などという煩わしい抹香臭さを身に着けていくに従って、ちょっと気を抜くと現実にとらわれて虚構に夢中になることができなくなっていくもの。そんな我々からすれば、自分の生きる現実とロイの語る物語を、そしてカティンカ・アンタルーとしての現実とアレクサンドリアとしての虚構を同時に等しく見て聞いて味わうことができるこの少女が、まさに大人が失いつつある「プリミティブな物語との向き合い方」を教えてくれるような気がしました。
現実を見失うことを「うつつを抜かす」と言いますが、そもそも現実だけを見ていたらこの世界の半分しか感じ取れないんじゃないでしょうかね。なのでこの世界のもう半分たる虚構の世界をも、いずれ老いて死ぬまで楽しみ切りたいものです。現実はクソ。