冬コミ落選のショックをいまだ引きずり、その息からは瘴気が漏れ出ている人形使いです。
なのでここ最近は虚脱気味だったんですが、まあ冬コミ原稿がなくなった分ほかの原稿書く時間が多くなったと前向きに考えることにしました。
ということで今書いてる紅楼夢表紙を描いてくれたなまねこさんへのお礼SS、全面的に書き直します。
前回の日記で書いた通り、今回は「既存の型にネタを当てはめることで作品の構造的強度を確保する」という点を念頭に置いて書いていました。しかし改めて書いていくと、なまねこさんからもらった「ほぼ一年中夏の様な過酷な環境に変わった日本にエアコンや除湿機を神格化する信仰宗教が生まれて、信者達は生きるのに適した環境と水(排水)を貰いながら細々と生きていくアポカリプス」の部分が背景情報になってしまってることに気が付きました。
これはプロットの問題というよりは要素の配置の問題なんだろうな、ということで「新興宗教が聖水として信者に供してたものが実はエアコンの排水だった」をオチにして、なおかつ「エアコンの排水」をマクガフィンにするのがよかろうという構成で練り直そうと思います。
わたくし人形使いも小説を書いて長いですが、未だにこなれないと言うか手癖で書いててどうも作品としての完成度が上がらない気がします。思うに、「作品の完成度」という抽象的な尺度での納得感を上げるためには、「気づきと実行」が大切な気がしますね。
そも人間というのは落ち込んでいれば落ち込んでいるほど劇的で非現実的なレベルアップを期待してしまうものですが、実際に技量を向上させてくれるのはこの「気付きと実行」による小さなステップアップの積み重ねでしょう。
さいわい、物事を長く続けた経験があるので、そもそもそう都合よく大幅なレベルアップは起こらないしそれを期待するべくもないということはわかっています。なので、作品をひとつ書く事にひとつステップアップしていければOKの気持ちで書いていきましょう。