乾ききった風が、同じく乾ききった大地を撫でていく。
照り輝く太陽が恵みの光でなくなってから、30年近くが経過した。
天からの恵みである雨はもはや過去の記録に記された「異常気象」であり、河は赤茶けて乾いた大地の上にその痕跡をわずかに残すだけ。
かつて「日本」と呼ばれていたこの土地から――国としての機能はすでに失われている――四季が失われてから久しい。一年を通して40℃を下らない異常気象が日常となった、ここは不毛の地である。
大地は水分を失って細かい粒子となって風に吹き散らされ、ところどころに残る都市の跡ももはや文明の屍でしかない。遠くから近くから、今日も人の営みの終焉を告げるようにビルが崩れる音が響く。
それらすべてを、太陽が無慈悲に照らし続けている。
ビルが折り重なるようにして影を作る場所が、必然的に生き残った人々の集まる生活の場となっていた。
太陽の光と熱から逃れられる場所。そこはこの時代に生きることを強いられた人々にとっては唯一の生活の場であり、聖域だった。
そして聖域には、神が存在する――それが本物かそうでないかはともかくとして。
かぁん、かぁん、かぁんと響く鐘の音に、かろうじて形を保っている建物の影から、穴だらけのビニールシートで区切っただけの生活スペースから、たくさんの人々がのろのろと這い出してくる。その手にはいずれも、縁が欠けたコップやサビまみれのバケツなど、容器を手にしている。
人々が集まったのは、崩れかけなのを何度も修理していびつな形になったビルの壁面だ。補修材が折り重なったその壁面は、異貌の神の顔(かんばせ)となって人々を見下ろしている。
今やその異貌の神の見下ろす先には、乾いた地面を埋め尽くすほどの群衆が集まっていた。
壁面には無数の筐体が取り付けられていた。各々の筐体からは血管、あるいは神経のように下に向かってホースが伸びており、醜悪な内臓のように見える。
しかし、この壁面に設置されたこの筐体が、ここでかろうじて生存している人々の文字通りの命綱なのだ。
「クーラント! クーラント! クーラント!」
壁面に集まった群衆はそれぞれが手にした容器を激しく打ちながらしながら唱和する。
壁面の中ほどに設えられた足場に、垂れ下がったホースをゆっくりとかき分けてひとりの人物が現れた。
一様に薄汚れて疲弊が目に見える群衆に対し、その人物はその場からはっきりと浮いて見えるほど場違いな姿をしていた。
頭から純白のローブをかぶっている。その顔もまたマスクのように純白の布で隠され、男なのか女なのか、若者か老人かもわからない。
そしてその顔の代わりに、顔を隠す布には水滴を表象化した紋章が描かれている。
ローブの人物が片手を上げて群衆に応えると、崩れかけたビルから朽ちたコンクリートの破片がぱらぱらと落ちるほどの歓声が響き渡った。その片手の手のひらにも、同じく水滴の紋章がある。
次いでローブの人物は片手を高く上げた。それに合わせて、壁一面に設置された無数の筐体がかすかに振動を始めた。その下部から吹き出るのは、ここに集った群衆が希求し、そしてその命を繋いでいるもの――冷風だ。
壁面に設置された無数の筐体。その正体は――エアコンだ。
崩落したビル、人がいなくなった家屋、そうした廃墟から集められた冷房機器。それがこの壁面に設えられた異貌の神の正体だった。
常に肌を焼く日光と昼夜問わず続く異常な猛暑にさらされ、さらに文明的な機器も壊滅しつつあるこの日本で生きる人々にとって、冷えた空気を提供してくれるこの装置はもはや神と同義だった。
そしてこの装置を管理している純白のローブの人物のもとに、人々は集まってくる。そのコミュニティが、生き残った冷房機器とその管理者を頂点とする宗教団体となるのに、そう時間はかからなかった。