この世界には多種多様な島がある。
例えば島の住民全てがオカマ……いやニューカマーで構成されたカマバッカ王国や、島の住民全てが女だけで構成された女ヶ島など、挙げれば枚挙の暇がない。
無論普通の人間だけで構成されている島もあるし、ミンク族が暮らすゾウや魚人族が暮らす魚人島などもある。島の数だけ島には個性があり、その島に訪れる度にその個性を楽しむのもまた、島に上陸する楽しみの一つだ。
そして本日我らハートの海賊団が訪れた島は、どちらかと言えば『個性的』と分類される島の一つだった。
――曰く。
「えーっと……『ここは全ての住民がBLになる島です。全ての男は須らくBLになるべし。全ての男は己が仲間を、相棒を、親友を愛すべし』……って、なんだこりゃ」
「何が何だかさっぱり分からねえし、そもそもBLってのはよく分からねえし……第一、こんな看板に言われなくっても俺はお前を愛してるから全く関係ねえしな」
「馬ッ鹿、こんな所で言わなくてもいいだろ⁉」
「事実だろうが。なあシャチ?」
「だから……っ、こんな所で言うんじゃねえって……!!」
……って、言ってる傍からイチャつくなてめえら。あとペンギン、ナチュラルにシャチの腰を抱くんじゃねえ。
「ま、折角上陸したんだし、それに俺たちは今日は非番だろ? だから今日は久しぶりに広いベッドで……な?」
「だっ……から、耳元で、囁くんじゃねえ……っ!!」
シャチもシャチで顔真っ赤にして、完全にメスの顔してんじゃん。そんなシャチを見てペンギンは蕩けるような――否、だらしのねえ顔でシャチの頬にキスしてるし、見てるだけで胸焼けしそうだ。ああもう、何でもいいからさっさと街に消えてくれねえかな。
「お前は今日はどうするんだ? クリオネ」
「んー、オレも今日は非番。だから今日は適当に酒場にでも――」
ぽん、とウニの手がオレの肩に回される。ひゅっと身を縮こませ、オレは恐る恐るウニの方へと視線を向けた。
ウニのボリュームのある癖っ毛に太陽の光が阻まれ、ウニの顔は良く見えない。
だが、するりと肩を抱く手が撫でるように肩を滑った――その瞬間、オレはウニの手を全力で振り解いていた。
「今はっ、オレにっ、触るんじゃねええええええ!!」
渾身の限り俺が叫んだのと同時に、ふと青いドームが展開される。
キャプテンのROOMだ、と理解した直後、当のキャプテンが艦の甲板に現れた。
――服のボタンが全て弾け飛んだ、それは無残な恰好で。
まるで強敵と対峙してきたかのようにキャプテンは鬼哭に凭れ、ゼイゼイと肩で息をしながらキャプテンは力なく首を振る。
「どうしましたかキャプテン!!」
とクルーのひとりが駆け寄ろうとしたのを、キャプテンは手で制止した。
「……済まねえ。今は俺に近寄るんじゃねえ。……暫く、俺は部屋に籠る。誰も近寄るんじゃねえぞ、いいな?」
そう言い残し、キャプテンはふらふらとした足取りで艦の中へと消えていった。
キャプテンのその様子を、艦に残ったクルーたちは一様に顔を青ざめさせて見守っていた。
街へと繰り出したのはいいが、小一時間歩いた時点でオレはもう島から離れたくなっていた。
「ねえキミ、フリーなの? もしよければボクと――」
「いらねえ」
一蹴し、それから今ナンパしてきた男をに中指を立てて「とっとと失せろ」と凄む。これでも一端の海賊なのだ。殺気ぐらいいつでも出し入れできる。ちょとでも殺気を込めて凄めば、普通の一般人らしい相手の男はヒッと怯んで後じさった。やれやれと肩を竦めてオレは街を歩く。やたらと男が多い点を除けば、この島は他の島とさして変わりがない、程よく栄えた街だ。名物料理のある酒場で名物料理を堪能したら、後はログが溜まるまで艦で過ごそう――そんな事を思っていると。
「や、やめて! 近づかないで!!」
悲鳴のような叫び声が聞こえて、オレはちらりと声のした方へと目を向ける。薄暗い路地裏で、まだ十代前半くらいの細っこいガキがいかにもガラの悪い連中数人に囲まれていた。
……いや、流石にこれはベタすぎじゃねえか?
思わずそんな事を思ってしまう。けれど事態は深刻なようで、一人がガキの腕を押さえて壁際に押しやり、一人がナイフをちらつかせてガキの服を切り裂こうとしていた。ガキはもう怯え切ったまま、ふるふると力なく首を振っている。そのガキと一瞬目が合ってしまい、俺は必死に目を逸らした。関係ねえ、巻き込まれてたまるか――そう思っていた俺の耳に「助けて……」と小さく掠れた声が届く。
ジャリ、と足元の砂利が鳴る。チッと舌打ちし、オレは踵を返して懐からピンポン玉のような玉を取り出した。
その玉を勢いよく、奴らの足元に投げつける。地面に叩きつけられた玉はボン、と炸裂し、白い煙を大量に吐き出した。
「ゲホッ、な、何だコレは⁉」
「くそ、何も見えねえ!!」
ガラの悪い野郎どもが狼狽えているのを尻目に、オレはガキの腕を掴んで路地を抜け出す。街を駆け出し、とりあえず人目のありそうな所へとガキを置いていった。ありがとうう、と礼を言うガキに「いいから自衛できるようになりやがれ!」と吐き捨てて去っていく。そのガキの頬が赤らんでいたような気がしたが、深く考えてはいけない気がしたのでオレはさっさとガキの事を忘れる事にした。暫く歩いていくと、いい感じの酒場らしき看板が見える。ちょうど腹が減ってきたので、オレは誘われるようにその店へと入った。
「いらっしゃい。カウンターが開いてるよ」
「ああ。ついでにエールも頼む」
恰幅のいい酒場のおやじに誘われるままにカウンターに座り、ついでにエールを頼む。程なくして運ばれてきたエールを一気に飲み干すと、程よい苦みとチリチリとした炭酸が喉を擽った。旨い、と叫んでもう一杯エールを頼み、ついでにいくつか料理を頼む。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、ゆっくりと杯を傾けていると、隣の席に誰か座ったのが見えた。
「……席なら他当たれよ」
「そう言うなって。ほら、一杯奢ってやるから」
「いらねえ。オレは今日は独りで飲みてえ気分なんだ」
だからあっちいけ、とばかりにしっしっと手を振る。だが男は怯まず、まあまあ、と肩を竦めるだけだった。
「そう言うなって。俺はさっきの礼がしたいだけなんだからさ」
「さっきのって?」
「ほら、あのガキを助けてくれたろ? その礼だよ」
「いらねえよ。あれはオレの気まぐれでしかねえんだし。そんな事よりオレはさっさと――」
ぐらり、と頭が傾く。急に重くなった体を支え、俺はカウンターに突っ伏した。
何かがおかしい。酒には弱い方だが、エールでここまで酔っぱらった事なんてない筈だ。
ぐらぐらと揺れる体を支え、オレは男を見上げる。男だけじゃない、酒場のおやじもまたオレを見下ろして下卑た笑みを浮かべていた。
「……グルだったのかよ、テメエら」
「そういう事だ。それにさっきも言ったろ?俺はさっきの礼がしたいだけだ。折角の獲物を取り逃がしたんだ。代償はテメエの体で払ってもらうぜ?」
「……ちくしょう」
どろりと意識が落ちていく。辛うじて残った意識のかけらで、奥歯に仕込んでいたカプセルを必死に噛み締めた。
……うっすらと意識が覚醒していく。目覚めたと分からないように辺りを見回すと、どうやらここはもう酒場ではないようだった。一つに纏められた両手が頭上に吊るされていて、オレの体はベッドらしき場所に投げ出されていた。
……いやだからベタすぎだろコレ。
思わずそんな事を心の中で呟きながら、オレはどうにか縄を抜け出せないかと腕を動かす。そこで連中がオレが目覚めたと気付いたようで、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「お目覚めかあ、かわい子ちゃんよ? っはは、ガキに逃げられたのは残念だったが、テメエも充分可愛い顔してんじゃねえか」
「だよなあ、さっさとヤっちまおうぜ。さっきのガキの分も含めてたっぷり相手して――」
「近づくんじゃねえ!!」
近付いてきた男の顔を蹴り飛ばし、オレはあらん限りに叫んだ。
「さっきっから何なんだよベタな展開ばっかり繰り出しやがって!!オレをこんな所に連れ込んで、このまま犯す気だろ⁉ エロ同人みたいに!! エロ同人みたいに!!」
「エロ同人? なんだそりゃ」
男の一人が首を傾げる。だがオレはそれでも構わず叫び続けた。
「だから近づくんじゃねえって言ってンだろ!! オレに指一本でも触れてみろ⁉ 最低な目に遭わされるぞオレが!! だから絶対オレに近づくな!! オレは!! 絶対に!! そういう展開は!! お断りだって言ってンだよ!!」
ゼイゼイと肩で息をしながら叫ぶと、男たちはきょとんと首を傾げ――そしてゲラゲラと笑った。
「なんだかよく分からねえが、すっかり混乱しきってんなあ」
「はは、怯える顔も可愛いじゃねえか」
「こういう威勢のいい奴を怯えさせて泣かせるのが最高にイイんだよなぁ」
「全くだ。それより俺、もう我慢できねえ。だからさっさとヤっちまおうぜ?」
複数の男の腕が近付いて、やがてがしりと腕を掴まれる。ツナギのボタンが外され、ファスナーを降ろされた。ヤバイ、と警鐘が鳴り、かちかちと歯が鳴る。このままではマジでコイツらに犯されてしまう。このままじゃ――
――ドゴォォォォン!!
爆発音と共に、男たちの背後の壁が大きく吹き飛んだ。もうもうと立ち込める砂ぼこりの向こうに、細身のシルエットが見える。
「クリオネー!! 貞操は無事かー!!」
聞こえてきた高い声に、オレは心の底から安堵していた。
「い、イッカクぅぅぅぅぅうううう!!」
「良かったまだ貞操は無事ね!! さっき酒場から連れ出されるアンタを見かけて良かった」
「ホントだよイッカクぅぅぅ!! お前こそ真の救世主だ!!」
砂ぼこりの向こうから現れたイッカクの姿に、オレは心の底から安堵していた。何故ならイッカクはオレたちの中で唯一の女。つまりイッカクだけはこの島のルールに縛られないからだ。
「何だこのアマぁ!! テメエには用は無ェんだよさっさとグヘッ⁉」
「うっさい!! 大体なあ、どうせ襲うならもっと綺麗な男子を襲いな!! クリオネじゃあ興奮しねえんだよコイツどっかガキ臭いし!! 綺麗な男子が薄汚いゴロツキに襲われてる構図が一番興奮するんだよ分かるだろお前ら!!」
「いや分からねえよ⁉」
イッカクの早口に、オレはつい突っ込まざるを得なかった。というかお前も何だかんだBLに巻き込まれてるのかという失望の方が大きいだろうか。ゴロツキどもをシメながら、イッカクはなおも謎の理論をゴロツキたちにまくし立てている。イッカクのあまりの剣幕に、さしものゴロツキたちも一歩引いていた。そりゃそうだ、とオレはゴロツキたちに少し同情する。さっきからイッカクが叫んでいる言葉が、オレにはさっぱり理解できない。それはきっと、ゴロツキたちも同様だろう。
イッカクに色んな意味でボコボコにされたゴロツキたちに同情しながら、オレは袖に仕込んでいたナイフで縄を切った。長時間吊るされて痺れた腕をぶんぶんと振り、オレはベッドから立ち上がる。
「助かったよイッカク……オレ、流石に今回は駄目かと思った」
「気にするなって。大体アンタが襲われるとか解釈違いもいいトコだし。それよりさっさと――」
「……ま、待ちやがれこのアマぁ!!」
ゴロツキの一人が立ち上がり、イッカクの方へと何かを投げる。不意打ちを食らったからか、イッカクはその何かをもろに食らってしまった。パン、とガラスが砕ける音と共に、イッカクの体が何かの液体に塗れる。
「イッカク!!」
蹲ったイッカクに駆け寄り方を擦ると、ハハ、とゴロツキが笑ったのが見えた。
「俺たちの楽しみを奪った罰だ。傍観者気取りのテメエもこれで終いだ!!」
「このっ――ふざけんな!!」
カッと頭に血が上った衝動のままに、俺はゴロツキの顎を蹴り上げる。ぐへっ、とゴロツキは呻き声を上げてひっくり返った。ゴロツキを放ってイッカクの元へと駆け寄ると、イッカクがううん、と小さく呻く。
何故だろう、その声が、いつも聴き慣れたイッカクの声よりうんと低く――
「……くっそー、不意打ち食らったわ……って、なんか、声が変ね……」
ゆっくりと上がったイッカクの顔は、いつも見慣れたものではなく――顎がしっかりとした、紛れもない、男の顔だった。
「――ッギャアアアアアアアア!!」
「ッウワアアアアアアアアアア!!」
オレが叫んだのと同時に、イッカクもまた大声で叫ぶ。よく見たらいつもの倍ぐらい体格も違うし、明らかにオレより筋肉量も上背も高い。
ともあれこれで良く分かった。最後の砦、なるものは最早存在しない。
ここは紛れもなく、どんな事があろうと絶対にBLになる――そういう、島なのだ。
「イッカクゥゥゥゥここは危険だ!! さっさと逃げるぞォォォォォ!!」
「ちょっとクリオネ!! ってか何でアタシまで男にするんだよふざけんな!! とりあえずお前らもう一発殴る!!」
「ンな事やってる場合か!! お前もこのままだと巻き込まれちまうからさっさと安全な所に逃げろっつってんだろうが!!」
すっかり逞しくなったイッカクの腕を掴み、オレは何とかあの場所から逃げ延びる。
けれど何処に行っても男の影がちらつき、最早この島の何処にも逃げ場所がないのだとオレは悟った。
そして――
「……で、やっとの思いでここに辿り着いたんだね。お疲れ、クリオネ」
「俺が傍にいてやれれば守ってやれたかもしれないのだがな。済まない、クリオネ」
「いいって事よ……でも、今日はもう疲れたし、できればログが溜まるまでもうこの島に降りたくねえ……」
「イッカクは?」
「部屋に籠った。あの薬が抜けるまでは出られねえし、キャプテンに診せようにも今のキャプテンも危ねえだろうしさ。一応電伝虫でイッカクの症状は伝えといた」
はあああ、とオレはがっくりと肩を落とす。何処に逃げても落ち着かなくて、最終的に辿り着いたのがベポの測量室だった。一緒に船番をしていたジャンバール共々至って普段通りの二人に、オレはやっと心の底から安堵する。イッカクすら男にされた時は本気で血の気が引いたものだ。でもこの二人が無事で本当に良かった。これなら何とか無事に、ログが溜まるまで艦の中で過ごせそう――そう思っていた矢先に、ベポの大きなため息が聞こえた。
「……それにしてもこの島、オスのクマもオスのミンクもいないんだモンなあ」
その声に、オレはがばりと顔を上げる。
海図を見つめながら、ベポはさもつまんないとばかりにため息を繰り返し、トントンと羽ペンで海図を叩いた。
嘘だろベポ、と愕然としたオレの耳に、また大きなため息が頭上から降ってくる。
「全くだな、ベポ。俺も同じ気持ちだ」
「だよねえ。ほんと残念」
「……ほんとになあ」
はあ、とジャンバールは再度ため息を吐く。まさかと青ざめるオレを他所に、ジャンバールは心の底から残念だ、とでも言うように呟いた。
「この島には、俺を包み込んでくれる逞しい男がいなかった。それが俺には、本当に、本当に残念でならない」
ため息交じりに呟かれた、ジャンバールのその言葉に。
オレはガラガラと何かが崩れ落ちるような音を聞きながら、それはもうがっくりと膝から崩れ落ちたのだった。