「誰なんだよ、おまえ。」
鏡に映る人間は、少し美化がされるらしい。写真を撮った時の顔と、鏡で見た時との顔の差異は、人間に様々な感情と違和感を生んできた。ある人は顔を恨み、ある人は顔を愛する。そのように、人と人とのギクシャクを生んできたのも結局はこの顔。表面上的、目に見えて分かるような全ての落ちどころというのは、だいたいが顔にありつくのだ。
内面を見て、人のことを好きになるかを決めるなんて、そんな選択肢が意味ありげに置かれているのは、そもそも外面が大事だからだ。外面だけを見て、好きになるかどうかを決める。なんて言葉をわざわざ選り好んで言わないのは、もうそういうことだ。
「スキルというのはね、世界中の誰かの理想のように組み合わさってできているんだ。」
「理想?」
ニュートンはそのころ、光のない暗い森の中で一人、この声を聞いていた。仲間の声ではないと確信を付けていたニュートンは、声の方に背中を向けないように、体の向きをその都度変えていた。
「シンプルなモノで言えば、超高速移動だな。少年たちが夢見る最高のスキル。これがあればまさにスーパーヒーローだ。他には・・・・・・。」
ニュートンは、話の内容などは特に気にする暇もないように、また声のする方を急いで見た。するとその時、鉄の臭いに似た血生臭い激臭が、ニュートンの鼻を刺激した。
「う、、なんだこの臭い。まさか、死体でもすぐ近くに。」
「俺だよ。」
声の方向を確かに追っていたはずのニュートンだったが、その声のする方は真逆になっていた。鏡が反転をしたように、いや、鏡の向こう側の誰かから監視をされているような恐怖感に、思わず飛び込むようにしてニュートンは前に転がった。
鏡を何度も覗き込むように、黒い服の所々に広がっていた赤に注視する。さっきまでの血生臭い激臭がさらに悪化しているのも含んで、ニュートンは悟った。
「お前、何人殺した?」
「殺した?いや、喰ったんだよ。」
心臓というよりも、肺や食道のあたりを撫でまわされるような感覚。漠然だった死を焚きつけるそいつの並べる言葉たちに、ニュートンの視界は制限され、腹の中ほどあたりまでしか、見ることがどうしても憚られた。
自分の正体を明かしていくほどに崩れ落ちていく目線を、その男はさらに面白がり、捲し立てるように話した。
「俺は人間を喰う。プレイヤーといった方がいいか。まあどうでもいいけどっさあ、戦う意思ありますか?大丈夫っすかあ!!!抵抗しないならさっさとくたばって喰わせてくれよ。俺だって人の心はあるんだから、意識のあるうちは喰えないんだよ。」
この男が一瞬語った人の心を、ニュートンは聞き逃さなかった。視覚という最大の情報源を自主的に縛るのと引き換えに、嗅覚と聴覚だけはいつもの何倍にも敏感になっており、いつもの倍の激臭によって鼻が侵されたとしても、今という状況においては、最大の情報源である聴覚には侵害を及ぼさなかった。
「人間の、、心?」
「おお、やっと話せるようになったのかな?」
足、膝、腹、首、ニュートンはその姿を焼き付けるようにしながら、ゆっくりと目線を上げていった。目線を上げるたびに高まる男の不敵な笑い声に、ニュートンの聴覚の全てが囚われ、最大の情報源は、視覚に転じた。
ニュートンは、目を見開いて、その男の顔を見た。
「鏡・・・・・・?」
「だから言ってんだろ、さっきから。」
「なんなんだよお前。」
鏡ではないというのが、今この状況において唯一得ることの出来た情報だ。でも、目の前にあるのは絶対的に鏡だった。反転した自分が、自分を見て笑う。そして、当たり前のように話す。鏡の向こう側があっちだと言うなら、そもそもこっちは何側だとして存在しているのだろうか。
答えは、分からない。ニュートンはまたも肺や食道のあたりを撫でまわされる感覚に襲われながら、謎の男の目を見て、この答えを待った。黙り込んだ空気の間を楽しむように、それを嗜んでから男が口を開いた。
「スキルとは数ある人の理想で成り立っている。少年の望んだ超高速移動、心を読めるようになりたいと少女が望んだ、レモーション。そして、俺のスキル。」
心魂霊体<しんこんれいたい>
「このスキルは誰が望んだのかは分からない。だが、俺が手にしたのは心魂霊体で間違いはなかった。最初は使い道が分かんなかったが、ある日を境にして俺はこのスキルの強さを知った。顔、姿そのものを自由に変えられることが出来るのがこのスキルで、プレイヤーを殺して回った時には凄く役に立った。」
「これで理解したか?」
「分かんない。さっぱりわかんない。」
ニュートンは当然、この男の言うことを理解していた。しかし、分からないというのは決して適当についた嘘なんかではなかった。
「俺が分かんないのは、お前がなんで人のことを喰うかってところだよ。分かんないっていうか、一番許せないところだ。」
「よく吠えるようになったね、急に。」
驚いたかのように大げさに腕を広げて、その男は天を仰いだ。暗闇を囲うのもまた薄暗闇で、雲に光は遮られ、気味の悪い空の色だけを残していた。それでも男は薄暗闇に似合わない、からっきし元気な声を上げ続けながら、壊れかけの人形のように踊った。
ニュートンに、このような持て余した楽しさは全くないのに、目の前で踊り続けるのもまたニュートンだった。狂った自分を見る自分、それとも狂っていない自分を見た自分か。
さっきとは打って変わって考えもせず、ニュートンはむしろ落ち着いた心で、バリタを構えた。
「早く答えろ。なんで人を喰う?」
「快楽かな。」
「デトナディア!!<連続爆発魔法>」
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初公開日: 2025年03月31日
最終更新日: 2025年03月31日
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