絶体絶命、剣が峰、万事休す。
絶対に助かることが無いと分かるこの状況に、勝利のイメージがトニーにはどうしたって見えなかった。瀕死のトニーはもちろん、後ずさりを必死に続けるミリアもそれはともに同じである。むしろ、この誰がどう見ても最悪の戦況の中でも、まだ生きれるかもーなんて呑気に考える奴は頭がかなりいかれているのだ。
つまりは、トニーが先ほど口に出した「余裕」という言葉は、もっぱら嘘だということになる。死の扉の前に立たされた状況でなお、呑気なふりをしていたいというのが、どうやら人間と言う生物らしかった。事実、トニーの口はやけに落ち着いた嘘を淡々と話すばかりだったのである。
「くだらない見栄っ張りに時間を割かせるな。もうあと、80秒になってしまっただろう?これ以上はその口を閉じてくれないか。その方がお前は懸命だと俺は思うぞ。それじゃあ、ゆっくりと眠るように死んでもらおう。」
言葉の後、ミリアの首元にナイフの先端がかかっていく。ミリアはもう後ずさりすらやめてしまい、泥だらけの手で自分の首の左側に迫る、銀色したナイフを食い止めようとしていた。刃に反射する肌が、やがて泥のこげた茶色に変わっていき、その次の時には皮を破いて内へじわじわと侵入していった。
血の生臭さが鼻を通り抜けても、ぴくりともミリアは反応を見せないで、ただ痛みにもだえ苦しんでいた。血がお腹を滴り落ちるほどにゆっくりと刃が入ってくる感覚。キャラスフェインガーにとっては、この感覚を与える行為こそ快楽であり、圧倒的愉悦なのだった。
「くっそ。。動け、動け、俺の足。」
もだえ苦しんでいたのはこの男もそうだった。仲間が目の前で、殺されそうになっているというのに、いざ、ここでという今この時に、トニーの足は鉛のように重くなって、まともに機能しなかった。無力感に絶望感に、この世のありとあらゆるマイナスの感情を、彼は最大限に受け止めていたのだ。
受け止めるというよりも刻まれると言った方が近いのだろうか、次々に襲ってくるのは、戦場の敵ではなく、限りないマイナスの壁で、トニーはサンドバックかのように見えない痛みをヒシヒシと感じていた。
「あ、あ。」
ミリアの声がどんどん小さくなる。
「あの。あなた。」
「え。」
突然の背後からの声に、トニーが振り返った。すると、そこにはマサムネの仲間がまた一人、薬草を持って身震いをしながら立っていた。トニーは手に持っている植物がなんなのかを素早く理解し、口を開いた。
「それ、薬草?」
「はい。そうです。」震えるぼさぼさの黒髪のせいで目はほとんど見えなかった。しかし、トニーは、自分に敵意はないとすぐわかった。なぜならば、一番にトニーの目を惹きつけたのは、差し出された薬草にあったからだ。
「いいの?薬草。だってあなたも結構傷が、」
「マサムネさんのためです。マサムネさんを助けてくれたあなたなら、きっと、あの人が生きることに必要な人なはずです。信じています。」
「それって、」
この時起こった事象に、トニーには既視感があった。もっとも見たくないデジャヴがトニーの目の前を過ぎたのと同時に、体はみるみると回復し、痛かったところも折れたところもあっという間に完治した。ただ、全身の火傷の痕が消えずに残ったのと、トニーにはある悔いが心に残った。
「マサムネを助け、た?俺が?なわけない、俺はだってさっきあいつを殴り飛ばそうと思った。なのになんで、あいつは、俺がマサムネの命を救ったって思ってたんだ?」
悔いはあくまでも瞬間的戸惑いでしかなかった。あの黒髪はマサムネの仲間でレイスと言うが、このレイスはトニーがマサムネの命を救った張本人のように勘違いをしていたのだった。そして、トニーはこれに気付く。瞬間的戸惑いは、一瞬でとんでもない罪悪感として心の中で破裂した。
「あいつは俺に感謝して死んだのか・・・・・・。あなたならなんて、俺に似合う言葉なわけないのに。俺は、俺は、あいつを殺したのか?最低だ、」
「いや。そうじゃない。そうじゃない!!正気に戻れ、いつも言っているだろ。その死を無駄にしないために行動できるのは、生きている俺たちだ。あいつの薬草のおかげで、なんとか動ける。」
「今なら、勝てる!!」
レンドラピス<加速魔法>
「ミリアを放せっ!!」
「は!?まさか、そんなバカな!!」
「キャノンデビエンド!!!!<突風魔法>」
ぶぶぶふぁッ!!!
「ぐあっ!!」
加速しながら、右の手でバリタ(=鳥の羽、杖と同じ役割。)を構えると、キャノンデビエンドを発動させる。体が一瞬宙に浮くほどの突風が、キャラスフェインガーの胸のあたりに直撃し、服がバタバタと激しく揺らぐのを目で確認したころには、体が吹き飛んでいた。
「ミリア!大丈夫か?」
「うん、、ありがとう。」
幸い、ミリアの血はそこまで大量に流れているわけではなかった。それでも、恐怖にすっかりと怖気づいてしまったミリアの声は、幼子のように小さくか細くなってしまっていた。
「とりあえず俺があいつをぶっ倒すよ。だから、安心して寝ててくれ。傷もあとで治療する。」
「わかった・・・・・・。」
「イライラしてきたなあ。まったく、どうしてお前がまだ動けるんだよ。」
「お前に考える資格なんてねえよ。」
マサムネがあの時、なぜ放心状態になっていたのか。トニー自身もここでやっと、大切な間違いに気づいたのだ。
仲間が自分一人のために命を捨てた。この、どうしようもない無力感を、地の奥底にだらしなく転がり続けるような情けなさを、トニーは何度も味わってきていたはずだったのに、乗り越えてきたはずなのに、マサムネを想うことができなかった。想う気持ちが足りなかった。
「ほんとに、ごめん。」
「俺がこいつを仕留める。」
「マサムネの自動硬直解除まで、、残り70秒。こいつを、なんとしてでも殺す。」
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