好きだと言ったのはおひいさんの方からだった。オレはおひいさんのことが好きとか、そんな風に思ったことはなくて、言われてから始まった恋だった。
愛を囁かれて、好きだと言われて、オレもこのひとのことが好きなんだって気づいたころにはもう遅くて、おひいさんという人から逃げられなくなった。
もともと彼とは彼に望まれる限りは隣で歌うと誓っていたくらいだ。最初のSSがオレにとって、おひいさんにとって、世界が変わった時だったと思う。
恋をしたら世界は変わるだなんて、今まで知らなかった。
だから、おひいさんが記憶をなくしたって聞いてオレのなかでは一大事だった。オレが好きになったひとは、オレのことを覚えていなかったのだから。
「傍にいても、相手にされないんじゃ仕方ないですよね」
「……そういう恋は、寂しいね」
寂しいと笑うのは、おひいさんに似ていた。おひいさんも寂しいとか、悲しいとか、そういう感情を口に出すときはどうしてか笑って言うのだ。
「ひとまず今のシーン、もう一回やってみようか。僕はこのままやるけど演じ方、変える?」
「変えないで大丈夫です。ここではこのまま……やりたくなりました」
感情任せの叫びは、きっと今しかできない。この先も雨宮は変わっていく。だったら、今はこのままでやってみたくなった。
寂しい恋を思い浮かべた時、一番におひいさんが浮かんだ。もし、おひいさんがこのままオレを思い出さなかったら。そう不安になってもいいはずなのに、オレはそんなこと、考えてもなかった。あのひとは上手すぎるんだ。オレが不安にならないようにすることが、望まれた姿になることが。得意な事なんて、オレは知っていたハズだったのに。
急におひいさんに会いたくなった。でも今のオレは仕事中で、おひいさんもきっと撮影の仕事だろう。今日の朝、別れる時にお互いの予定は確認している。場所はわかるのかって心配もしたけれど、地図を見れば記憶がなくても困らないと一蹴されてしまったし、スタッフもおひいさんのことをよく知らないハズだから大丈夫だろうと茨も言っていた。
「早く終わらせちゃおっか」
オレが考えていたことを見透かしていたように北海さんが笑う。どこまでも優しいそのひとに頭を下げて、世界に戻っていく。良いものを作りたい気持ちはみんな同じで、例えオレがへまをしたとしても誰ひとり怒ることは無い。もう一回やろうとみんなが意気込んで、同じ気持ちで作品を作り上げているのだ。
撮影が終わってすぐにスマホを開く。通知はいくつかきていたけれど、おひいさんからの連絡はなかった。トークアプリを起動させて上の方にあるであろうおひいさんの名前を探す。昨日のことだというのに、おひいさんとのトーク画面がスクロールしなければ見えてこなかった。
何て打とうか悩んでは打ちかけた文字を消していく。大丈夫ですか?ってなんだかおかしいし、迷惑かけてませんか?も今のおひいさんとの関係ではおかしな気もする。おひいさんにとってオレはいない存在だったのだから。