時は少し遡る。
ある日のシブヤの朝。ホームルームを前に、後ろの席に座っていた杏がこそりと寧々に耳打ちした。
「ねえ寧々ちゃん、今日の3限の課題ってやった?」
「古文のやつ? まあ、それなりには……」
「お願い! 悪いんだけど、ちょっとだけでいいから写させてくれない?」
え、と思わず寧々は声を上げてしまった。確かに杏は古文が苦手だと聞いていたが……念のためにどこまでやったのか聞いてみると、なんと課題として出された範囲、全ページ真っさらなのだという。
「ほ、ホントだ、全部真っ白……」
「だって全然わかんなくて……! 魔法少女としての活動もあったから全然できてなくて、3限までに何とかすればいいから、提出までちょっとだけ借りてもーー」
「杏ちゃん?」
ピシャリと、杏にとってはその声が稲妻のように全身を駆け巡った。ぐぎぎ、とロボットのように首を横にすれば、そこには笑顔のーー杏にとってはお怒りモードのーーこはねがふたりを見ていた。彼女の前に座るえむは、きょとんとした様子で杏と寧々のことを見つめている。
はい、と杏から小さく声が漏れる。その様子を見て、寧々は少し苦笑いをした。
「杏ちゃん」
「ご、ごめんなさいこはね! お願いだからそんな顔で見ないで〜っ!!」
こはねの表情に、杏はとうとう根負けして白旗を上げた。どうしたの? と首を傾げるえむに、大丈夫だからと寧々は返す。
「全くもう、分からない所があるなら聞いてくれればいいのに……それに授業中寝てなければ、ちゃんと分かる問題ばかりだったよ?」
「だ、だってぇ……! 寝ちゃうのは、その……」
「魔法少女の活動は、私たち4人でしてるでしょ? 確かにハードな活動だけど、それは言い訳になりませんっ」
「うぅ……」
正論がぐさぐさと刺さりまくり、満身創痍の杏が机に突っ伏してしまう。よしよしと頭を撫でるえむを見つつ、大変だな……などと思いながら、寧々は窓から青空をちらりと見上げた。
魔法少女。空想上にある、様々な魔法を使って敵と戦う少女のこと。
現実には魔法などありえない話なのだがーーどうやら、そうでもないらしい。
鳳えむ、草薙寧々。小豆沢こはね、白石杏。
今、クラスでわいわいと喋る仲良し4人組。彼女達はーー魔法を使ってこのセカイを守る、魔法少女なのである。
なお、このことは当人以外誰も知らない。知っているとすれば、彼女達を魔法少女にした、人間に擬態する『妖精』くらいだろうか。
彼女たちは他の人間に正体を明かすことなく、このセカイを脅かす魔と戦っているのだ。
休み時間に課題を一緒にやることを約束して、こはねのお説教は終わりを迎えた。ぐで……と疲れた表情を見せる杏を横目に、そういえば! とえむが声を上げた。
「晶介お兄ちゃ……じゃなかった、先生に聞いたんだけど、今日からきょーいくじっしゅうせい? って人が2人も来るんだって!」
「教育実習生?」
えむの発言に、3人は揃って目を丸くした。彼女の話によれば、この宮益坂女学園の近くにある大学から、若い男子大学生が教育実習という形でしばらく学園にやってくるのだという。クラスを見回せば、その話は既に話題になっていたようだった。どんな人だろう? とわくわく浮き足立った雰囲気が伝わってくる。
今は4月を少し過ぎた時期。友人やクラスの雰囲気にも慣れ始めてきた所だ。珍しいね、なんて4人で話していると、ガラリと教室のドアが開かれた。
青年……このクラスの担任が入ってくる。学級委員長のこはねの挨拶から始まり、ホームルームが始まった。
「今日はまず……しばらくの間、このクラスでお前らと一緒に学ぶ教育実習生を紹介する。入れ」
その声を合図に、再びガラリとドアが開かれる。すると、二人の青年が靴を鳴らして教室に入ってきた。
金色のグラデーションの髪。紫色の髪に、水色のメッシュ。
夕焼けを思わせるようなオレンジ色の瞳。蜂蜜のような金の瞳。
すらりと伸びた足。自信満々の青年と、飄々とした雰囲気の青年。ーー後者を目の当たりにした瞬間、寧々は思わずガタン! と大きな音を立てて立ち上がった。
「お、おう? どうした草薙」
「寧々ちゃん……?」
クラス中の視線が寧々に集まる。しばらくの後、ハッとしたのか彼女は我に返り、いそいそと恥ずかしそうに着席した。
(な、何で? 何で……!?)
顔を真っ赤に染めた寧々が、頭を抱えるようにしながら思考を巡らせる。それを余所に、担任教師は彼らに自己紹介をするよう告げた。