なんでも好きな物を食べていい。なんでも好きな物を言えばいい。その甘美な誘いは、銅矢が逃げ出さないと分かり、捕虜あるいは奴隷、あるいはーーー囚人のような形でデルウハの屋敷に捕らえられたからであった。
銅矢は、妹の貴由の生活の保障以外に何も口にすることは無かった。それ以外は何も望まなかった。それでいてデルウハは、彼を吸血鬼の仲間に引き入れようとしているが、積極性には欠ける行動をした。銅矢の自主性に任せたのだ。その為未だに銅矢は人間である。だが飼いならされた人間である。その銅矢に、何か望みはないのかと尋ねたところ、何も無いと言う。
「剣術をやれる場所が欲しい。それ以外は要らない」
「…剣術か。拳銃を撃てる場所も必要か?」
「それはいい。騒音であんたの屋敷に噂が立つだろ」
どこまでも人に優しい部分がある。それが銅矢の甘さでもあり、魅力だ。デルウハが頭を撫で、頬に指を滑らせると、ぴくりと顔が動く。銅矢はデルウハの傘下にある。性交渉が自由にできる間柄で、銅矢もそれを拒めない関係性だ。デルウハは触れ方を心得ていて、まだ日が高いうちだと言うのに好きに嬲って来る時がある。だが、同居人のハントレスもいる。堂々と屋敷の真ん中で性交渉するほど節度が無いわけではない。今日は頬に触れ、誰も見ていないことを確認して口付けする程度だ。
「う」
銅矢は昼間から、それもデルウハの自室を出ての行為は苦手らしく小さく唸る。
「誰かに見られたら」
「大丈夫だ。誰もおらんさ」
眷属のハントレスの気配を探るのは、デルウハにとって簡単な事だった。今度はいちこにも銅矢の欲しい物を探らせようと思う。剣術の道場だけなど、侘しいではないか。高い着物、高級な食品。日本有数の富豪であるデルウハに、手に入らぬ物はそうそうない。その自負がありながら幾らでも言えと、世話係のいちこが促すも銅矢はどこまでも無欲だった。
「欲しいものなんか無いな」
「それでも、主さまは何か贈りたいんですよ。何か思いつきませんか」
「自由以外に?」
いちこは表情を曇らせる。銅矢は悪い事をしたと思ったのか、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「悪かった、冗談だよ」
「…もう! でも本当に無いんですか? お着物でしょ、お食事でしょ。高価な宝石に時計に、家具…なんでもあるじゃないですか!」
「俺は、貴由との生活の為に働いてきた。そんな贅沢はして来なかったし、したいと思わなかったし…」
「野心が無いなあ」
そこが銅矢の良い所だが、いちことしてもデルウハに聞き出してくれと頼まれた身である。主に頼られたことで張り切っていたのだ。だから会話の糸口に色々と喋り出した。
「銅矢さんがお好きな物…お肉とかお好きだったじゃないですか」
「貴由が作ってくれた肉じゃがとかかな。鶏を使ってる」
「道場で使う竹刀とか木刀…」
「親が買ってくれたものを今でも使ってるんだ」
「むうう」
手ごわい。無欲な人間の欲を引き出すとはなかなかの難点だ。銅矢が欲しがるもの、たとえば銃とかであろうがそれは、あくまで吸血鬼を退治する銅矢のイメージであって、私生活を三か月共にしたいちこも、銅矢が好きな物が分からなかった。
「…ひとまず、美味しいごはん用意します…」
「そうか。ご苦労だったな」
デルウハに良い報告が出来ずに気落ちするいちこを、慰めるようにデルウハは褒める。いちこ自身も仕事に納得がいっていないようである。しかし難題だ。この生活に魅力を覚えさせて陥落させようと思ったのに、堕落すらしない。清廉潔白に生きて来た男などいるのかと思ったが、残念ながら銅矢がそうである。あとは肉体的に堕とすしかないのか、とデルウハは考えていた。それはいちこの前では口に出せないでいる。
「ふ、ぅ…ッ…!」
ちゅこちゅこと性器を扱いた。若いから体液の分泌が多く、すぐ先走りで濡れる。期待の表れだろうか、それともデルウハに何度も抱かれている生理的な反応だろうか。
「あ、あぁ、あっ」
「すぐ濡れるな。…期待しているのか」
そう囁きながらデルウハは銅矢の耳を食む。銅矢は咄嗟に首を振るが、それでも肉体は正直にデルウハからの手ほどきに震えている。食んだ耳に舌を這わせる。ちゅ、ちゅと舌が耳の穴に入ると銅矢はびくりと震えた。
「やめ、ぇ…!」
「なんだ弱いのか」
ふーっと耳奥に息を吹きかけると、びくびくと肩が震える。短い息を吐きかけながら舌をぐちゅぐちゅとねじ込んだ。嫌なのか頭が逃げようとするも、デルウハの手が捉えていて動きようが無かった。銅矢の声がとろけている。
「や、だ、やだぁあ。やめ、やめて」
可愛い。このまま耳を責めてもいいか。性器で濡れた手を拭き、空いた手で無防備な片耳に指を突っ込んだ。
「ひぁっ」
可愛い。すぽすぽと指を出し抜きすると、銅矢の肩がどんどん縮んでいく。
「もう、も、やだ。でるうは、やだぁ」
「どちらがいい? こっちと耳と」
「ひ、耳やだぁああ…」
嫌だと言われると責めたくなるものだ。虐めたくなる。いつまで経っても陥落しないこの男に言う事を聞かせるいい機会ではないだろうか。
「銅矢」
ふーーっと息を耳の奥に流し込む。ぞくぞくとするのか、もう顔は赤らんで涙さえ浮かんでいる。
「いや…だ…」
「こちらにおいで、銅矢。悠久の時を共に暮らし、楽しく過ごそう」
「うぅ」
敏感な耳に優しく息を吐くように囁きかける。やん、と小さく言葉を漏らすので頭をがっちりと押さえてデルウハは続けた。
「俺の元においで」
「………」
銅矢はふうふうと息を漏らしている。しかし性感帯が耳だとは知らなかった。散々抱いたものの、銅矢の若い肉体は年齢相応に性欲には弱く、あっという間に与えられる快感に腰を振るようになったのも見ている。少しずつその肉体を開発するのも楽しみだったが、急激な弱点を見つけてしまった。残念なような気もするが、弱点があるのは喜ばしい。銅矢は黙っていた。
「銅矢、永遠にこの快感が続くぞ」
「……」
「永遠にお前に夢中になることを誓おう。おいで、こちらに」
「…いやだ」
また振られてしまったようだ。銅矢は顔の赤らみが引いて来て、目線を逸らしたままである。そうか、それならば好きにさせてもらおう。舌がまたずぼ、と耳に入り込む。縁を甘噛みし、耳たぶを食み、付け根に舌を這わせた。
「やめ…やめろってぇ」
「だったらこちらに来い。来ると言うまでずっと責めるか?」
「そん、な」
だがぞくぞくと身を震わせているようにも見えた。性器を後孔に挿入した後も、耳は当然責め続ける。
「ああぁん、やだ、やだぁ。あっあっ、あー…」
いつもよりひんひんと喘ぐ声を聞きながら、デルウハはアプローチを変えて囁く。
「銅矢。欲しいものは無いのか」
「あ、ぇ…?」
「欲しいものを用意してやる。なんでもお前の手の中だ。こちらに来たら、お前の手には何でも手に入るぞ…」
甘言である。デルウハの甘言は大抵の人間が堕ちこむのだろう。だが、銅矢は自分にのしかかる為にベッドを突いているデルウハの手にそっと手を添えるのだった。
「…だったら、デルウハがいい…」
待って?
「デルウハの、デルウハのがいい」
ひとまず落ち着け。こいつは今、抱かれていて頭の中が性交でいっぱいなのだ。その事なのだろうと言い聞かせ、デルウハは冷静に言う。
「性器を模したものがいいのか?」
「違う…デルウハがいい」
だめだ…! 堕とそうとしているのにこちらが堕ちてどうする…しかし破壊力があまりにもありすぎてだな…。
「デルウハ…きてぇ」
ひとまず言う事を聞こうと思ったのが運の尽きである。結局銅矢をひとしきり抱いて、すやすやと眠った銅矢をベッドに寝かせて、デルウハは無欲な人間の欲求が自分だけに向けられている事態に頭を抱えるのだった。