星雲高鳴る空を仰げば、目に映る瞬きにこころを掴まれる。それは手に届かぬもの。思い出すのは儚く頼りないもの。己を鑑みた時に、力量を持たぬ手や頭脳。
 「見上げてごらん、夜の星を」
 所長は歌を口ずさむ。彼が直近で星を見上げたのはいつだっただろうか、所長室からは星は見えない。そもそも研究所は土中にあるものだから、星を見ようとするのなら外に出なければならない。だがイペリットが蠢く山肌を、わざわざ安全確認までして星を見に行く愚行は出来ぬのだ。
 だが星見酒としゃれ込みたいほど夜空は快晴であるらしい。外を見たいな、空気を吸いたい。だが殺人ガスの充満するであろう下界を見下ろし、優雅に星を見ていていいものか、人類の終焉期に酒などかっくらうほどの豪胆さは所長には無かった。ただ星を想起し、所長室の無機質な空に投影するように想像力を働かせるだけだ。
 「なんの歌だ」
 「あ、デルウハ殿」
 すみません、お恥ずかしいと所長は慌てて椅子で身を置き直す。寛ぐようにもたれかかっていたから立ち上がろうとした所長に、デルウハは手で制した。
 「別にいい。相談したいことがあって来た」
 「はい。勿論です」 
 「その前になんの歌だ? あんたが口ずさむなんて珍しいな」
 「ああ、『見上げてごらん夜の星を』ですね。日本人の楽曲で、過去にヒットしまして…」
 「へえ」
 興味が無さそうにデルウハは答える。所長もすぐにデルウハの用事に向き直った。鼻歌程度を掘り下げられても困るのだ。デルウハとの会話はあるものの、その内容の全ては知略会議である。所長から見たハントレスに関わる事は全て報告するようにデルウハから仰せつかっているため、なるべく小さな出来事でも報告するようにしていた。誰かと誰かが些細な喧嘩をした、研究員がハントレスの誰かに接触した、食事における好物はこうで…など、見聞きすることは非常に多い。そのデータベースがデルウハの中に構築され、円滑な部隊を作り上げるのに必要になるのだろう。所長という立場上、ハントレスの情報も研究員の情報も精査なく手に入る事を最大限に利用し、デルウハに共有する。それをあまりにも自然に行い、不審がられぬようにという課題はあるものの、今時点では所長に疑いの目を向ける者は殆どいない。ハントレスが感づかなければ他の目は問題ではないのだ。
 「もう一度歌ってみてくれ」
 「え?」
 報告の共有と用事が終わると、デルウハは不思議な事を言い出した。所長は思わず首を傾げる。
 「先ほどの歌ですか?」
 「そうだ。聞いたことがある気がする、どっか引っかかって気になる」
 「はあ…」
 所長は困惑していた。そう歌が上手いと自負していない状況で、求められると気恥ずかしい。だがデルウハに逆らうのもなんだか恐ろしくて、歌い出しは震えたものの、所長は続きを謳い出す。
 「ささやかな、幸せを…」
 「ああ」
 そこまで来て、デルウハが声を上げた。どうやらぴんと来たらしい。
 「分かった。昔に曾祖母の家で聞いたことがある。レコードが趣味の人だった」
 「はは、よく覚えてらっしゃいましたね」
 「祖母が好きだったらしくて何回かかけていた。そうか、懐かしい」
 そう語るデルウハの表情が、子供のような面影を残す。ああ、悪魔でもそういう表情もするのだなと所長は思った。
 ※↑
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 「デルウハ殿も、子供の頃の思い出を綺羅星のようにお持ちなのですね」
 「俺はどっかから生えて来た、とでも思ってたのか?」
 所長はじとりと睨むデルウハの言葉に慌てる。
 「し、失礼しました。あの、そうではなくて」
 「分かった。まああんたにしたら、俺はどっかから生えてきて欲しかっただろうな」
 「デルウハ殿…」
 所長は慌てたように首を振るが、デルウハはもういいとばかりである。気に食わずに食って掛かる様子は無いが、悪魔は悪魔らしくするのが定石か。
 「俺にだってガキの頃の思い出はある。まあ、散々喧嘩はあったが」
 「そうでしたか。確か、お姉さまが三人いらっしゃると以前仰ってましたね」
 「口で勝てた試しがない」
 「ああ…お姉さまはそういった方面はお強そうでしょうね…妙齢の女性は特に特に…」
 所長も何か思い当たる節があるのか、うんうんと頷く。星空は相変わらず雲に関わらず煌めいているであろう。その煌めきを眺めたいと思う気持ちは変わらぬが、デルウハも過去に見上げたことがあるのだろうか。  
 ※↑ 多分ここで止めておいた方が、読みやすいとかだろうというライン
 ※↓ 短すぎて気に食わんので私は書きますねというライン
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