すっかり冬景色になった幻想郷の空に人差し指を立て、高らかに勝利宣言をするチルノの後ろ頭に、すぱーん!と実にいい音を立ててお札が叩きつけられました。
「くぉらチルノ! あんたちょっと暴れ過ぎなのよ!」
「いったーい! なにすんのよ霊夢!」
あわてて振り返ると、そこには紅白の巫女が立っています。それだけではありません。霊夢に続いて、知っている顔がぞろぞろ現れました。
「あっ、チルノちゃんだー」
「うーさみぃ……これ、ほんとにお前のせいなのか?」
「やあ氷精よ。今日は日焼けしていないのだな」
「おや、誰かと思ったらあのときのちびっこじゃないか」
「うわー、妖精にしちゃすごい力を持ってるのねえ……」
ルーミアと魔理沙、それに以前起こった四季異変、そして前回の弾幕ダンスバトル事件のときにも出会った隠岐奈にその手下の舞と里乃。
さっきまでチルノと大妖精のふたりだけだったのに、急ににぎやかになりました。チルノはいきなり現れた霊夢たちに困惑顔。
「うえぇー……? なんで魔理沙たちもいるの?」
「なんでってお前、こんだけ大騒ぎしてればイヤでも目に着くだろうが」
「大騒ぎ?」
ぜんぜん自覚がなさそうなチルノに、魔理沙はおおげさに溜息をついてみせます。なおも分かっていない様子のチルノの頭にぽんと手をおいて、隠岐奈が語りかけました。
「氷精よ、お前は自分で思っている以上に妖精としては規格外の力を持っている。今回も前回のダンスバトル異変がいったんは終結したのにも関わらず、お前だけが弾幕ダンスを続けていたというだけでも特別なことなのだ」
「とくべつ?」
「前回は私の力が介在していたが、今回ばかりは私は無実だよ。というわけで……」
隠岐奈はそう言うと、チルノの両肩に手をおいて霊夢の方を向かせます。
「今回、こわーいこわーい博麗の巫女のお相手をするのは、お前だよ」
チルノの目の前には、その博麗の巫女が仁王立ち。お祓い棒を肩にトントンしながらチルノを見下ろしています。
「あー、なんか中途半端な感じだけど。結局今回の異変……とまではいかないか。今回の事件の元凶は、あんたってことになるわね」
「ちょ、ちょっと待ってください霊夢さん!」
と、横からチルノをかばうように飛び出したのは大妖精でした。チルノとの激闘の直後で足元がふらついていますが、それでもチルノと霊夢のあいだに立ちふさがります。
「チルノちゃんは私と勝負をつけるために戦ってたんです、だから……!」
「だから大変なことになってるんでしょうが。見てみなさいよこの光景」
霊夢の言う通り、勝負がついた今でも周りの景色は白い雪が降り冷気が漂う冬のまま。これが異常なことであり、この状態が続けばやがて「異変」になってしまうであろうことは大妖精の目にも明らかでした。それでも大妖精は、チルノをかばわずにはいられません。
霊夢はそんな大妖精を見てため息をひとつ。ちょいちょい、とジェスチャーで「いいからどいてなさい」と示します。……言外に、「どかないならどうなっても知らないわよ」という意志も含めて。
大妖精は気圧されたように一歩下がりながら、後ろのチルノを心配そうに振り返ります。と、チルノはいきなり高笑いを始めました。
「あーっはっはっはっは!! なんだかよくわかんないけど、大ちゃんに勝った今、ついに博麗の巫女を倒すときが来たようね!!」
大妖精との戦いで疲れ切っていたのがうそのように、チルノは元気いっぱいになっています。霊夢はそんなあいかわらずのチルノのようすに、今日何度目かになるかわからないため息をつきました。
「だっはっは! なーんだ、今回のは別に異変でもなくて、ただ単にチルノがいつもどおり暴れてたってだけじゃんか! あわてて出てきて損したな霊夢!」
後ろで無責任に爆笑している魔理沙の後ろ頭を容赦なくしばき倒すも、ほかのギャラリーからも声援が飛びます。
「わーい、チルノちゃんがんばれー!」
「うーむ、やはり私が目をつけていただけあるな」
「まさかお師匠さま、今度はあの子をスカウトしようとか考えてないでしょうね?」
「でもー、あの子が仲間になってくれたら楽しいかも!」
「はっはっはー! もっとあたいを応援しろー!」
ギャラリーからの声援を受けたチルノは絶好調といった感じ。腕組みポーズでふんぞり返って大喜び。その足元からはぴきぴきと音を立てて氷が広がり、背中の氷の羽根も鋭く伸びています。
「やれやれね……いいわ。お灸をすえてあげるから、覚悟しなさい!」
霊夢の袖からこぼれ出た大量のお札がより集まり、あるものは陰陽玉に、あるものは退魔針に変化していきます。
真っ先にリズムをとるための手拍子を始めたのは、やはりというか魔理沙でした。それに合わせてほかのみんなも手拍子を始めます。
そのリズムが最高潮に達し――最後のステージの幕が上がりました。
・エピローグ
「あー……ようやく涼しくなったな……」
「そうね……いろいろあったけど、もう夏も終わりね……」
夜の幻想郷。
残暑の気配も薄れてきた博麗神社の縁側で、霊夢と魔理沙は過ぎ去る夏に思いを馳せていました。そして母屋の天井では……。
「きーーーーーっ! ほーどーけー! 妖精権シンガイだーっ!」
あわれぐるぐる巻きにされて天井から吊り下げられたチルノが抗議の声を上げています。しかし、霊夢と魔理沙はどこ吹く風。
「まあなんだかんだ言って今回の事件の元凶はお前だったからな。甘んじて罰を受けるのがスジってもんだろ」
「だーかーらー、あたいはただ大ちゃんとダンス勝負がしたかっただけなんだってば!」
「だからそれが原因でいろいろこの季節に雪が降るようなことになりかけてたんでしょうが。ちっとは自分の力ってものを自覚しなさい。まあ弾幕ダンス勝負は私が勝ったけど?」
お説教しながら霊夢は、片手にスイカを持ったままもう片方の手に持ったお祓い棒で器用にチルノをつんつん。ぶら下げられてミノムシ状態のチルノはくねくね暴れながら文句を返します。
「くっそー! もっかい! もっかい勝負だー!」
ぱたぱた暴れながら文句と冷気を浴びせかけるチルノですが、霊夢は文字通り涼しい顔。
「あー涼しい涼しい。せいぜいそうやって私のために神社の快適環境の確保に貢献することねフハハハ!」
「お前それ巫女がしていい顔じゃないぞ」
結局チルノはなかなか善戦したものの、霊夢との弾幕ダンス勝負には負けてしまいました。そして本人には自覚はなかったとは言え、前回の弾幕ダンスバトル事件の再演(リバイバル)を行った廉(かど)であえなく御用。こうして博麗神社の冷房としての奉仕活動に従事しているというわけです。
「いいもんいいもん! 今度はぜーったい負けないんだから! あーやめてやめてぐるぐる回すのやめて!」
あいかわらず生意気なことを言っているチルノを弄びつつ、霊夢は器用にぷぷぷぷぷとスイカの種を魔理沙の顔に向かって連射。
「いででででお前乙女の顔に向かってなんという狼藉!」
とかやっているふたりを見て、チルノもなんだか愉快な気分になって笑いました。
「ねーふたりとも! また弾幕ダンスしようよー。ほかの妖精のみんなは飽きちゃってるみたいだけど、あれすっごく楽しいんだって!」
「あーはいはい、また今度ねー」
「っていうかお前ほんと懲りないよな」
「こりるとかわかんない! あたいはただ――」
チルノはにーっと、いたずらっぽい笑みを浮かべて言いました。
「楽しいことは、何回でもやりたいってだけよ!」
その顔に、霊夢と魔理沙は顔を見合わせます。そして、ふたり同時にため息をつきました。
・vs大妖精バトルパート追記分
しかし、そのチルノの本気を見たからこそ、こちらも本気で立ち向かわないといけないと大妖精は思いました。チルノちゃんほどの力はなくても、あのときのハイテンションがなくても、今のこの自分の全部をぶつけなくてはいけない。そう思いました。
「すぅーっ……はぁーっ……!」
大妖精はチルノと同じように深呼吸します。冷たい冷気が胸の中に満ちていくのがわかりました。同時に、背中の羽が細かくふるえ始めました。その羽根にうすく、葉脈のように光のラインが現れます。
ふたりの呼吸が次第に重なっていきます。そして、ふたりの足が自然とリズムを刻み始めました。
先にアクションに移ったのは大妖精でした。リズムに合わせて短距離のテレポートを繰り返しつつ、一列に並んだクナイ弾を撃ち出します。チルノの位置を正確に狙ったその攻撃を、チルノは両手から放った冷気で次々と凍らせていきました。しかし、大妖精は体力の消耗を覚悟でその氷が自分に届く前にテレポート。位置を変えつつ攻撃を続けます。
対するチルノは、さっきまでとは戦法を変えてきました。氷弾を撃ち返しながら小さく動き、クナイ弾をギリギリで避けていきます。ふたりの位置関係は、いつしか短距離のテレポートを限られた範囲で繰り返す大妖精を中心に、チルノがその周りを周回するというかたちになっていました。あたりにはチルノの氷の羽から漏れ出した冷気が渦を巻き、ダイヤモンドダストがあたりに充満していきます。
きれいだな、と大妖精は素直に思いつつ、両腕を振り抜いてクナイ弾をばらまきます。全方位に向けて放たれたクナイ弾が冷気を貫いて襲いかかったところを、チルノは宙返りでかわします……が、クナイ弾が背中の氷の羽の一枚を直撃! 硬い音とともに氷の羽が砕け散りました。
「ぐうっ!」
羽に被弾したことでリズムを崩しそうになるチルノですが、かろうじて踏みとどまります。その足元を狙って、間髪入れず連続クナイ弾が放たれました。
(今のすごい冷気をまとったチルノちゃんに勝つには……リズムを崩すしかない!)
強力な冷気を操るチルノに対し、大妖精の能力は直接的な攻撃には向きません。なので大妖精は、正面から撃ち合うのではなくチルノのリズムを崩し、動きを阻害するしかないと判断したのです。
体勢とリズムを立て直そうとするチルノですが、そのたびに足元を狙われてうまく立て直しができません。とうとう完全にバランスを崩して倒れそうになった瞬間、チルノは大きく息を吸い込みました。
「ーーーーーーっ!!」
声すら一瞬かき消してしまうほどの冷気が、チルノを中心として吹き出します。その冷気は地面もまわりの木々も白く白く覆い尽くしていき――。
「あっ!?」
大妖精が気付いたときにはもう手遅れでした。
さっきチルノが大妖精の周りを回りながら撒き散らしていた冷気が一気に凍結して、大妖精の回りを壁のように囲みます。逃げ場は――ありません。
大妖精の口から、あきらめとも感嘆ともつかない吐息が漏れるのと、氷の壁を突き破ってたった一発の氷弾が放たれるのは、同時でした。