コインと魔術師
「見ろ花京院! あっえーと、治ったらもう一回やってやるからそん時は見ろよ俺のとっておき手品! さっき買ってきたなんの変哲もないこのオレンジをこうして、こうするとよ……ほら!」
「親指に突き刺したオレンジが浮かんで見えるのか? 君のやりそうな事は分かる」
 ポルナレフの自慢げな表情がそのまま固まった。ジョースターさんは吹き出し、承太郎は学生帽の鍔を下げ目を逸らしたが、確実に面白がっている。
「お、お前見てもないのになんでタネが分かったんだよ! 元気なさそうだったから驚かせてやりたかったのに!」
「ハイエロファントを出すまでもないぞ。僕から言わせて貰えば君のそれは手品とは言わないな、せいぜいが宴会芸だ」
「チクショ〜!」
「それで私に教えてほしいと言うわけか」
「そうだ! こないだの前世占いみたいな子供騙しのはダメだぜ、花京院のやつが退院したときぶったまげるようなやつを教えてほしいんだよ! 承太郎のタバコのアレに負けねーようなやつをさ!」
「こらポルナレフ声が大きいぞ! ここは高級ホテルのロビーなんだ、もうちっと行儀良くせんか」ほら、二人ともお小遣いをやるから大人しくしときなさい。
「分かったよジョースターさん!」
 思わぬ得をした。彼も抜け目なくエジプト硬貨を受け取りつつ、ジョースターさんに叱られて声を落とす。二人の気は合うのだろう、私たちの旅のリーダーは全く世話の焼けるやつじゃとぶつぶつ言いながらも、彼にはいつもどこか甘いのだった。
「頼むよアヴドゥル、俺にすげえ手品を教えてくれ」
 そもそも承太郎のアレは手品では無いではないかと思ったが言わないでおいた。
 ポルナレフはきっと、とにかく花京院をあっと言わせてやりたいのだ。私が旅に合流した頃には彼らはいつの間にかすっかり打ち解けており、生意気な弟と負けず嫌いの兄と言った二人の掛け合いは微笑ましかった。
 負けず嫌いの彼は向かいの席に座り紅茶を啜りながら熱弁している。こんなに興奮していてもしゃんと背筋を伸ばし、カップを持つ所作はマナー通りのところが彼らしさでもある。
「テレビでやってるだろ? こういうコインとかカードとかよ、シルクハットからハトやウサギを出したりとか! お前もそーゆートリックの一つや二つ使って客を信じ込ませてたんじゃあねーの?」
「まあ間違いではない推測だな。大道芸のようなもので生計を立てていたこともある。もっとも主にやっていたのは、分かるだろう。触れていないものを動かしたり、あとはファイヤーマジックの類だ。」お前くらいの歳の頃はこれで随分と稼がせてもらった。
 お前も中々狡いぜ。彼は得たりと言う表情をした。
「まあスタンドを使えるやつは一度は考えるよなあ、まさにタネも仕掛けもございません!ってな。
 でも俺らは違うだろ? スタンド使いなら他の奴の使い方だって分かりきってる。生まれつき使えるやつは特にだ。だから花京院のやつを生身の実力でぎゃふんと言わせてやりてぇんだ、ぜったいに見破れない手品でよ!」そこで占い師のお前の出番って訳だ。占い師なら手品のひとつや二つくらい軽く出来そうなモンだろ? 俺って中々冴えてるぜ。
「それは歪んだ考えだ。占い師だからと言って手品ができるとは限らない」
「なんだよもー! あーあ、やっぱりジョースターさんに頼めばよかったかあ? ハッタリとかイカサマとか、得意そうだし? それとも承太郎かな、あいつもなかなか器用だぜ」イギーは嫌だぜ! 生意気だからな!
 彼は案外あっさり引き下がってしまった。それもこれも全て、彼にとって手品ができそうな仲間は私だけでは無いということなのだ。
 頼もしさを感じるとともにカチンと来た。私は彼にチッチッと指を振って見せる。
「まぁ待てポルナレフ、それはあくまで一般的な占い師の話だ」
「コインを貸してくれるか」
 差し出された彼のコインを手のひらで握り、軽く振りながら左右に持ち替えるフリをして袖の中に滑り落とす。何も無くなった両手を彼に見せる。
「え? おい俺のコインどこやったんだよ!」
「残念ながらお前のコインは何処かに消えてしまった。お小遣いは諦めるんだな」
 真面目くさって答えると彼は絶望的な顔をした。これだけ反応してもらえると揶揄い甲斐があるというものだ。
「なんだよそれ! 戻せってば!」
「仕方がないな。ほら、戻してやったからカップの下を見てみろ」
 彼は怪訝な目をしながらも素直に紅茶のカップを持ち上げて、ソーサーを覗き込む。
「わー!」
 紅茶を飲んでいる隙に置いておいた私のコインに気がついた。彼はぱっと顔を上げて興奮で輝いた眼差しをこちらに向け、私はようやく彼の鼻を明かしてやったような気分になった。こういう事こそ仲間内での私の役割なのだ。
「ようやく思い出したか? 私のカードの暗示は、」
 パチンと指を弾き、指の間からタロットカードを取り出す。これは彼の意識がカップに向いた瞬間、素早く腕輪の隙間に忍ばせておいたものだ。
「[[rb:魔術師 > マジシャン]]だ」
 彼にわくわくした子供のような目で見つめられるのは気分が良かった。
 不意に手品を始めたばかりの頃を思い出した。幼い頃、こういう視線が嬉しくて得意になって手品の特訓に精を出していた頃を。
 その日から戦いと捜索で慌ただしい日々の合間を縫って手品の特訓が始まった。彼は意外にも勤勉で私が教えたことを柔軟に学習し、ホテルの部屋が重なるたびに披露される彼の手品には明らかな上達が見てとれた。
 驚くべき事だったのは、彼は私が最初にやってみせたコインのマジックを選んだ事だった。もっともしばらくはトランプカードを見たくもないと言った理由だった(私も同意見だ)。
「手品のコツは観客の目を避けて小さく素早い動きをする事にあるようだが、実は違う。敢えて目立つ行動をとり相手の注意を引き、視線を誘導しコントロールすることにあるのだ」
 これは戦闘にも応用できるぞ。お前にも覚えがあるんじゃあないか?
「忘れもしねぇぜ」
 少し挑発してやると彼は苦い顔をして見せる。拗ねた態度の中に若者らしい僅かな甘えがある事が、今なら分かる。
 まったく、あの頃の彼からは想像もつかない。まさしく命のやり取りをしていたのだ。本当に随分昔のことのようだ。
 こちらだって忘れもしなかった。凍てつく視線と恐ろしいほどに冴えた剣の切っ先が真っ直ぐに私に向けられていた。痛みも感じないほどの精度とスピードで私の皮膚を切り裂いた。
「コインと言えば、あの時お前がやって見せた剣の早業があったな。あれは素晴らしかった。あれこそタネも仕掛けも無いというやつだろう」
「へへ、だろ?」
「お前には天性の才能がある」
 彼はマジシャンに向いているだろうと思った。目を引くいで立ちと彼が好む派手な演出、洗練された所作と剣の技巧。何気ない仕草はふとした時に視線を集める。手品の練習を始めたばかりだが、こうしていると既に十分様になっている。
 彼の過去やこれまでの暮らしについて私は知らない。この旅が終われば故郷での平和な暮らしの中で彼がどんな仕事を選び何をするのか、私には分からない。しかし明るく要領のいい彼のことだ、なんであれすぐに仲間を作り、騒がしく楽しくやりながら上手くこなして見せるのだろう。彼がこの先、誰と出会ったとしても。
「実を言うとあれはさ、俺がずっとしてた剣の修行なんだ。ひとりでも出来るから。」誰にも言うなよ? 特訓は秘密にしてるんだ。
 彼から過去の話を聞くのは珍しかった。私達に秘密にしていたこと。彼にも秘密があるのだ、今まで考えたこともなかった。
 
「ガキの頃はおれもチャリオッツにも全然できなかったんだぜ。シェリーに手伝ってもらって落ち葉や花びらを集めて投げ上げて、少しずつ枚数が増えて、そのうちコインになった。さすがに炎を切り裂いて突き刺したのはあん時が初めてだったけどよ。」
 彼の明るさからすると、その習慣は対照的だった。たった一人の訓練。彼は案外繊細で内省的な一面もあったのだと、私は今さら思い出した。
「練習は楽しかった。昔はな。家族を守るために始めて、その後はずっと復讐のひと殺しのためさ」 
 雨粒だってぜんぶ串刺しに貫いてやりたかった。馬鹿げてるだろ? そんなのは俺だって無理だ。
 彼は寂しげだった。
 手分けして行うしらみつぶしの聞き込み調査は地道できつい作業だ。DIOの館が何処にあるのかを知る者は未だ、どこにも見つけられない。
 私とポルナレフとで訪れたここの酒場でも成果は出ない。彼は殊更酔客に絡まれやすく、今は二人とも疲れて苛立っていた。今日の聞き込みは終わり、二人で承太郎たちを待つ。とっくに煙草を吸い切った彼は指先でコインを弄り回し、つま先は落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。 
「ポルナレフ、コインを貸してみろ。新しい手品を教えてやろう」
「俺らいまそれどころじゃあねぇだろ! こんなヒマな事してて良いのかって思うよ、命がけの戦いが迫っているんだぜ?!」
 彼がテーブルを叩いて叫んだ。まただ。彼が焦りに耐えかね、再び仲間たちを離れひとり飛び出していくのではないかと思い、私は俄かに精神が張り詰めるのを感じた。
「承太郎のお袋さんだって危ねぇんだろ? 時間が無いんだよ! 手遅れになるのは嫌だ、じっとしていたら後悔しそうなんだ」怖いんだよ、前へ進めていないって実感しちまうのは。どこに居るのか分からなくなる、今でも何の役にも立てないなんて自分が許せなくなるんだ。
 彼の言葉は少しずつ弱気になっていった。彼だって無謀な事を言っていると分かっているのだ、きっとこの焦りや苛立ちも自責の現れなのだろう。
 そして私は、彼を引き留められなければ確実に後悔すると分かっていた。手遅れになることは考えたくなくて、次こそは失敗などしないと心に誓っていた。
「焦るな。我々は少しずつ確かに前進している、どんなに過酷でもな。そして娯楽は過酷な状況でこそ発展するのだ。完全に思いもよらないタイミングでやってみせる事もまた、手品のコツと言えるだろう」だからポルナレフ、今は仲間を信じてくれ。我々は必ずDIOのもとに辿り着く。
 あの時は喧嘩腰で彼を引き留めようとしていた。彼が見込んだ通りの人物ではなかったことに、私も余裕無く腹を立てていたのだ。
 思いもよらないタイミング……。
「なんかさ、信じられねえよ。あの頃は本気で命を狙って殺し合ってたやつと今はこうして一緒に旅してさ、呑気に手品の練習なんてしてる。こりゃあまさに思いもよらないってやつだよな」
「そうだな。」
 手品をやろうと思ったのも初めてなんだぜ、こんな事自分に出来るなんて考えたこともなかった。指先でコインを弄りながら彼は会話を続ける。彼がどこにも行かないと分かり、私は密かに安堵する。
「お前はガキの頃から手品をしてたんだろ? 学校で人気者になれたんじゃあねーの?」
 昔ジョースターさんにも同じ質問をされたことがあったなと考えた。答えも同じだ。
「まあ、目立つ事は多かったかも知れないな。
 緊張と緩和と言うやつだ、元から何をしでかすか分からないような子供だったから、誰がみても楽しめる手品が私にできることは余計に面白かったのだろう。」
 実際のところ、子どもの頃の記憶は断片的だった。目立つことを嫌い本ばかり読んでいる子供で、手品を人に見せるのを好むように思われるタイプでは無かった。それでも気さくに私に話しかけ、私の手品を羨ましがるのは決まって明るく要領の良い、クラスの人気者の子供たちだったことを思い出した。
「羨ましいぜ、俺も昔から出来ていればなぁ。」彼はため息をつく。
「見せて楽しませてやれてたかもしれねぇよな。落ち葉集めなんてよ、なんも楽しくねぇし俺が何やってるかもわかんなかったからさ、妹は。」
 彼はふとした瞬間妹のことを思い出す。何気ない平和で幸せな記憶の端々に彼女が居るのだろう、これが彼の喪失なのだ。心の傷は深く、彼はいつも自分を責める。ノスタルジーはこうして、容易く悲しみと後悔に結びつく。彼が過去について話したがらないのはこういう理由なのだと察した。
「彼女はきっと、お前と一緒に居られるだけで楽しかったのだと思うぞ。」
 私は不器用なやり方で彼を元気付けようとした。こういった繊細なことに慣れていない自分がもどかしかった。
「そーかな」
「お前といると退屈しない」
「はは、ほんとかよ」
 彼の表情は晴れない。
 椅子を持って行き彼のテーブルの向かいに腰かける。彼を自分なりのやり方で励ましてやりたくなったからだ。
「私の過去の話をしても良いだろうか。幼い頃、私が手品をするようになったきっかけの話だ」
「[[rb:もちろん > Mais oui?]]」
「幼い頃の私はスタンド能力のカモフラージュのため手品の練習を始めた。両親からそのように勧められたのだ。孤独だった私が他の子供たちと馴染めるよう、生まれ持つ不思議な力は全てこのような手品であると思わせておいた方が楽だったからな。
 練習は楽しかった。人に披露することも。手品で誰かの心を元気づけられることも知った。生まれ持ったスタンド能力より、努力して身につけた手品で褒められる方がずっと嬉しかった。
 しかしながら心の奥底では、同じような能力を持つ者を強く求めていた。誰かに私に気づいて欲しかった。この能力はトリックでは無いと分かってくれる人間にいつか出会いたいと、私はずっと思っていたのだ。
 あれから何十年も経ち私はジョースターさんと出会い、お前たちと出会った。あの頃は、こうして同じようにスタンドを使える仲間が出来て心を通わせられるとは思ってもいなかったな。分かるか? 私の孤独は、お前たちのおかげで癒されたのだ。」
 偽りは無かった。私はカッとなりやすい性質で、困ったことに熱しやすく冷めにくい。仲間たちに対してもどうにも湿っぽく、暑苦しく大切に思ってしまうのだった。彼らには言えない、この出会いは運命なのだと。それでもきっと伝わっていると思った。
 何十年ってさ、大袈裟だろ。彼の表情が和らいだのが分かった。そして芝居がかった自信ありげな笑顔に変わる。
「……ま、俺みてーにハンサムで強い、思わず見惚れちまうようなスタンド使いは中々いないぜ! 俺に出会えて良かっただろアヴドゥル、なあ?」
「その通りだ」
「は、」
 彼は狼狽えて、面食らったような顔をした。青い目は丸く見開かれ、私だけを見つめている。テーブルに置かれた彼の手に私の手のひらを重ね(彼の手がびくりと震えた)、真っ直ぐに見つめ返した。
「お前に出会えて良かった。」
「おいそれってどう言う意味、」
 今だと思った。彼の質問には答えず、身を乗り出して耳元に手を伸ばす。指先が耳を掠め僅かに襟足に触れ、え、と小さな声が聞こえて彼のおしゃべりが途切れる。
「そして古典的だが、こうやって視界に映らない耳の後ろから手のひらに隠したコインを取り出してみせるトリックなども……なんだ目を閉じていたら分からないだろう」
 彼は合流を待たず怒ってホテルに戻ってしまい、困惑したまま私は取り残された。元気のない彼に手品を披露して笑わせてやろうと思ったのにとんだ肩透かしを食らった気分だった。
 手品の練習はしばらく出来ていない。立て続けにスタンド使いに襲われ、宿が取れるなり疲れ切って気絶するように眠りにつくことが重なったせいもあるが、何よりもあれからと言うものの彼は私のそばに近づいてこないのだった。今晩もホテルのロビーで彼を待っていたが、彼はいつまで経っても個室から降りてこなかった。多少の失望を感じながら部屋に戻り、寝支度をする。
 隣のベッドではジョースターさんが寝息を立てている。私はまんじりともせず横になり、先日の彼について思いを巡らして悶々としていた。承太郎ではないが気になって夜も眠れないというやつだ。
 あれは何度も練習してきた最も単純な手品のひとつだった。どんな小さなトリックであれ人前で手品の失敗をしたことなど一度もなかったのに、どうしてあれは予想通りに行かなかったのだろうかと。
 もっとも、手品自体は成功した。手品の成功に必要な要素は視線の誘導、思いがけないタイミング、そして緊張と緩和。
 彼は動揺し、緊張していた。私に注意を取られ、真っ直ぐに見つめていた。なぜ彼は私をあんな目で見つめていたのだ?
 この世界は暗示に満ちている。コミュニケーションの暗示も例外ではなく、私が占い師として身につけた対話術もその一つである。
 そもそも占いとは魔法ではないのだ。必ずしもこちらから答えを当てる必要は無い。占いとは対話であり、客の話を聞きながら相手の心の中に潜む答えを誘き寄せ、導き出す術である。
 必要なことは相手の顔色を伺うことではない。相手に自分の気持ちを気づかせるよう、撒き餌のようにこちらからサインを送ることなのだ。道具を操る手元を見せ、同じテーブルにつき視線を合わせる。自己開示、秘密の共有。そして少しの罪悪感。全て私の身に染み付いている。私は意図せずして彼になんらかのサインを送ってしまったのだろうか。
 私が何をすると思ったのだ? 事実だけを洗い出してみよう。
 あの時私は、彼に出会えて良かったと伝えた。お互いの過去を教え合い、彼を見つめ手に触れ、腕を伸ばし耳元に手を添えた。全ての行動に嘘はなかった。しかし。
 彼の故郷の文化には明るくないが、あれはロマンチックな意図を含んでいたと思われてもおかしくなかったのではないか? そう考えると彼の反応にも納得がいく。旅の仲間から訳の分からないタイミングで突然口説かれたとあっては驚いて目など逸らせない、当然緊張もするだろう。私は今更恥ずかしくなった。変に気障なことをしてしまった。
 おそらく彼は手を伸ばした私にキスされると思ったのかもしれなかった。キスされると思ったから狼狽えて怒った、そうだ、これで全ての理屈が合う。私は彼に非礼を詫びるべきだろう。
 合点がいった、これでようやく眠れる。私は目を閉じて眠りにつこうとした。
 ……不意にあの時の彼が目を閉じて固まっていた事を思い出した。私を見るのも嫌だったということか? だとしたら少しショックだが、結局のところ彼にとって私はそれだけのことをしたのだ、私が無頓着になりがちな分野において彼は意外な潔癖さを見せることにはもう気づいていた。
 彼はロマンチストだ。例えば恋愛面に関しても、彼は漫画のような憧れじみた出会いを夢見るのだ。私からすれば恥ずかしくなるようなキザで強引な演出を好むのが彼と言う男なのだから。
 待てよ。
 ひょっとして、
「まさか!」
 思わず大声を上げてしまい、眠りを邪魔されたジョースターさんが不機嫌にむにゃむにゃ唸った。
 なんということだ。私はシーツの中ではっと口を押さえた。
 ポルナレフは私からキスされるのを待っていた。
 私は今晩も寝付けずにいた。酒でも飲んで眠ろうと思いひっそりとホテルの部屋を抜け出し、上階のラウンジバーを訪れる。
 既に営業時間はすぎていて、ラウンジの光量は落とされている。
 従業員はいない。フロアは薄暗く静まり返り、大きな窓から見える星空は美しい。エジプトの夜空は格別なのだ。濃紺に澄み渡り、星はすぐ側にあるかのように眩く輝く。
「……お前もか」
「……よぉ」
 窓際、無人のバーカウンターに彼がいた。すぐに目を引いた、銀の髪と色素の薄い肌が月光を反射して白く浮かび上がっている。
 私は立ち尽くして彼を見つめた。ラックから失敬したのだろう、彼はひとり手酌でワインを飲んでいる。
 逡巡していると彼がカウンターからグラスをとり、無造作に隣の席に置いた。ここに座れということだ。礼を言って隣に座り、彼から受け取ったワインをグラスに注ぐ。
「あの、なんだ。手品の練習はやめたのか?」
 私は何故だかどぎまぎしながら彼に話しかけた。二人きりで会話をするのは久しぶりなのだ。
「なんだよ」
「承太郎にも心配されたのでな。私たちは最近行動を共にしていない、何を企んでいたのかは知らないが仲違いでもしたのかと。」
 承太郎はあれで仲間たちをよく見ている。鋭く異変に気付き、恐れずに踏み込む。最近のポルナレフが半ば強引に彼との相部屋を望んでいたことの理由が私にあるのではないかと、承太郎にはとっくに悟られていたのだった。
「……そのうちまた始めるかもしんねーしさ。別に急ぐもんでもねーだろ」
 僅かに失望した。彼らしくない奥歯に物が挟まったような言い方だったが、彼はもう練習をするつもりがないのだ。少なくともこの旅が終わるまでの間は。
「これではどんどん忘れていくぞ。今まであれだけ頑張って練習したのに発表もせず中断してしまっては、花京院をぎゃふんと言わせてやれず後悔するのではないか」
 私は躍起になって言い返す。説教くさい語り方で、彼に練習が出来ないことの不利益を説いている。
 急ぐものでもないと彼は言った。しかし、旅は終わりかけている。旅が終わったら我々が集まる機会など望まない限り無くなってしまうのだと、彼も分かっている筈だ。花京院には会いにいくつもりなのだろうか、教えてやる私とは会うつもりがないのか、彼に聞きたいことがいくつも思い浮かんだ。
「後悔だと?」
 彼の不機嫌を感じた。視線がすっと冷え、グラスのワインを煽る手が止まる。
「ああ後悔する、お前は手品の練習ひとつ出来ないと自分に枷を嵌めてしまうのだ。例え本当はしたいと望んでいたとしてもだ。」
「お前はどーなんだよ」
「質問しているのは私だ」
 空気が険悪になりかけてきている。
 最近わたしはどこかおかしい。彼と話そうとすると冷静さを失い、らしくない事をしてしまうのだ。今もこうして、大人げなく精神を逆撫でする言い方をしてしまう。
 私はどうなのか。なぜこうして彼に声をかけているのか、先ずは私から伝えなければならないのではないかと思った。
「私は、」
「……お前と練習が出来ないのは寂しい」
 彼は虚を突かれたように固まった。眉間に寄せられた皺がふっと緩み、ぽかんとした間抜けな表情に変わる。
「……ふん」
「なんだよ、お前寂しかったのかぁ?」
 言わなきゃよかったと思った。彼は直ぐににやにや笑いを浮かべながら椅子を近づけ、私の顔を覗き込む。この前と全く逆の立場になったかのようだ。
「そうだ寂しかった。悪かったな。笑いたければ笑えポルナレフ」
 ああ待ってくれよ! ポルナレフは慌てて私の肩を叩いた。
「実を言うと俺も寂しかったんだ、あれっきりなんてよ。暇な時間だってつまらねぇし」
 だからさ、ほら。仲直りの乾杯だぜ。
 二人で乾杯し、ワインをちびちび飲む。
「観光客用のがあって助かったな。大人の仲直りってのはよ、やっぱ酒の力が必要だぜ。」
「全くその通りだな」
「俺からもひとつ素直に打ち明けるとよ、実は俺一人でも手品の練習してたんだぜ。花京院を元気づけてやるために始めたけどよ、お前のことも驚かせてやりたくなったんだ。ただ教えられるだけなんて俺の性に合わないし」
 私は思わず顔を上げ、彼をまじまじと見つめた。
「お前が一人で練習を?」
「そうだってば!」
「やって見せるけどよ、下手でも笑うなよ? 誰にも見せたこと無いんだ」
「いいだろう。私が教えてやる。」
 彼はひらりとバーカウンターを飛び越えて私の向かいに立った。カウンターの向こう側は一段高くなっており、座っていると彼の手元が正面によく見える。
「ほら、見てろよ」
 彼はコインを親指で高く弾き上げて落ちてきたのを手の甲で受け止める。何度か繰り返し、手を広げてコインをキャッチするのを目で追いかけた。
 最後にもう一度、彼は一際高くコインを弾き上げ、しかし真っ直ぐに我々の間に落ちてきたコインは音も立てずに行方をくらました。
「何処にやったと思う?」
 彼は両手を広げてひらひら降ってみせる。私が教えたことのないトリックだった。以前教えていた最も簡単なコイン隠しのトリックなのであれば、彼はすぐに手の中を見せることはしない、間違いなく肘の内側を一度触れているはずなのだ。
 注意深く見つめていたのに全く見破れなかった。
「アームカバーか?」
「そう言うと思ったぜ。だけどよ、ハズレだ」
 彼はアームカバーを外して目の前で軽く振って見せ、私は悔しさで小さく唸る。
「おい本当に分かんねーのかぁ?」
  彼は相変わらず、得意げに笑っている。早く秘密を明かしたい、手品のタネを教えて驚かせてやりたくて仕方がないといった態度だ。
「分からなかった」
 彼は勿体ぶってワインを飲み干し、グラスをカウンターにこつりと置いた。何気なくグラスの方に視線をやったところで、私はようやく異変に気がついた。
 このワイングラスにはステムが無い。まるで空間が切り取られたかのように、カップの部分だけが空に浮かんでいる。
「よぉく見てみな」
 目を凝らすとほんの僅かに空間がずれている。これは、ひょっとして。
「鏡か」
 ようやく分かったかよ。彼が満足げににやりとした。
「片手だけでコインを隠して移動させんのはまだ出来ねぇからカウンターテーブルに鏡を仕込んだんだ、斜めに置いてさ、コインは後ろに隠す。」
 思わずほうと声が漏れた。単純だが有効的なトリックだ。
「よく思いついたな。道具を活用し、苦手な分野を知恵と機転でカバーして相手の意表を突くというのはなかなか出来ることではない」
 ……まあ、お前が入院してる間にも俺は成長してたんだぜ、分かっちまえばアホらしい理屈だし。素直に褒めると彼はやや決まり悪そうに謙遜している。
「でもさ、ここがよく分かんねぇんだよ。ここが出来たら小道具は必要無いのに、コインを隠すとき指が上手に動かせねえ。だけどお前なら出来るよな? 教えてくれよ、アヴドゥル。」
 私たちは深夜まで飲み、語り合い、楽しい夜を過ごした。お互いに冗談を飛ばし上機嫌にげらげらと笑いながらホテルの廊下で彼と別れ、自分の部屋に戻る。
こうして誰かと酒を飲み交わすのは久しぶりだ。
 私はまだ頰が緩んでいる。彼と仲直りできた安心感と、確かな満足感を抱えながらつらつらと考え事をする。今晩はぐっすり眠れそうだ。
 あの態度。間違いない、彼は私のことが好きだ。私に恋をしているのだ。きっと。おそらく。
 そして私は彼のことを……まあ、よく分からんやつだが憎からず思っている。
 いや、結構かわいい奴だ。実際に彼は皆から好かれている、旅の欠かせないメンバーだ。思わず揶揄ったり、世話を焼きたくなったりしてしまい、彼を見ていると全く退屈しない。結局のところ彼には、どうにも抗えないほっとけない魅力があるのだろう。
 彼の為に死にかけても褪せないほどに。
「お前が相談事など珍しいな。どうしたんじゃアヴドゥル。」
「もしも世話の焼ける友人が気になり始めたらどうすれば? 馬鹿げたきっかけではあるのですがそいつが私のことを好きなのではないかと考え始めてからというものの、そいつのそばに居ると意識してしまいそわそわするのです。」
 
 酔って考え事をすると、どうも尊大な思考になるようだ。私は昨晩までの自信と期待に満ちた青くさい分析を完全に改め、今は恥を忍んで昼下りのカフェテリアでジョースターさんに相談に乗ってもらっているのだった。
 
「好きなんじゃないのぉ?」
 ジョースターさんの答えは投資家らしくシンプルだ。おそらくそう答えるだろうと考えてはいたのだが。
「それは典型的な恋の始まりじゃろうが。理屈じゃあないんだ、気づいちまったら我慢するほうが身体に悪い」
「はあ」
 あのアヴドゥルがねぇ。
「しかしアヴドゥル、相手が自分のことを好きそうだからと言う理由だけで手を出すのはよした方がいいぞ。相手の気持ちに左右されず自分自身で考えるべきだ、[[rb:お前が > ・・・]]そいつをどう思っているのか。
 自分より若く未熟な相手なら特に。何より相手を傷つけるし勢いに押されて思いがけない失敗をすることもありうるからな……」
「実体験がおありで……?」
「あーもう、何なんだよこれ!? 指先を使わずにコインを持つなんてよ、絶対出来っこねぇだろ!」
 久しぶりの個室部屋だというのに彼は解散してすぐに私の部屋に上がり込み、我が物顔でベッドに座り込んで手品の練習をしている。
 しばらくぶりに再開された二人での練習だったが、彼はやはり細かい手先の動きで躓いている。何度目かに失敗し不機嫌にコインを放り投げ、この間の殊勝な態度は何処へやらだ。
「そう不貞腐れるなポルナレフ、手のひら全体を柔らかく使うんだ。慣れればすぐにできるようになる」
 はあ? 柔らかくだと? 彼は食ってかかった。
「俺の手は剣を握るための手だぜ、見ろよ、あちこち傷があるし指先はささくれてタコが出来てる! タロットカードばかり触ってるお前とは手が違うんだからそう簡単じゃあねぇんだよ」
「手なんて誰でも同じだ。いいから練習を続けるぞ、もう一度最初からだ」
「ほら! フワフワじゃあねーか!」
 距離を詰められ、彼に突然両手を握りしめられた。触り心地が全然違う。彼の手は暖かく、あちこちの皮膚が硬くなっている。真剣な表情で目を伏せる彼の、胼胝が分かるかさついた親指が私の手のひらをなぞり、私はついどきりとした。
「赤ちゃんの手みたいだぜ。柔らかくてさ、しっとりしてて」懐かしいぜ、あの赤ん坊元気かなー!
「もういいだろう」
 恥ずかしさを覚え手をほどいた。赤ちゃんの手だって? そんな風に例えられたことは初めてだった。
 対して、彼は平気そうだ。この程度の接触は屁でもないのか?
「上達したいなら練習に戻れ。まったく何なのだお前は」
 ほら、教えてやるから前に詰めろ。
 私はため息をついて鏡台の前から立ち上がり、ベッドに乗り上げた。彼の後ろに足を開いて座り込んで密着し、手を重ねる。彼が息をのんで身じろぎした。
「一緒に動かしてやるから覚えろ。そうだ。」
「こうやって動かす」
 後ろから座り込んで腕を回し、彼の両手を握ってそのまま動かす。体温が移ってぬるいコインを二人の手の間にはさんだ。
「耳元で喋んなよ!」
「身長がさほど変わらないのだからしょうがないだろう。指の間にしっかりコインを挟んで、もう一度だ」
「……うう」
 彼はいつになく怯んでいる。
「何をもたもたしているんだ」
 作戦通りだ。私はうきうきとほくそ笑む気分を抑え、素知らぬ振りをして練習の続きを促す。
 我ながら良い場所についたと思った。ここからなら彼は動けず会話をしても私の様子は彼に見えないし、私は彼の表情や細かい動きをすぐ側で観察できる。逃がさないように捕まえて、ゆっくり彼の本音を暴いてやろう。
 彼は落ち着きがなく惚れっぽいし、機嫌も考えもころころ変化してどうにも読みづらい。とにかく、彼から本音を聞き出すためにはこうしてがっしり捕まえて、どこにも逃がさないようにするのが一番なのだ。
「ほら、もう一度やってみろ。いいぞ、いい指遣いだ」
「……、あのさアヴドゥル、」
「なんだ」
「もう! お前本当に気づいてねーのか?」
「俺ら今すっごく恥ずかしい体勢になってないか!?」
 ……どうやら私はまたやってしまったのかもしれない。なぜ今まで気が回らなかったのだろうか、私は時折こういう所があるのだ。彼を意識し始めていると言うのに、コイツはどうにも世話が焼けるという気持ちが私を妙な行動に駆り立ててしまうのだろうか?
 彼が暴れると腰に尻がぐいぐい押し付けられる。
「……」
 鉄製の防具をつけていて良かった。
 大失敗だった。
 いくら考えても彼の気持ちはさっぱり分からない。本当に分からないやつなのだ、明るいようで内省的、人懐っこく明け透けなようで誰にも近寄らせない領域がある。
 彼は私をどう思っている?
ジョースターさんに言われた事を思い出した。[[rb:私は > ・・]]彼をどう思っているのか。
 そうだ、彼の気持ちを推し量って答えを探ろうと思案しても意味がないのだ。答えは私の中にあり、見つけるのは私だ。彼に触れ、彼との対話を試みると私がおかしくなってしまう以上、私はただ自分自身と対話をして答えを見つけなければならない。
 あっと驚かせるタネを握っているのは私だ。
 早朝。我々はこの土地を離れる。私はひと足先に車の運転席に乗り込み、ホテルのチェックアウトや旅の手配を済ませているジョースターさんと承太郎を待つ。ポルナレフもふらふら追いついて後部座席に乗り込んだ。私はミラー越しに彼を観察する。
 彼はなんだか元気が無い、思い詰めたような表情をしている。ちょうど、考えごとがいつまでも頭に巡り続けて眠れなかったかのように。
「アヴドゥル、実は言っておかないといけないことがあってよ。お前の意見が聞きたいと思ってる」
「なんだ。さっきのトイレなら綺麗だったから早めに済ませてこいよ」
「恋の相談なんだ」
 声が出なかった。
 承太郎と俺だけの秘密にしておこうと思ってたけどよ、やっぱりお前には言っておくぜ。きっとお前にも関係があると思ったんだ。彼は不器用に前置きをして、そして話し始める。
「この間スタンド使いと戦った時にさ、俺はガキに戻った。記憶まで昔に戻っちまってお前らのことも思い出せなかった。故郷で家族と暮らしてた時の、スタンド能力があるだけのただのバカなガキだったんだ。
 その時俺、レディに出会ってさ。今の俺と同い年くらいだったかな。美人だったし、すごく優しかったんだ。怪我してるガキの俺を家に連れて帰って風呂に入れてくれた。」
 胸に痛みを覚えた。気がついた時にはもう遅かったのだ。
「スタンド使いは俺を追ってきた。彼女にも危険が及んで、俺らはマジでピンチだった。それでも機転と知恵で乗り越えたってやつだ、手強い相手だったが俺と承太郎で返り討ちにしてやった。俺は彼女を守れたんだ。
 でもさ、大人に戻って彼女と再会した時俺は名乗り出なかった。旅の使命を思い出したし、俺みたいなやつと一緒にいるのは危険だからだ」
 だから彼女とはこれで終わりなんだ。
「……そうか」
「後悔はしてねぇんだ、勝つ為にって言ってもよ、俺らは戦う流れ者だ。今回は守れたけど次、俺がそばにいなかったら? 俺が戦えなかったら?」
 それになんとなく感じるんだ、スタンド使いは惹かれ合うって。チャリオッツがいる以上俺にスタンド使いは近づいてくる。守るためには俺はそばにいないといけないし、俺がそばにいる限りスタンド使いはまた現れる。そいつが悪いやつだったら何度でも、彼女は危険に晒される。
「昨日の夜、シェリーを思い出したんだ。
 力の弱いガキの俺でも、悪いスタンド使いの手から彼女を守れた。俺にやっと出来たんだって思ったよ。何度も考えてきたからな、俺が弱かったから助けられなかった、あの頃の俺が今くらい強かったら守れたんじゃあないかって」
 でも分かったんだ。俺はあの頃よりもっとガキに戻って、それでも側にいる彼女を守ってやれた。俺に出来たんだ。だから妹のことで俺が自分の弱さを責めたって仕方がねぇんだ。」
「ああ。」
 彼はきっと、自分の罪悪感を昇華するひとつの理由を見つけられたのだと思った。復讐を終え、彼にとって大切な誰かを守った事で、彼を苛む後悔は無くなったのだ。
「良かったではないか。これは占い師としての勘だが彼女はきっとお前と終わったとは思えていないだろう、この戦いが全て終わったらまた会いに行けば良い。お前は彼女を失わなかったのだから。
 それにお前は、復讐心と罪悪感に対して一つの答えを見つけられたのだ。」
 私は彼に提案をした。白々しい明るさだった。
 答え、か……。
 それでも、彼の表情は晴れない。
「でもさ、これで良かったのかな? 俺ってずっとスタンド使い以外のそばには居られないのか? 俺の答えはそうなんだ、これからもこうして生きていくことになる。」
 花京院のやつがさ、あいつ、スタンドを見れない一般人にはずっと心を晒け出せなかったんだと。相手が本当の自分を知らないままで仲良くなったり、恋をしたり出来る筈がないって。お前のスタンドも生まれつきだろ、お前は、お前の答えはなんだ?
 俺は花京院とは違うと思っていた。知らなくたって愛だ、相手のことなんて何も分からなくたって、信じて与えることが愛なんだって俺は思うよ、だけどさ、それで結局何度も失ってきたんだ。
 だから頼む、占ってくれよ。答えが欲しいんだ、俺の選択が間違ってなかったって証明してほしいんだ。
「……それは出来ない」
「なんでだよ! 占い師だろ!」
 彼は泣きそうな顔で怒っている。私は彼を本当に気の毒に思った。私のような人間に相談をしたばかりに、彼は答えに辿り着くことが出来ない。
「占い師が願望を持ってしまえば、正しい答えは導き出されない。すべての暗示は意味をなさなくなる」
「……それって、」
「お前の人生に対して私は願望を抱いている。幸せに生き続けてほしいと、私は勝手にお前に期待をしている」
「何でだよ! 何で俺にそんなこと!」
「……すまない。」
 これが私の答えだった。
 夕暮れ。
 私たちはとうとう退院した花京院と再会した。再会をゆっくり祝う暇も無く、DIOの館の在処もようやく判明したようだった。
「この調子ならお前が手品を見せてやるのは、全てが終わってからになりそうだな」
 隣にいるポルナレフに声をかけると、彼ははしゃいで私に軽く肩をぶつける。私たちの友情は案外にしぶとい。
「打ち上げってことでさ、みんなでメシでも行って披露してやろーぜ。ここらで派手なステージがある美味い飯屋教えてくれよ、イギーも入れるところだ」
「いいだろう。レストランなら私の仕事場の近くに幾つか……おい」
 私が頷いた頃には彼は花京院の方に走って行ってしまい、途中から話は聞いていないようだった。
「なー花京院、俺の手品は進化したんだぜ! きっと今度こそ驚くぜ、絶対に見破れっこねぇだろうよ」
「君がか? 一体誰に教えてもらったんだ」
「アヴドゥルだよ! なんたってアイツのカードの暗示はよ、[[rb:魔術師 > マジシャン]]なんだぜ?」
「じゃあ期待しておくよ。あれからどれだけ上達したか見てやるのも面白そうだ」
 お前見てねーだろ!
 前から聴こえてくる二人の会話に耳をすませた。
 花京院が無事に退院してくれて嬉しいのだろう、ポルナレフは親しげに肩を組んでおしゃべりしている。花京院も暑いとか文句を言っている割に振り払ったりはせずに会話が盛り上がっているところを見ると、彼も久しぶりに仲間たちと合流して喜んでいるようだった。
 皆が花京院を取り囲み再会を喜んでいるが、ポルナレフはちゃっかり一番近くにいる。本当に人の懐に入るのが上手いやつだ。あんなに皆から好かれているのはきっと彼が、皆のことを信頼しきっているからなのだろう。
 これから起こる戦いは、我々にとって最後の戦いとなる筈だ。敵は不気味で強大だ。そんな差し迫った時であるのに、こうして皆が和やかに再会を喜べるのはきっと、我々の旅を象徴する友人たちとの確かな絆があるからなのだろうと感じた。
 少し出遅れた私は苦笑して後ろから着いていく。彼が私に対して考えている事が私には分からなくとも、私の彼に対する思いは確かに私の中にある。それに彼もまた仲間たちとの旅を、心の底から楽しんでいることさえ分かれば私にはそれで十分だった。少しばかり離れていたってこうして後ろから、危なっかしい彼を見守っているくらいがきっと自分には丁度いいのだ。
 突然だった。
 花京院と肩を組んでいる彼が不意に振り返ってこっちを見つめた。彼の視線は青く冴え、私は心臓をひと突きにされたような感覚を覚えた。
 真っ直ぐに目があった。視線を逸らせない。貫かれて刺し留められたように彼と見つめ合った。そういえば私はずっと彼を見つめていたのだ、今までだって何度も目があっていた。
 彼が悪戯っぽく笑った。ずっと彼を見つめていたことがとうとう本人にバレてしまったような、そんな笑い方だった。
「そういう訳でよ、アイツにはちゃあんとお礼を言っておかないといけなかったのを忘れてたぜ。すぐ戻る!」
 仲間たちに声をかけてつかつかとこっちに近づき、彼は私を路地裏に引き込む。私たちは狭くひと気のない路地裏で窮屈に向かい合い、人いきれと市場の喧騒をひととき忘れ去った。
 彼の態度は何よりも雄弁だ。銀のように鋭く輝き、明瞭に冴え渡り彼の感情を伝える。
 ずっとそうだったのだ、気づかない自分の鈍感さに愕然とする。私は何も言えず、息を潜めて彼の言葉に注目した。彼が何度か咳払いをする。
「今まで手品を教えてくれてありがとよ。すげぇ楽しかった」
 彼にしては素直なお礼だった。
「いいんだ、私も楽しかった」
 日々上達する彼を見るのは楽しかった。彼の話を聞くのは本当に楽しかった。この旅が終わっても何度も取り出して思い出す美しい記憶の一つに、確実に彼はいるのだろうと分かっていた。
「だからさ、俺からもお前に教えてやりたい事があるんだ」
「ほう」
 彼は本当に可愛いやつだと思った。そんな対価を払わなくたって、私は彼になんだってしてやれると言うのに。
「どうぞ」
「俺に言いたいことがあんならよ、早めに伝えておいた方がいいぜ。」
 これは経験豊富なアドバイスなんだぜ、約束なんてしたってこの先分かんねぇんだしよ。言っておくが俺だってモテる、後悔すんのは嫌だろ?
「それは、」
「とぼけんなよ」
 私たちの視線の高さはほとんど変わらない。彼に知らぬふりは通用しないのだ。
「俺はな、アヴドゥル。自分のことは自分が一番分かってる。一人で旅しながら何度も自問自答してきたし、チャリオッツは俺自身だからな。お前だってそうだろ? 俺たちはよく似てるのに、お前はヘンに大人ぶっていろいろ考えて遠回りしてるみたいだけどよ」
 彼の口調は確信を持っている。剣のように真っ直ぐに、騎士のように正々堂々と答えに進んでいる。
 だから俺は、お前が今考えてることだって分かるんだぜ。
 私の心臓は追い詰められたように早鐘を打った。彼は息を吐き、そして私に伝える。
「俺に良いトコ見せたいんだろ?」
 彼は挑戦的にこっちを見つめる。自信に満ちた彼の瞳の奥にほんの少しの不安を読み取り、私は思わず微笑んだ。
「……お前には敵わないな」
 そうだ、最初からずっとそうだった。彼に良いところを見せたかった。闘いにせよ手品にせよ、そしてもっと深いところまで。私は彼に生きる道筋を示してやりたかった。
 それで今、彼に良いところを見せたいなら私がすべきことは一つなのだと分かった。
 しかし、[[rb:これ > ・・]]は。私はこれを何気なく出来るほど器用でもキザでもなかった。生まれ持った素質は同じだとしても環境も思考も違うのだ、きっとこういう事だって息をするように出来るようになるためには反復練習が必要なのだった。イメージトレーニングを重ね入念に準備し、言葉と演出で飾り立ててからようやく披露してやる筈のものだった。
「成功するかは分からんのだが。」
「やってみろ、俺が教えてやるよ。」
 覚悟を決める。彼の耳元に手を伸ばす。指先が耳を掠め微かに襟足に触れ、私は彼の首筋に手を添える。
end
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Latest / 2,368:59
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11:55
とおりすがり
PMさんこんばんは〜!二人のやりとりが可愛くて萌えです🫶
17:18
しらふじ
こんばんは。配信ありがとうございます!プロット・下書きの置き方とても参考になります
17:58
しらふじ
ゴースト…!
24:16
蜃末
楽しみにしてたお話!遅くまでお疲れさまです見守らせてもらいます〜
44:35
PM
コメントありがとうございました😊一旦切り上げます!
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向き
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コインと魔術師 アヴポル
初公開日: 2024年08月15日
最終更新日: 2024年10月19日
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メチャクチャ下書きです ちょっとだけ!
ポルナレフのジャケットの秘密
ポルナレフの昔持っていたジャケットをめぐり、一人旅の思い出をジョセフに話します。性的な描写は挿入なし…
PM
ワンライ#3
30でりだつしちった
きょむい〜ぬ