星は人類史には密接な関係にあった。空とは人類には手の届かぬ憧れであった。今も尚宇宙への、地球そのものへの探究心は尽きぬことは無い。だが、人類が宇宙から目を逸らした事がこの世界には一度だけある。地球外からの侵略を許した、デスドライヴズとの大戦である。イサミ・アオは空を見上げた。視界いっぱいからはみ出ても、わけいってもわけいっても昏い色。そこにぽっかりと浮かぶ月と、彩り埋め尽くすかのような星々がある。星とは地球のような惑星の爆発により届く光である。この瞬間にも、地球が爆発するかのような諸行無常の出来事が宇宙では起こって、きっとイサミ達と同じ人間のような生き物が死に、新たに生まれている。昏い空を無心に眺めていると、イサミは膨大な宇宙の果てに意識を飛ばしかけていた。そこに、陽気な声がやってくる。
 「よう、Bro」
 ルイス・スミスである。もみくちゃにされた歓迎と検査の嵐から抜け出して、ようやく一個人となった彼が、コナビールの瓶を二本だけ持って、手を挙げてイサミに笑いかけている。何も答えなかったが、勝手知ったるとスミスはイサミの了承もなく、彼の横に腰掛けた。
イサミがスミスを見やると、彼はそわそわとしているかのようだった。座り心地の悪い椅子の上で安定感を求めるかのように。だが気取られまいとしたのか、スミスは勢いよくビールを一気に飲み干す。
 「…はあっ!」
 スミスの声だった。米軍海兵隊所属のルイス・スミスではなくてスパルカイザーを握り締めた少年が大人になった事を堪能するような、夢みたいだと呟くような。
 「イサミの分もあるぜ、飲もう」
 「ああ」
 イサミは頷くと瓶を受け取った。ここはヴェルム・ヴィータ撃破の後、ハワイにて。平和と自由を噛み締める夜だ。人類史に残る夜だ。それなのに、イサミはまるで合同演習で出会ったばかりかのような最小限の動きと感情である。スミスは不安げに尋ねた。
 「なぁイサミ。なんか…怒ってる?」
 「いや、何も」
 「なんだか急に大人しいというか、出会った頃みたいだ」
 「そうか? 俺は元々こうだよ」
 イサミはそう言って、横にいるスミスにほほ笑んだ。彼がスミスに心を開いている事はその笑顔から明らかで、スミスは照れ臭さがカッと顔を上ったので咄嗟に前を向いてしまう。反則だなと思いながら飲んだビールはなんか甘くて、酔えた物じゃない。イサミはそんなスミスを気にした様子もなく、また空を見上げていた。
 「ブレイバーンが初めて来た日。あの日もこんな星空だったな」
 スミスも見上げる。まるで落ちてきそうな星空は、人工的な明かりの少ないハワイならではだ。勿論他の理由もある。デスドライヴズの侵攻により、人類は敵に居場所を知られるのを恐れ、灯りを手放してしまった。そのせいで、一時的に地球に美しい星空が戻ったのだ。手放しで喜べぬ悲しい理由がそこにある。スミスはその悲哀を思い出して、小さく頷いた。イサミは続けた。
 「お前に、ブレイバーンに乗ってなんとか塔を倒した後。残務処理に俺は行けなかった」
 当時のイサミにはスパイの容疑がかかり、即座にブレイバーンから降りた瞬間にダイダラ部隊から引き剥がされ、隔離された。処遇は追って説明すると言われ、翌日にはCIAの尋問を受けることになるのだが、その時に即席の隔離部屋の窓から、星空が見えたのだという。まだ炎が散り、生死を問わず瓦礫の中に残された人々を救う部隊の姿が見えていたが、イサミはあの時、世界から取り残されたと思った。生者である事を咎められているかのようなプレッシャーを感じた時、見上げた空の星の光は力強く……見入った。
 「何でか分からないが、その時俺は。…死んだ人達が星になったと思ったんだ。それで、俺を見守ってくれてる気がした」
 いつもなら降ってきそうな星空!まるで押し潰されそうな圧迫感!それなのにその時は、イサミの上にある星の瞬きは、戦犯者にされかねないイサミに平等だった。優しかった。光るだけで、それ以上何も言っては来なかった。オペレーション・ボーンファイアの時に見た星空も、人生で見た最も美しい星空であったに違いない。だが、心に残って今でも焼き付いているのは、あの時の染み入るような孤独の中で得た、まるで灯りのような光のじゅうたんだ。
 「俺もそうだよ」
 スミスが同調したのは優しさかと思ったが、イサミが彼を見やると表情から見るに違うらしい。
 「ブレイバーンになった時。ヒーローになったのに、夜になって突然怖くなった。俺は9mのひとりぼっちのヒーローだったのに、星は。星はさ、いつもと同じだったよ」
 まるで落ちてきそうな星空に、人類はいつも命運を、吉兆を感じた。流れる星に恐怖を、科学の進歩により流星群は楽しみを与えた。この宇宙の片隅で、同じ星空に癒された。それだけで愛情が高まって、深いキスする理由には十分だった。スミスがイサミのくちびるを軽く吸って、名残惜しげに離れるとイサミの顔は首まで赤らんでいる。きっと自分もそうだとスミスは手で顔を覆った。星空は応援はしてくれるが、決定打は与えてくれない。いいんだ、それだけで。きっと愛していると。君はこの世の光であれと。…無数の星の中で、死にゆく惑星の中で、俺達と同じ人もきっといたんだよな。そんな天文学的な馬鹿げた事を言ったと思ったのに、イサミは太陽のように笑ってくれる。
 「きっとそうだ」
 もう宇宙からの侵略はごめんだけどな、とイサミが笑ったのでその通りだとスミスも笑う。この時見た星空を、きっとこれからもずっと忘れないだろう。
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