環くんの仕事が立て込み始めた。夏のライブで発表する新曲の振付が大詰めになっている。
 今年の春に高校を卒業した環くんは、ダンスや振付の勉強にいっそう打ち込んでいる。身体も鍛えて、かっこよさに磨きがかかった。いつの間にか一人で起きられるようになっていたし、夕食後にゲームをしている姿を見かけることも減った。
 ずっと一緒に暮らしていたのに、楽屋や脱衣所で着替えているところに居合わせると、ドキドキしてしまう。撮影でも、見劣りしないようにと気を張ることが増えた。環くんとの接し方に悩んでいた頃に似ているけれど、居心地の悪さを感じるわけではない。むしろもっとそばにいたいと願っている自分がいる。先のとおり、環くんは忙しいからあまり邪魔してはいけないのだけど。
 そんなジレンマに悩まされながら、今日もなんてことのない夜が来る。家事を済ませて、僕も曲作りを進めなければならない。ライブの直前に、楽曲提供を依頼されている仕事の納期が重なってしまったのだ。万理さんは調整を提案してくれたけれど、メンバーにも相談した上で、先方から依頼されたスケジュールで進めることにした。周囲に頼れるようになった今の僕なら無理ではないと、皆で判断した。
「あ、環くん。洗い物はやっておくから、お風呂に入ってきたら?」
 少し遅めの夕食を食べ終わった環くんに、何の気になしにそう声をかけた。環くんは真顔でしばらく何かを考えた後「いーよ」とだけ返事をした。
「でも、今日一織くんに相談して、作り直しになったところがあるんだろ」
「いーって。そーちゃんも仕事あんだろ」
「大丈夫だよ。いい気分転換になるから」
「んなこと昨日も言ってたじゃん。気分転換してばっかじゃん」
 痛いところを突かれた。作業が捗っていないわけではない。僕が環くんに構いたいだけだ。
「さぼっているわけじゃないよ」
「んなことは言ってねーじゃん。いいから。俺やるから」
 リビングにいた三月さんから「環にも気分転換させてやれ」と助け船を出された。今は少し距離を置いたほうがいいかもしれない。ごめんね、と声をかけそうになるのをこらえて、入浴の準備をして浴室へ向かう。ピロンとラビチャの通知が鳴って、メッセージを開くと大和さんから「あまり長風呂しないように」と忠告の言葉をいただいていた。考えすぎるなということだ。
 誰にも言ってはいないけれど、自覚し始めている。僕はきっと、環くんのことが好きだ。嫌われたくない──とは思うけれど、今さらそんなことで悩むような間柄ではない。だからかえって接触を増やしてしまう。歯止めが利かない。気付けば環くんのことを考えている。
 洗い場に居合わせた陸くんから「頭洗うの二回目ですよ」と言われつつ、のぼせる前に湯舟を出られた。環くんの生活に不安があるわけじゃない。互いに忙しくてゆっくり雑談をする暇もないから、もう少し一緒にいたいと思っているだけだ。こういう時、何人かで作業できる大きな部屋があったらいいのにな、などと考える。自分は作業に集中すれば、好き勝手に引きこもるくせに。
 何かいい口実はないだろうか。環くんのためになることがいい。僕はコーヒーを淹れてもらった時とてもありがたいと感じたけれど、環くんは振付を組み立てながら動き回ることが多いから、そんなもの悠長に飲んではいられないだろう。
 となると、とりあえずは食べ物だ。髪を乾かすのは後回しにして、大和さんと三月さんに──三人のグループチャットにメッセージを送る。
『環くんに評判のよかった混ぜご飯を教えてください』
 このグループチャットは、IDOLiSH7結成時に、成人していた三人で作成したものだ。高校生だった二人が卒業した時、僕から削除を提案したけれど、「年上二人とのグループってことで残しておきなさい」と止められた。
 残しておいてよかった。「おかか、白ごま、めんつゆ、天かす」なんて僕には想像もつかなかった回答が返ってくる。
「たまごふりかけとかではないんだな……」
 つぶやきながら小さめのおにぎりを三つ握って、ソファで寝てしまった三月さんに備え付けのブランケットをかけつつ、そうっと二階へ上がる。ノックをしてもいいか迷ったけれど、結局そうするしかない。名乗らず戸を叩いたら、すぐ「いーよ」と返事があった。
「お邪魔します……」
「そーちゃん。どした?」
 床にあぐらをかいてノートを広げていた環くんに、先ほどまでのピリピリとした雰囲気はない。こういう時、やっぱり僕の態度が良くなかったのだろうな、と思う。環くんの機嫌を損ねていても、結局はそう捉えるのだけど。
「おにぎりを作ってきたんだ。少し休憩しない?」
「やった。何個ある?」
「三つあるんだけど、一つは一緒に食べてもいいかな」
「へへ」
 環くんは嬉しそうに笑うと、ベッドに寄りかかって隣に座るよう促してくれた。やむを得ず床で食事を摂ったことは何度もあるけれど、メンバーと一緒だと、ピクニックをするみたいでいつも胸が高鳴る。──ということにした。隣にいるだけで、最近は少し緊張する。
「困っていることはない?」
「ヘーキ。誰かさんと違って言えっし」
 意地悪な言い方に聞こえるけれど、環くんなりに僕を慮っているのだと分かる。急に部屋を訪ねたものだから心配をかけたのかもしれない。
「僕だって何かあれば相談するよ」
「ほんと? ……じゃあさ」
 横に並んで座っていれば、真っ向から目が合うことはないと思っていたのに、環くんが僕の顔を覗き込もうとしている。おにぎりで顔を隠してしまいたい衝動に耐えつつ、環くんの次の言葉を待った。
「なんで来てくれたん?」
~続きはまた今度~
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8/25の本かもしれないし、そうじゃないかもしれないし……
初公開日: 2024年05月13日
最終更新日: 2024年05月15日
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コメント
8/25の本かもしれない……。進みが遅いかもしれない……。お気遣いなく……。