「人間にごく近い、だと?」
「従来のサポートAIの機能は、言ってしまえば[[rb:火器管制装置 > FCS]]の延長線上のものでしかなかった。しかし、より柔軟な戦術的思考に加え、戦闘時間の長期化、パイロットへの精神的負担といった問題を解消するため、より人間に近いAIを開発する必要があると我々は考えている。」
ワンは機体を見上げる。ダークブルーに塗装されたその機体は、なぜかワンの胸中をざわつかせた。この機体のコクピットに入りハッチを閉めたとき、そのときに自分は、己の屍が収められた棺桶の蓋をも自ら閉めているのではないか――そんな不吉な考えが足元から這い寄ってくる。
その不安をかき消そうと、ワンはかたわらのストレッチャーに視線を向けた。
ストレッチャーの上には、ルイリーが安らかな表情で身を横たえている。頬に手を触れると、そこには確かな生身の感触があった。しかし、その生身の肉体にルイリーの魂は縛られているかもしれないのだ。
「次に妹と会うときは、彼女は自分の足で立っているだろう」
「貴様の意見など聞いていない」
「ではなぜ、この提案を受け入れた?」
「貴様を信用しているのではない。貴様の所属している企業の技術を試す気になっただけだ」
ワンの言葉に、彼のもとにこの提案を持ってきた男は眉ひとつ動かさずに淡々と答える。
「ではこちらも、あなたを試させてもらうとしよう。あなたにはこの機体に乗り、こちらの指示に従って作戦行動を行ってもらう。無論、機体の修復や弾薬をはじめとするサポートとバックアップは全てこちらで行う。今までのように寄せ集めの機体で無計画な戦闘を行うよりはいいだろう」
「……」
「そしてあなたの妹、ルイリー・チャンについてもこちらに任せてもらいたい。少なくとも[[rb:闇市 > ブラックマーケット]]で手に入るわずかな衣料品に頼るよりもマシな環境は約束しよう」
男の言葉を半ばまでも聞かず、ワンはもう一度ルイリーの頬に触れた。そして、その小さな手を、彼女自身の力と意志がまったく感じられないその手を、それでもワンは握った。すがりつくように。
ストレッチャーがかすかな車輪の音を[[rb:格納庫 > ハンガー]]内に響かせて去っていくのを、ワンは黙って見送っていた。
『いつまで寝てるのこのざーこ!』
耳元で響くその声に、ワンは思わずベッドから飛び起きた。と同時に全身の骨がきしむような激痛に襲われ、背中からベッドに倒れ込む。
ワンが身を横たえていたのは、もう見慣れてしまった清潔なシーツとベッド。凍項電子開発公司が用意した医療施設、その一室だ。
凍項電子開発公司との契約以来、ワンは試作機体での戦闘に明け暮れていた。その機体と社から依頼される戦闘任務に、ワンは文字通り振り回されていた。
より多くのデータを得るためにはより多くの戦闘をこなさなくてはならない。しかも援軍や僚機はなし。単独での戦闘を強いられるばかりか、試作機体の加速機能は明らかにパイロットへの負担を考慮していない代物。ワンは戦闘のたびにここへ担ぎ込まれ、最新の医療措置を施されては強制的に回復し、再び戦場に駆り出されるという毎日を繰り返していた。
それに加え、彼を振り回しているものがもうひとつあった。
『もう任務も29件目だっていうのに、いちいち満身創痍でヘバるのやめてもらってもいいですか~?』
「うっせーなこのクソガキが……」
病室のスピーカーから聞こえてくる小生意気な幼い少女の声に、ワンは顔をしかめることしかできない。
殺人的な加速機能を持つ試作機体以上にワンを振り回しているのはこの少女――の姿をした、サポートAIだった。