振り向いた先には誰もいなかった。別に人に呼ばれたわけでもない。何なら周りには人の気配すらないのだ。ただ、無作為に建つ寺社仏閣が長い影を落としているだけ。そんな中で僕は傍から見れば虚空をじっと見つめている不審な人物だろう。
ここは、呪術高専の敷地内である。そんなところで僕が見つめているのは何かと言ったら、建物と建物の隙間のような細い道である。
実を言えば、この先に何がいるのかはとうにわかっていた。それならば、すぐにでもそこに向かうべきであったが、どうにも気が進まなかった。
それが何に起因しているのかは僕自身も分かってはいない。いや、わからないと言うよりかは「言葉にできない」。そちらの方が的を得ているかもしれなかった。
強いて言うとすれば、そこがひどく「あの時」の場所に似ているからだろうか。あの時ーー親友を殺した時の場所に。
そんなことを考えていた僕は慌てて首を振る。そんなわけはない。もうあれは割り切った話であるし、今見ると別に目の前の景色はそこまで似てはいないように思えてきた。
それでも以前として僕の足は前に踏み出しそうにない。
ーー何を恐れているのだろう。
まさか、この先には「 」がいないことを? もう彼は死んでいるというのに。「あれ」は人の気配ではないと生まれ持った眼が告げているというのに。
もし、あそこにいるのが彼だったらなんて叶いもしない幻想を抱いている自分にゾッとしてしまう。
僕はふっと息を吐いた。この幻想を、それを抱いている自分自身もどこかに吐き出してしまいたくてたまらなかったのだ。
そして、軽く気配を消して、そこに足を進めていった。
「ニャー」
聞こえたのはやはりというべきかもわからないが、猫の鳴き声だった。下を見ると確かに黒い猫がいた。
何だ、と言いたげな落胆の息が意図せずとも自分の喉から漏れた。期待なんてしない方がいいのに馬鹿らしい。
この黒猫は僕に気付いた様子はない。普段の僕ならもう立ち去っているだろうが、何となくこの猫の顔を見たくなった。ひょいとその猫を持ち上げる。するとこの猫はようやく気付いたようで、反抗してくる。けれどその抵抗は微々たるもので気になるものでもなかった。
この生意気そうな猫の顔を一目見ようと、くるりと回した。
別にその顔面が人面だったみたいな狂気的なことはなく、普通の猫であったが僕は固まっていた。
ついじっとその猫をくまなく見てしまう。呪力が彼のものじゃないか、どこかに残滓は残っていないかと。
しかし、僕の眼は冷静にこれは「夏油傑」ではないと告げる。しかし、この猫はーー
「こいつ、なんか傑に似てるなあ。」
自然と気持ちが高揚していく。大事にその猫を抱えた。もちろん、さきほど期待したように殺したはずの傑が蘇ったわけではないことは理解している。
けれどそう思うのも無理はなかった。手元でびっくりしているかのように固まっている猫は、全身が黒く、少し黄色がかった目を持っていたからだ。その上、もう一つ特徴があった。
「前髪とかそっくり。何でこんなに長いんだろ。」
普通猫にはないであろう前髪のように長い一房の束が垂れていたのだ。それが傑を連想させるのは容易であった。
面白くてたまらず、前髪をついいじってしまう。普通、こんなものが猫に生えているはずがない。やはり普通の猫とは違うかなんて思考しつつ、撫でる。
すると不意に猫が爪を出し僕の腕を引っ掻こうとしたようだった。もちろんそれは無下限によって弾かれる。