数メートル進むごとに、街の風景の中にまるで虫食い穴のように黒い衣装がそこかしこに増えてきているような気がしてきた。いや、私が気付いていなかっただけで、すでに――。
事務所に近づいてきたときには、私は息を切らせていた。ドアを開けた瞬間、見慣れた事務所の中にいるはずのルビはそこにおらず、見知らぬ黒い少女の姿が――そんな妄想が脳裏をかすめた。
「ルビ!」
食材を取り落としそうになりながらドアを開く。そこには――ソファの上に三角座りで漫然とテレビを見ているルビの姿があった。
「どうしたのキツネ。トイレでも我慢してたの?」
こっちの気も知らずにのんきな調子でそんなことを言うルビの姿に、私はその場にへたり込みそうになった。
しばらくして、ルビは私の心配をよそにまともなカレーを作ってみせた。タバコとレトルト食品意外の香りが、場違いにすら感じられる。
「お前、本当に料理とかできたんだな」
「カレーは一人分でいいみたいね」
などと言い合いながら、端末の前のキーボードをどけてカレー皿を並べる。人と向かい合わせで食事を摂るのはずいぶんと久しぶりだ。
一口食べると、なかなか美味い。少なくとも、食べ慣れていたインスタントラーメンよりは食事らしい食事だった。
ふと視線を上げると、ルビがカレーを食べている私を満足気に見つめていた。あまり見ない種類の表情と視線に、反射的に目をそらしてしまう。目をそらした先では、液晶テレビの画面でニュースが報道されていた。
やはりというべきか、ニュースの内容は「prophet」のメンバーであった〇〇の自宅の火災についてだった。火災の原因は未だ不明で、メンバーを失った「prophet」は無期限の活動休止を発表しているとのことだ。
「なあルビ、このアイドルグループ、そんなに人気なのか? 買い物の帰り道にクライアント……〇〇と同じ格好の通行人を何人も見かけたんだ」