では、あのとき事務所を訪れたクライアントは一体誰だったというのだ? その答えを私が出せないでいる間に、ネット上は行方不明だった人気アイドルグループのメンバーの突然の死というセンセーショナルなニュースに沸き立っていった。憶測やデマが飛び交い、悲嘆に暮れ後追い自殺を図ろうとするファンが続出し、SNSのトレンドには常に「prophet」とクライアントの名前が居座っていた。
 さらには各種レコードショップや通販サイトでは、配信、CD問わず「prophet」の作品が飛ぶように売れ、初期の作品はたちまちプレミア価格が付き、その売上は以前の数倍にもなったというニュースが連日飛び交っていた。
 そうしたニュースがまた、「一連の事件はすべて事務所側が仕掛けたヤラセ」だの「文字通りの炎上商法」だのといったセンセーショナルな噂話を作り出し……あとは無限ループだ。私が求めている確度の高い情報は、裏(ダーク)ネットの中にも浸透してきた大量のろくでもない噂話の中に埋もれてしまった。
 もちろん、クライアントから預かった連絡にも連絡してみたが繋がらなかった。
 私はクライアント死亡ニュースが流れた日以来、事務所に籠もって情報収集に努めていたが成果はなし。それまで姿を現さなかったルビが、不意に姿を見せたのはそんな折だった。
「うっわ、酷い顔。ヒゲくらい剃ったら?」
 うるさいノックの音に事務所のドアを開けた私に、ルビは開口一番そう言った。世間がどんなニュースで騒いでいようと、こいつだけはいつもの調子だ。
「余計なお世話だ。で、今日は何の用だ」
「何の用だじゃないでしょ。私はキツネの助手だよ?」
「自称、な」
 ルビは私を押しのけてずかずかと事務所に入ると、中を見渡して大げさにため息をついてみせた。
「やっぱりろくに掃除もしてないしインスタントばっかりでまともな食事もしてないのね。もう若くないんだから、こういう生活ばっかりしてたら病院行きだよ?」
「余計なお世話だ」
「ほら、ここは優秀な助手が掃除しといてあげるから、キツネは買い物行ってきて」
「買い物?」
「私がまともな料理を作ってあげるって言ってるの?」
「お前……料理なんかできるのか? 本当に?」
 返事の代わりに私の背中に蹴りを一発くれて、ルビは事務所から私を追い出した。
 私は仕方無しに、ルビに持たされたメモを手に街に買い物に行くことにした。この年でお使いに行く羽目になるとは……などと思いながら、私は街の雑踏の中を歩いていく。
 数日ぶりの街の空気。太陽の光がやけに眩しい。
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