なんかもう毎週毎週上映スケジュールが追加されてて体が足りない塚口ですが、そのスケジュールに追いつくべく行ってきました。
今日見てきたのはこれ!
人間が映画を見る理由はさまざまですが、わたくし人形使いが映画を見る理由のひとつに「イヤ~な気持ちになりたい」というのがあります。はいそこ引かない。
映画というのは非現実を見せてくれる芸術です。現実では決して実体化しない異様な映像を楽しみたいという気持ちがあるんですね。
そして、本作はそんなわたくしの妖怪アンテナに激しく反応するものでした。自慢ですが、こういうアンテナが外れたことってほぼありません。
さて本作は、短編映画「骨」との二本立てだったのでまずは「骨」の感想を。わたしのホネ。あなたのホネ。ホネホネホネ。
本作は、「2023年に発見された、1901年製の世界初のストップモーション・アニメーション作品」……という設定の短編映画。
作中では、一人の少女が人骨を用いた儀式を行い死者の復活を行うという内容が描かれています。
前述の通りこの作品はそういう設定の作品なんですが、白黒の映像と言い飛び飛びの音声といい、いかにも1901年に作られた作品という雰囲気が出ていました。
ストーリーや登場人物の意図は例によってはっきりと明示されません。しかし、個人的にはこの作品の「はるか昔の作品を発見、修復した」という設定が作中での「人骨を用いて死者を復活させた」という行為に合致している気がします。
映像の方は不気味かつどこかユーモラスで悪趣味でコミカルといった、さまざまな印象を喚起させるものでした。
「オオカミの家」は実在したコミューン「コロニア・ディグニダ」をモデルとしたストップモーション・アニメーション作品。
ただでさえ手間のかかる方式であるストップモーション・アニメーションですが、本作はさらにミニチュアを使わず実寸大のセットを使用するというとてつもない手間をかけて制作されています。
さらに、ものを動かすだけでなくセットの壁や床に絵を描いて、その絵を消してまた描いてで絵を動かすというかなりクレイジーな手法を用いています。
こうした手法で制作された本作の映像は、ストレートな感想を言えばとんでもなく気持ち悪い。
あらゆる物体と物品が溶けて崩れるように形を変えて再構成されてはまた崩れていくさまはまさにたちの悪い幻覚じみた映像でした。
しかもこれが前述の通り実写、つまり現実に存在する物体や物品を用いて作っているというのがにわかには信じがたいほど幻覚的・幻惑的で、生理的嫌悪感すら覚えるほど。これについては文章で表現するのは困難なので、ぜひとも君の目でたしかみてみろ!
本作のストーリーは、あるコミュニティから逃げ出した少女・マリアがそこから脱走し、森の中で見つけた空き家で2匹の豚と一緒に暮らしていたのですが……というもの。
タイトルの通り、本作では「家」という概念が大きな意味を持って扱われています。そもそも本作は基本的に家の中の描写のみ。その家が、前述の通り文字通り千変万化していく様はまさに悪夢の万華鏡といった趣。
そして本作での「家」というのは、物理的な家のみならず、コミューンから脱走してもなおマリアを縛り付けているルール、規範をも表現していると感じました。
空き家の中で見つけた2匹の豚を家族として暮らし始めるマリアですが、その行動はかつてコミューンで自分がされていたのとまったく同じく支配的なもの。文字通り、マリアは実は一歩も「家」から出られていないのです。それではタイトルにある「オオカミ」とはいったい誰のことなのか?
まだ全部は読み終わってませんが、パンフレットによれば本作の冒頭の映像は、制作者であるホアキン・コニーシャ氏とクリストバル・レオン氏が「コロニア・ディグニダのPR映画を作ったとしたら?」というある種のロールプレイ的手法で作られたそうです。これがまたいい感じに気色悪くて最高。
とにかく本作はその異様なビジュアルに凄まじいインパクトがある作品ですが、それにとどまらず、通常は安全で温かい、帰るべき場所である「家」という概念の持つ裏の側面を描いた作品だと思います。パンフレットを読んだ後にもう1回見たくなる作品でした。