自殺幇助だなんだと騒がれたバロック屋という家業だが、なんだかんだでこうして続けていられるところを見ると、世間にはまだまだバロックを欲している人間がいるということだ。
 同業者の中には家宅捜索を受けたものや廃業に追い込まれて姿を消した者も少なくはないが、そのうちのこれまた少なくない連中が名前を変えてたくましく生き残り、今日もせっせとバロックを作り出している。
 一時期は政府による一斉摘発が行われたものの、それでもバロック屋がこの世から完全に姿を消すことはなかった。
 私、金沢キツネもそうした時流の中、幸運にか不幸にか生き残っているバロック屋のひとりだ。
「ねえキツネ、将来のこととかちゃんと考えてるの?」
「自称生涯プーのお前には言われたくないな」
 ソファーの上に体育座りをして、液晶テレビのチャンネルを漫然とザッピングしながら言うこいつは渡辺ルビ。いつの間にか事務所にいついて助手の真似事をしている住所不定の無職少女だ。
 私はいつも通り端末に向かって、依頼されたバロックをこしらえている。我ながら、おかしな商売に手を染めてしまったものだ。
 ――バロック。
 薬物中毒による幻覚や虚言癖などとは明らかに異なる、本人にとっては現実そのものと言っていい極めて強固な妄想。それがこの世界に蔓延しはじめ、そして定着してどのくらい経つのだろうか。
 もはやバロックは特殊な精神疾患や異常者に対する蔑称を通り越して、ひとつの文化として定着した感すらある。無論、バロックやそれを商売の種にしている我々バロック屋に対する世間の風当たりは強いものの、それすら一定の日常風景と化していた。
 クライアントの状況や抱えている妄想、そして本人にとって重要なキーワードを盛り込んでバロックを作り、あるものには直接手渡し、あるものには手紙として送り、またあるものにはメールを送付する。ほとんど事務作業のようなものだ。中には遊び半分のクライアントもいるが、料金さえ払ってくれるなら向こうの事情は関係ない。
 ルビがテレビのリモコンをいじるたび、スピーカーから流れてくる音声は細切れにされ、人の言葉は無意味な呪文(ジャーゴン)となっていく。単なる音の連なりとして寸断された言葉は再構築され、新たな意味を持つ呪文(マントラ)として紡ぎ出され――
『行方不明となっています』
 異様にはっきりと聞こえたその言葉に、私は反射的にテレビの方を振り向いた。
 しかし、何のことはない。ルビがリモコンをいじくる手を止めていただけだ。液晶モニタにはm私がめったに見ることはない芸能系のニュース番組が映っている。
「キツネってこういうニュースに興味あったっけ? 隠れファンってやつ?」
 ニヤニヤしながら肩越しにそう聞いてくるルビを無視して、私はなんとなくニュース画面に目を向けた。モニタの中では、若い女性のアナウンサーがなにやらアイドルグループのニュースを紹介しているようだ。
『……若者のあいだでカリスマ的人気を誇っていた5人組アイドルグループ「(名前は一考)」のメンバーのひとりである「(名前は一考)」さんの突然の失踪を受け、ファンや事務所、コンサート会場などが大きな騒ぎになっています。特に〇〇さんはメンバー中唯一の未成年者であることもあってか、ネット上ではさまざまな憶測が飛び交っています。特に〇〇さんのご両親は心身の憔悴著しく、度重なる自宅への強引な取材が原因で現在も入院中とのこと』
 そのアイドルグループの名前は、芸能関係に特に興味のない私にも聞き覚えのあるものだった。というのも、ルビのやつが今どきの若者文化を勉強しろとかどうとか言って、そのアイドルグループのCDを強引に押し付けてきたのだ。
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