「やっぱりなあ。ルーミアのあの力はただ単に力を増したってだけじゃない。そもそも弾幕ごっこ……つまり命名決闘(スペルカードルール)自体がおかしくなってたんだ。私も幻想郷(ここ)じゃ相当な弾幕ごっこを経験してるが、あれは正当な弾幕ごっこじゃない。いわば試合(ゲーム)のルールが改変された弾幕ごっこだ」
「くくく……」
隠岐奈は含み笑いをもらしました。その顔は、さっきまでの余裕の表情ではなく、どこか人間味が抜け落ちた、張り付いたような笑顔。
「いやあお見事! 未だ人の身でそこまでの理解に達するとは。先だっての四季異変のときから思っていたが、やはりお前は只者ではないよ霧雨魔理沙」
「よせやい、照れるぜ」
軽口を叩きながらも、魔理沙の構えた八卦炉にはすでに十分な量の魔力が蓄えられており、いつでも撃てる状態です。
隣りにいる霊夢もまた、隙なくお祓い棒を構えています。
一瞬の沈黙と静寂が、無数の扉が浮かぶ空間を満たしました。――瞬間!
その静寂を打ち破ったのは、霊夢の夢想封印でも魔理沙のマスタースパークでもありませんでした。
ぽぉん、と高らかに響いたのは、鼓の音。
さっきまではそこになかったはずの鼓を、隠岐奈の手が打ち鳴らします。
「忘れたのか? 私はこの幻想郷を構築した賢者のひとり」
霊夢と魔理沙は慌てて攻撃に移ろうとしますが、リズムを崩されたように思うように動けません。その状態に、二人は覚えがありました。
そう、ルーミアと戦っていたときの違和感と同じなのです。
「戦いの仕組み(ゲームシステム)に手を加えるなど、造作もないことなのだよ!」
隠岐奈の鳴らす鼓の音に合わせて、四方八方から弾幕が襲ってきます。その弾幕は完全に鼓のリズムと同期していました。
放たれる弾幕をかろうじて避けながら、魔理沙は霊夢に世間話をするような口調で話しかけます。
「はぁ……私はマイペースでやるのが好きなんだけどな。こりゃあ相手に合わせるしかないみたいだぜ?」
「いいわよ、やってやろうじゃない」
「とか言ってるがお前、踊りとかできるのかぁ?」
「あんたねえ、私を誰だと思ってんのよ」
しゃら、と霊夢がお祓い棒を構えます。そして、つい、と踏み出した左足が、そこにはないはずの地面を踏みしめました。その足音は周りに反響し、隠岐奈が打ち鳴らす鼓の音を打ち消すように響き渡ります。
「踊りを通じて神を模倣(エミュレート)して神がかりを得る。巫女舞(こういうの)も巫女(わたし)の仕事なのよ!」
「そういやそうだったな。いっつも縁側でぐーたらしてばっかだから、すっかり忘れてたぜ」
「そういうあんたはどうなのよ、魔理沙」
「バカにしてるのか?」
懐から魔法薬の瓶を取り出した魔理沙は、片手で器用にふたを開けたかと思うと中身を一気にあおります。
「踊って踊ってトランス状態になるのは、魔術の基本だっての!」
魔法薬の効果で身体機能が向上したのか、魔理沙は隠岐奈の放つ弾幕をまさに踊るような不規則な軌道を描きながら猛スピードで避けています。
ふたりの動きは、この空間、ひいてはこの対決を支配している隠岐奈の繰り出す鼓の音に合わせるように精度を増していきました。
「さあ、EXTRAステージの始まりよ!」
(追記分)
「そうだ。お前たちもよく知る通り、舞い、踊るということは事物の模倣(エミュレーション)。ただの人が踊りによって神を演じ、神話すら模倣する。舞台を整え役を与えられることで個は抑制され、模倣対象の持つ力を振るう!」
「それで弾幕ごっこに『踊り』の要素を組み込んだわけね。まったく回りくどいことを……!」
霊夢の袖からこぼれ出たお札が、次々と集合して無数の陰陽玉の形を取ります。跳ね回る陰陽玉のあいだを縫うようにして、さらに退魔針が投げつけられます。
対する隠岐奈は、自らの打ち鳴らす鼓の音のリズムに乗って、霊夢の放つ圧倒的な弾幕の中をすり抜けていきます。
その逃げる先を塞ぐように、魔理沙の放った魔法薬の瓶が空中に放り投げられました。しかし隠岐奈は動じません。
「焼き払え! 裏夏『スコーチ・バイ・ホットサマー』!」
魔法薬の瓶が爆発するよりも早く、底の見えない空間からせり上がってきた炎の壁が瓶を巻き込んでしまいました。
「くそっ! 伊達に幻想郷の賢者を名乗ってるわけじゃないってか!」
悪態をつく暇もあらばこそ、魔理沙は急旋回して津波のように迫ってくる炎の壁をかろうじてかわします。
「あのルーミアという子の潜在能力は計り知れん。しかもその力は目覚めていないのではない。封印されているのだ! しかし、無理に封印を解いてしまえば急激に増大した妖力であの子の肉体が消滅する危険があったからな。別の方法を取る必要があった」
「それがこの騒動の真相ってわけ?」
「勝手に出ていった二童子を戻らせるためというのは本当さ。しかし、それとは別にあの子に『踊り』の要素を加えた弾幕ごっこをやらせることで、いわば『封印が解かれた本来の自分』を模倣させたのさ」
「そりゃまたご苦労なこった。で、そんなことをしてお前にどんな得がある?」
「それはいろいろだ。あれだけの潜在能力を持っているのなら二童子に代わる配下にしてもよし、この幻想郷がまたぞろ外部からの侵攻や侵食を受けた際の守り手として育てるもよし。それに……」
「それに、何よ?」
「あの子、かわいいんだもん♡」
思わずぽかんとなる霊夢と魔理沙。そんなふたりにも構わず、隠岐奈は嵐のような弾幕とともに襲いかかってきます。
(エピローグ)
妖精たちが踊りだした小さな異変から数週間。
青々としていた山は紅葉に染まり、空はすっかり秋模様に変わっています。けれど、変わらないこともあります。
閑古鳥が鳴いていたかと思えばたくさんの人妖が集まるここ博麗神社には、いつものようににぎやかな声が響いていました。
「あのさあ……」
割烹着におたまをもったお料理スタイルの霊夢が、ところ狭しと詰めかけた面々を腰に手を当てて見下ろしています。
「ルーミアとかはまだいいとして、なんであんたらまで来てるのよ」
「えー? だって、わたしちゃんと伝えたよ?『みんなを呼んだよ』って」
鍋をつつきながら不思議そうな顔をしてそう答えるルーミア。そこにいるのはもちろんルーミアだけではありません。
「ほらチルノちゃん、お肉ばっかり食べてないでお野菜も食べなきゃだめだよ」
「分かってるって大ちゃん、もしゃもしゃ……。あー魔理沙がこっそり変なキノコ入れてるー!」
「バカお前大声出すんじゃないって……っていってーな霊夢! おたまで殴るな!」
わいわい騒いでいるのは、チルノに大妖精、そして魔理沙。そしてさらに……。
「ふーん、なかなかの味じゃないか」
「まあ舞とならいい勝負かもね」
「あんたら、文句あるなら食べなくていいわよ。自前の笹の葉と茗荷でも食べてなさい」
「あーんお師匠さまー、霊夢がいぢめるー」
「いぢめるー」
「おーよしよしかわいそうに。霊夢よ、うちの子たちをそういじめてやるな」
などと言っているのは、舞と里乃。そしてその間には、当たり前のような顔で隠岐奈が座っているのでした。
「あんたねえ、なに当たり前みたいな顔してうちに来てんのよ。この中じゃダントツの危険人物っていうか異変の元凶本人じゃないの」
「霊夢ー、おきなさんいじめちゃだめだよ―? みんなで仲良くごはん食べようよ」
「うーんいい子だねえルーミアは」
「ちょっとルーミア、そいつは……」
そう言いかけて、霊夢は止めました。別に言う必要もないか、とため息をひとつ。
「……まあいいわ。ルーミアに免じて大目に見てあげるから、大人しくしときなさいよね」
「わかったわかった」
ルーミアの頭を撫でながら鷹揚にうなずく隠岐奈に、霊夢は料理をつまみながら目を向けます。
「……お酒に酔っ払って、踊りだしたり(傍点)しないでよね」
その言葉に、隠岐奈は思わず吹き出してしまいました。
「あっはっは! 心配するな、わかっているさ」
「ならいいけど」
「ねー霊夢、おかわりー!」
元気に3杯目を差し出すルーミアに、霊夢は呆れ顔。
「ほんとによく食べるわねあんた」
「えへへー。良く食べてよく寝て、鍛錬するんだ!」
「ふーん、鍛錬ねえ。そんなに鍛えてどうするの?」
「うーん……」
霊夢にそう聞かれて、ルーミアは答えます。
「すごーい妖怪になるの!」
「うむ、いい心がけだねルーミア。まずは手始めにそこの巫女を完膚なきまでに……」
「煽ってんじゃないわよこのバカ!」
ルーミアをよしよししている隠岐奈の顔面に容赦なくお札を叩きつける霊夢。爆笑する魔理沙。
小さな異変はこうして終わりを告げて、幻想郷にはもとの日常が戻ってきたのでした。