その場にいる全員が作業の手を止めて、立礼の姿勢を取る。私も同じように頭を下げた。声の主がその様子を睥睨しているのが、かすかに聞こえる羽音だけでわかった。
頭を上げて改めて見ると、教団内でもっとも大きな、教団の頂点に位置する位階にあることを示す偽翼の眩しさが目を打った。ともすればその偽翼は、本物の天使の翼に見えてしまいそうだ。
上級天使。紅い瞳と金色の髪という異貌。その身にまとう純白の法衣(ローブ)。そして、本物のそれと見紛う純白の翼。
圧倒的なカリスマを持って教団を支配しているこの人物こそが、実質のところ我々コリエル・メンバーにとっては――。
「神の言葉とやらは、得られたのか?」
その言葉に、進み出たコリエル1号が答えた。
「未だ――。しかし、我々は全力で……」
「残された時間は有限だ」
1号の言葉を途中で遮るように、上級天使は言った。しゃら……と羽音を鳴らし、上級天使は創造維持神を見上げる。
七重の防護ガラスの向こうに閉じ込められた実在の神を見上げる双眸の奥にどのような勘定があるのか、知り得るものはいるのだろうか。……少なくとも、私にはこの世に救いをもたらしてくれるはずの神を見る目には、とても見えない。むしろその瞳に感じられるのは……憎しみだ。
「しかも我々は、終末時計の針を見ることはできない。今この瞬間にも世界が終わったとしてもおかしくないのだぞ」
「は……」
「1号よ、私からの最後通牒はすでに行ったはずだな?」
「わかっております、上級天使。であればこそ、我々も独自に創造維持神との意思疎通の実現に向けて取り組んでいるのです」
「その『独自の研究』とやらについて、私は報告を受けてはいないが」
「現在のところ、報告すべき結果は出ておりません。成果が出れば、すぐにでも――」
上級天使は、ふ、と唇の端を吊り上げた。
「方法は違えど、我々とコリエル諸君の目的は同じ。創造維持神の力を借り、この世に満ちた歪みを正すこと――そうだな?」
「無論です」
「では我々が対立する必要はないはずだ。万が一、立場の違いから教団に内部分裂が起こるようなことがあれば、その目的を達することもできなくなるぞ」
「であるからこそ、神に対してリスクの高い方法で接触を行うことは避けるべきだと我々は考えているのです」
「……」
「お待ちいただけませんか、上級天使。詳細をお話できる段階ではないものの、我々コリエル・メンバーは神に接触する方法を確立しつつある。いずれ――」
「それでは遅いと言って……」
「なぜそう急ぐのです?」
「……ッ」
上級天使が言葉をつまらせるのを、我々は息を呑んで眺めていた。最古参である1号以外、上級天使に対してここまで食い下がれる者などいない。いくらマルクト教団の中の上位メンバーと言えども、結局のところ我々は上級天使に対して本質的に逆らうことなどできないのだ。
「あなたの抱く危機感は十分理解しているつもりです、上級天使。確かに世界は歪みに溢れ、それを修正するはずの神による歪曲修正率も徐々に低下している。しかし、それを考慮してもあなたの創造維持神に対する考えはあまりに性急に過ぎるのではありませんか?」
「何が言いたい、コリエル1号」
「なぜそこまで急ぐのです、上級天使。あなたのその性急さはむしろ――」
1号の言葉を遮ったのは、「聖域(サンクチュアリ)」に響き渡る警報だった。