ヒノモトは二度変わった。
中国はそう考えている。
一度目はあの若造に無理やりパーティションの陰から連れ出された時。
そして二度目は社内中を巻き込んだ大騒動の末、同じくアメリカに非常階段に呼び出された時だ。
ヒノモトの二度の変化、そのどちらにもあの乱暴な青二才の影響がある。
「中国さん、その案件俺にくださいよ」
ヒノモトは変わった。
中国が色彩的にも騒がしい同僚たちから次々と仕事を奪われていき苛立ちを隠せなかった頃、ヒノモトもまた抜け目のない禿鷹のように中国の元にやって来た。
当時の中国はまさに死に体だった。高い矜恃はこれ以上なく傷つけられ尽くしたと思っていたのだが、ヒノモトがまさにトドメを刺しに来たかのようだった。
まぁ実際のところはトドメどころかさらなる横暴の契機だったのだがそれは余談だ。
可愛い後輩だった。確かに過去はそうだった。
だが今やどうだ。
かつて憧憬の色を湛え綺羅綺羅と輝いていた水面のような瞳は、今や欲望の色で暗く濁っていた。
中国は屈辱に打ちのめされながらも、ヒノモトの横暴を受け入れるしかなかった。
ヒノモトがアメリカにも喧嘩を売ったと聞いた時、中国はほくそ笑んだものだ。
これで痛い目に遭って身の程を知ればいい。かつてかけた情以上に憎悪が勝っていた。
そして、ヒノモトは二度目の変化を迎える。
憑き物が落ちたような顔でこちらに頭を下げるヒノモトを見て、中国は呆気に取られた。
その当時、中国は自身が二つに引き裂かれるような痛みを感じていた。ヒノモトが起こした火種は、確かにオフィス中に広がっていたのだ。
ヒノモト自身はアメリカの庇護の元、着実に回復していった。
より苦難を味わったのはむしろ周囲の方だったかもしれない。中国や近隣の同僚たちは特にだ。
ヒノモトはひたすらに周囲に頭を下げて回り、関係改善に努めようとしているようだった。
そこからだ。ヒノモトの大躍進が始まったのは。
みるみるうちにヒノモトは回復していった。オフィス中を一時期敵に回し、完膚なきまでにアメリカに叩きのめされたというのに、驚くべき回復力だった。
中国は恐ろしい、と感じた。
大騒動前、案件を初めて奪われた時よりも強い恐怖感だったかもしれない。
ヒノモトはアメリカに叩き潰されたことで一つの教訓を得たようだった。
出る杭は打たれる。
単純な真理だ。
新しく力を伸ばす者は旧態の力持つ者に疎まれる。
そう学んだヒノモトはかつてとは違う分野で再び力を伸ばすことにしたのだ。
結局それは過去の二の舞を踏むことになり、ヒノモトはまたアメリカに睨まれることとなったのだが、その底の知れない野心に中国は恐れ戦いた。
中国の差し出したヒマワリの種を食べ、お茶を飲むヒノモトの姿を見ながら、中国はため息をついた。
このように人畜無害に見える男の、隠された闘争心。それを誰よりも知っているのは中国だ。
人並み外れた知識欲と向上心は最初から分かっていたはずだというのに、この外見にまんまと騙された。
視線を感じたのか、ヒノモトが中国の方を見る。
「こんなんじゃ、絆されませんから」
つるりとした黒い瞳。
あの時のような狂熱の焔めいた目では無く、静かに凪いだ大海のような目。
ヒノモトは変わった。
ただ、中国も変わった。
昔のように、ただ強者に貪られるだけの脆弱な存在では無い。中国は強者側に返り咲いた。今では中国の方が業績は上だ。
中国は自問する。
自分は果たして過去に戻りたいのだろうか。この目の前の男が可愛い後輩だった頃に時を戻したいと思っているのだろうか。
否、だ。時は戻りはしない。
それでも、自分が再び圧倒的な力をつければヒノモトが平伏すのではないかと夢想することは止められなかった。この凶暴な欲望の獣を内に秘める男を屈服させたいという誘惑。
知る前と知った後とでは、大きく違う。中国は可愛い後輩の本性を知ってしまった。
ヒノモトを今度は自分の手で変えてやりたい。この誰にも服従しない美しい獣の頭を踏みつけ、上下関係をしっかりと教え込んでからどろどろに甘やかしてやりたい。
ヒノモトは中国が何かよからぬことを考えていると察したのだろう。嫌そうに顔を歪める。
三度目の変化はこの手で。
中国はそう思いながら虎視眈々とヒノモトを見つめた。
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ち…ぼ26話感想
初公開日: 2023年04月09日
最終更新日: 2023年04月09日
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鮭800字。6日目。本誌26話の感想。