そこから、わたしたちは夢中で走った。
振り返れば、すぐそこに追手が来ている。そんな思いが、わたしたちの疲れ切った体と傷ついた足を無理やり動かしていた。
ついに、森の切れ目が見えてきた。
朝もやの中に小さな村の影が見えてきた瞬間を最後に、わたしは安心からか、糸が切れたように意識を失ってしまった。
「おお、気がついたかね」
わたしが目を覚ましたのは、ほこりの匂いがする古臭いシーツの中だった。
ぼんやりする視界の向こうには、優しそうな笑みを浮かべたおじいさんがいた。
一瞬、おじいさんのその表情の意味がわからなかった。そのくらい、おじいさんの柔らかい笑みはわたしには馴染みのないものだった。
返事を返そうとして息を吸い込むと、わたしは思い切り咳き込んでしまった。咳を抑えられないでいるわたしに、おじいさんは何も言わずに温かいコップを差し出してくれた。
コップを両手で持って恐る恐る口をつけると、何も味はしない。ただのお湯だった。
でもそのお湯は、わたしが今まであの屋敷で口にしてきたどんな豪華な食事よりも美味しく感じた。疲れ切った体に、お湯の温かさがじんわりと染み込んでくる。それでようやく、わたしはまともな言葉を発することができるようになった。
「あ……ありがとうございます。助けて……くれたんですよね?」
「なんの……」
おじいさんは、言葉少なにそう答えて、手でわたしにまだ寝ているように促した。
「朝な、木こりにでかけたらあんたが倒れとったんじゃ。何事かと思ってびっくりしたわ」
ぼんやりした頭でおじいさんの話を聞いていたところで、わたしはようやくそばにあの少年の姿がないことに気がついた。
再びベッドに預けようとしていた体を、わたしは慌てて起こす。
「あ、あの! わたしと一緒にいた男の子は……」
そう言いかけたところで家の扉が開いて、しわだらけの顔のおばあさんが入ってきた。
その顔と同じしわだらけの手を握っているのは、忘れもしない黒い毛と鉤爪の生えた手。おばあさんの手を引かれて家に入ってきたのは、紛れもなくあの少年だった。
少年の無事な姿を確かめて、わたしは腰が抜けそうなほど安心して、今度こそどさりとベッドの上に体をうずめた。
少年の方もわたしに気づいて、おぼつかない足取りで歩いてくる。相変わらず言葉は話せないようだけど、少年が私のことを心配してくれていたのは表情でわかった。それに、少年の緑がかった瞳には涙が溜まっていた。いっぱいの涙をたたえて、少年はわたしの手を握ってくれた。
少年を連れてきたおばあさんは、そんなわたしたちのようすを穏やかな表情で見つめていた。
「じいさんがあんたたちを荷車に乗せて帰ってきたときは驚いたよ……でも、無事で良かった」
そういって笑い合う二人の姿を見て、わたしはぼんやりと思った。
これが、ほんとうの家族なんだ。
「ほんとうの家族」。
わたしがいたあの屋敷のような場所じゃなくて、ほんとうの家族。