「別になにもないじゃない。そもそも、この夢の世界をそのままにしておくって言ったのはあんたでしょ?」
「それがですね、この夢の世界でこんなものが見つかりまして」
 ドレミーが手招きする方に着いていく。ドレミーは夢の平原の奥へと進んでいく。そして、ちょうど平原が途切れた崖の下に隠れるようにして、それはあった。
「これです」
「なにこれ……?」
 ドレミーが指し示すのは、パズルのピースだった。
 そう、たくさんのピースを集めて絵を完成させるっていう、あのパズル。
 そのピースが、前の事件の【記憶の欠片】と同じように、空中にぷかぷか浮いている。
「見ての通り、パズルのピースです」
「いやそれは見ればわかるんだけど……そもそもこれ、なんなの?」
「それがよくわからないんですよねえ……」
「えぇ……」
「そもそも前回の事件みたいに、現実世界側の人妖の記憶が断片化して夢の世界に物質化することが異常事態なんですが、その事件が解決したはずなのにこんなものが現れるというのは、正直言って予想外もいいところです。もしかしたら……」
「別の事件が起こった、って?」
 私の言葉を、ドレミーは目顔で肯定した。
「別の事件ねえ……」
 私は、改めて自分の夢の世界を見回す。
 人間でも妖怪でも、自分のことを全部、なにもかも把握している者というのはなかなかいないだろう。いや、妖怪の方はわからないけど……。
 それは私、夢の世界の住人である自分も同じことだ。私は現実世界の赤蛮奇の夢の中に住んでいるだけで、別のそこを支配しているわけでも作り上げたわけでもない。だから、そこでなにか起きたとしても即座に全容を把握できるわけでもない。
 でもまあ、考えていても仕方ない。それに、ここは勝手知ったる自分の庭……じゃなくて自分の夢。今やアスレチック施設として利用されている【空間】も、あの事件のあとに夢の世界の影狼やわかさぎ姫と一緒に何度か遊んだことがあるから、勝手もまあまあ解ってる。
「まあいいわ、乗りかかった船だし……このパズルのピースを集めればいいのね?」
「ええ、よろしくお願いします」
 そう言い残して、ドレミーは煙のように消えてしまった。
 さて、と私は夢の中の【空間】に向き直る。前回、自分の暴走であんな事件を起こした私が、今度は事件を解決する側に回るなんて、おかしな話だ。
 でも、私はなんだかやる気になっていた。あんな騒ぎを起こした罪滅ぼしってわけじゃないけど、私が行動することでこの夢の世界で起こっている問題が解決するなら。この世界の影狼やわかさぎ姫たちが平和に暮らせるようになるなら。
 そう思い、私は夢の世界のパズルピースを集める冒険に出発した。
「うえぇ……安請け合いするんじゃなかった……」
 現実世界の私が、人里での頼みごとや仕事をほいほい引き受けて後悔したことがあったと話していたことを思い出す。自分の夢の世界の自分まで同じことをやらかすことになろうとは。
 ドレミーに頼まれたパズルピース集めは、はっきり言って難航を極めていた。
 【エントランス】からつながっている【空間】は、たしかに何度かアスレチックとして遊んだときとまったく同じ構造や地形だったけど、問題はパズルピースの位置だ。
 各所のギミックはまだいいとして、パズルピースはやたらと分かりづらいところや取りづらいところにあるのでひと苦労だ。
「う~っ……やっぱり届かないぃ~っ」
 今も、私の頭のすぐ上にはパズルピースがぷかぷか浮かんでいるものの、届かない。
 現実世界に行ったときと同じように空が飛べたら簡単なのに、この夢の世界では飛ぶことができない。仕方がないので、私は現実世界の私と同じように自分の頭を増やし、それを足場にしてどうにかしようとしてるんだけど、これがまたうまくいかない。
 パズルピースは、どれもこれも絶妙に届かない場所にあったり、取るのは簡単でもそれを取ってから【空間】を脱出するのがやたら難しかったり。
 何度か遊んだ【空間】とは言え、私は予想外の苦戦を強いられていた。
 そうこうしながら、私はなんとか最初の【空間】である平原のパズルピースを四つ集めた。この様子だと、どうやらこのパズルピース、ひとつの【空間】に五つあるようだ。ということは、えーと……全部で五十個もピースを集めなきゃいけないってことか……。
 それにしても……。
 私は、集めたピースをまじまじと眺める。
 現実世界の私と一緒に一度だけ夢の世界の外に出たときに、私は人間の娯楽についても知ることができた。人間たちのやっているさまざまな娯楽は、夢の世界しか知らなかった私にとってはどれも珍しく、新鮮なものだった。そして、このパズルというのはその中でもひときわ奇妙なものだと私は感じていた。
 人間はたまに、おかしなことをする。
 弾幕ごっこや将棋のように、誰かと競い合ったり勝負したりするわけではなく、人間は自分一人だけでゲームをすることがある。このパズルというのもそのひとつだ。
 自分ひとりでばらばらになったピースを組み立てて、もとの絵を完成させるというこの遊びのどこに楽しみがあるのか、正直私にはよくわからない。
 現実世界の私がそうであったように、こっちの私も一匹狼を気取っておきながら本心では孤独を嫌っているという
 だから私には、こういう一人遊びをわざわざする理由がわからない。あえてひとりを選ぶという行動は、人間独特のものなんだろうか。
 それに、絵をわざわざバラバラにしてからもう一度ピースを集めて組み立てるっていうのもよくわからない。ピースを集めて完成した絵は、結局もとどおりになっただけで新しい絵ができるわけでもないのに……。
 そんなことを考えながら、私は夢の世界の中に散らばったパズルピースを集めていった。
 そういえば――。
 必死に考えつつパズルピースを集めながら、私は頭の隅の方にある疑問が浮かんでくるのを感じていた。
 夢の中の、このピースを全部集めたとき。
 いったいどんな絵が、完成するのだろう。
 前回の事件で、私は目的だった【記憶の欠片】を全部集めることはできなかった。もし、【記憶の欠片】を全部集めることができていたら、本当に私は現実側の私と入れ替わることができていただろう。少なくとも私はそう信じていたし、あの【記憶の欠片】にはそれだけの力が秘められていた。
 では、このパズルピースには、どんな力が込められているんだ?
 でも、それは考えていてもわからないし、ドレミーにもはぐらかされてしまった。今はとにかく、パズルピースを集めることに専念しよう。
 そう決めて、試行錯誤を続けることしばらく。
「やった!」
 私は苦労の末、ようやく平原の【空間】にあるつ目のパズルピースをつかんだ。そうすると、まばゆい光が視界を埋め尽くし、気がつくと私は【エントランス】に戻っていた。
 これでなんとかパズルピースを5つ集めたわけだけど、これは一筋縄ではいかなそうだ。夢の中の世界では時間の流れはあまり関係けれど、さすがに疲れてきた。
 次の【空間】は竹林の中だった。ここも何度か来たことはあるものの、ただでさえ生い茂った竹のせいで視界の通らない竹林の中、見回しただけではパズルピースがどこにあるのかはわからない。
「先は長そうだし、ちょっと休憩するか……」
 この竹林も構造自体は変わっていないのなら……あ、見つけた。竹林の中を細く流れている川だ。前に来たときもここで少し休憩したから覚えている。
 竹林を見ると思い出すのは、やっぱり影狼やわかさぎ姫のことだ。こっち側のふたりは現実世界の方のふたりとはけっこう性格が違うけれど、もちろん私の大切な友達だ。ふたりのためにも、早いところ問題を解決して戻らないと。
 そんなことを考えながら、私は水面にかがみ込んで川の水をすくおうとした。
 そこで、私は気づいた。
「……あれ?」
 水面に映った、私の姿。
 いつの間にかその頭には、赤いリボンが着いている。
 もちろん、そんなリボンを着けた覚えはない。いつどこで……?
 反射的に周りを見回すけれど、もちろん竹林には私しかいない。急に湧いてきた不安のせいだろうか。竹の葉のざわめきが不自然に大きく聞こえる気がする。
 現実ではない夢の中の出来事にいちいち驚いていては身が持たない。
 ……そう自分に言い聞かせながらも、私は腹の底がざわつくような不安をごまかせないでいた。
 私はこの夢の世界で、いちいち自分の姿を確認するなんてことはしていない。そんなことをする機会も必要も発想もなかったからだ。それに、自分が自分の姿をしているなんて……当たり前のことじゃないか。朝起きて、自分の姿が別のものになっている、そんなことを考えることなんかあるものか。
 それに、別人になっているわけじゃない。たかがリボンがついているだけじゃないか。
 そう、自分に言い聞かせていることは自覚していた。
 私たち妖怪にとって、「変わる」ということは人間のそれとは大きく意味が異なる。姿が多少変わることでさえ、大地震の前の小さな揺れのような、異常事態の前兆なのだ。
 震える手で、リボンを解く。手に取ったリボンは、何の変哲もないただのリボン。
 そのリボンをその場に残し、私は先に進むことにした。ここで考え込んでいても仕方ないし、何より、考え込むことでぐるぐると思考の沼にはまり込んで動けなくなってしまいそうだったからだ。
 疑問を引きずりながら、私は竹林の中を進んでいく。先に進んでいるはずなのに、なぜか私の両足には、目に見えない鎖が絡みついているような気がした。
 私は続く【空間】でパズルピースを探しながら、時おり自分の姿を確認するようになった。
 氷の塊、水たまり、建物の窓……それらに映る私の姿は、パズルピースを集めるたびにいつの間にか変わっていく。
 と言っても、まったくの別人になってたわけじゃない。赤いリボンに続いて、青いリボン、茶色の衣装、眼鏡……まるでファンションショーみたいに、私の姿はころころ変わっていった。
 しかも、パズルピースを集めるたびに変わる私の姿は、どれも現実世界の私や影狼、わかさぎ姫から聞いたことのあるものばかりだった。青いリボンはわかさぎ姫が無理やり押し付けてきたものだし、茶色の衣装はハロウィンのときに着てみたもののそのままタンスの奥にしまい込んだもの。眼鏡は、いつも本を読む時にかけているものだ。
 最初はいきなり自分の姿が変わってしまったことに疑問や不安もあったけど、私はだんだん自分の姿が変わることが楽しくなってきた。まるで、現実世界の私と思い出を共有しているようで、私は懐かしい気持ちになってきた。
 そう言えば、前回の事件のときも【記憶の欠片】を集めるたびに、誰かが失っていた思い出が蘇っていった。それなら、このパズルピースにも誰かの思い出が――
 ――。
 背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒が、全身を走り抜けた。
 前回の事件では、【記憶の欠片】を集めるごとに蘇ってきた記憶は、いくつもに増えた「私」の記憶だった。だから、この夢の世界には現実の「あの私」が知らなかった人妖、行ったことのない場所の記憶があった。
 そして、夢の中に散らばった【記憶の欠片】はすべて集められ、現実の私が夢の中の私の暴挙を止めたことで増えて散逸した私の記憶は統合された……はずだ。
 にも関わらず、今度はパズルピースという形で再び私の記憶が夢の世界に散らばっている。
 思わず私は、反射的に自分の足元を見る。今この瞬間にも、自分の足元が崩れ落ちてしまいそうで。
 パズルピースを集めたら、私の姿はかつて私がしてきたさまざまな姿に変わっていった。つまり、これらのパズルピースの正体は――。
「まずい……!」
 私は思わず駆け出した。崩れ落ちる足場から逃げ出すように。
 いや――実際にもう、崩れ始めているのだ。私に見えていないだけで。私が知らないだけで。私が気づいていなかっただけで。
 ドレミーの言った通り、私が起こした事件はまだ終わってはいなかったのだ。
 私は取り返しの付かないことをしてしまったのだ。このままではすべてが、少なくとも私にとってすべてが崩壊してしまう。
 歯噛みしながら、私は必死にパズルピースを集めていった。何度も何度も同じ場所で挑戦を繰り返しながら。
 【空間】を攻略しながら私が増やしてきた頭の数も、もう合計でいくつになったことだろう。おそらく100個は超えているんじゃなかろうか。もちろん、私はそんな数まで自分の頭を増やしたことはない。増やす必要も、そうしようという発想もなかった。
 思うにそれは、私の……ろくろ首としての本能、ブレーキだったんじゃないか。
 現実世界とは違い、夢の世界ならなんでもありだろう。現実世界では有効なブレーキもあっさり効かなくなる。本当的な制約を無視できるようになるなんて当たり前じゃないか。
 ドレミーめ! なにが「まさにあなたが適任ですよ」だ! こんな仕事、私がやるしかないじゃないか!
 焦りながらも、私は【空間】の中をパズルピースを求めて駆け抜けていく。
 崖を飛び越え、シャンデリアを飛び越し、ジャンプ台で飛び上がり、穴に飛び込み――私はいくつものパズルピースを集めていく。
 そして私は、ついにたどり着いた。前の事件のときに、まさに私が現実の私を待ち受けていた場所。夢の世界の最深部。私の懐には、今まで集めてきたパズルピースがあった。その数は、49個。
 今、私の目の前には、最後の、50個目のパズルピースがある。
 このパズルピースを手にしたとき、一体どんなパズルが完成するのか。……いや、私はもう、パズルの完成形を知っている。
 最後のパズルピースを手にした瞬間、私の視界は前まばゆい光に包まれた。
 光が収まったあと、私の目の前にはがらんとした空間が広がっていた。
 壁も天井もない、冷たい床だけがある広い場所。冷たく硬い床だけがどこまでも広がっている。誰もいない。
 私が今まで、一度も見たことがない場所だった。
 そうなることが決まっていたかのように、私の懐から今まで集めてきたパズルピースがふわりと空中に浮かび上がった。合計50個のピースが渦を巻いて飛び回り、ひとつひとつ組み上がっていく。
 ピースが組み上がるたびに現れるのは……たくさんの、私の姿だった。
 赤いリボンを着けた私。
 青いリボンを着けた私。
 ハロウィンの扮装をした私。
 眼鏡をかけた私。
 それぞれ違う姿をした私。
 パズルピースが組み上がっていくごとに、たくさんの私が現れる。まるで、現実の私の思い出を辿るかのように。まるで、現実の私の記憶を巡るかのように。
 そう、そこにあるのは私の、赤蛮奇の記憶。
 じゃあ……ここにいるのは?
 夢の中に散らばった私の記憶を、パズルのピースを集めてパズルを完成させた、この私は?
 床を見る。
 鏡のように磨き抜かれた床。
 その床に映っているのは、赤いリボンを着けた私でも、青いリボンを着けた私でも、ハロウィンの扮装をした私でもなかった。
 ない。
 頭が、ない。
 ここにいるのは、首無しの私。
 はい、というわけでなんとか今回も新刊を出せました。多分。このあとがき書いてるのは締め切り2日前なので。
 今回も前回に引き続き、サークル「給食頭蛮」さん制作の東方二次創作ゲーム「クビナシリコレクション」の二次創作小説を書きました。今回は、製材所の回転ノコギリみたいな悲鳴をあげつつなんとかコンプしたパズルピース集めで見られる追加エンドやその他諸々の解釈を詰め込んで書いてみました。
 ゲームを原作とした二次創作小説を書くときには、ゲーム内の設定やシステムをストーリーの中に組み込むのが楽しみでもあり難しいところでもあるんですが、今回は前回で盛り込めなかった分を盛り込めたと思います。盛り込めてるよね?
 原作のほうがそこまでシリアスな作風ではないのでイメージの剥離がちょっと心配でしたが、まあその辺のバランスもまあまあどうにかなったかと。
 いちばん苦労したのはばんきちゃんと夢蛮奇の性格の差異を出すことですかね。全く同一人物ではないけれど別人でもないというバランスは非常に難しく、執筆中は幾度となく目の光が消え失せたものです。
 しかしながら、原作ゲームのエピソードを繰り返し見直していく中で少しずつ分かってきた解釈を作品に組み込んでいくのもなかなか楽しかったですね。
 また、今回の表紙も前回に引き続き、バロッカー同志のなまねこさんに書いて頂きました。ありがとうありがとうこのご恩は一生忘れません。
 さて、まだまだコロナ禍も収まらない状況ですが、コミケや紅楼夢などの同人イベントを開催してくれる運営の皆さん、参加者の皆さんに感謝です。
 次回はなに書こうかな。
 
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紅楼夢原稿を書いていきます。
初公開日: 2022年10月01日
最終更新日: 2022年10月02日
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紅楼夢原稿を泣きながら書いていきます。