店の軒先に吊られた風鈴の涼やかな音が夏の盛りにほど近い熱気に差し込まれる。どうしてこういう風情のある店というのは空調もないのに体感気温が二度ほど下がるのだろう。風がよく通る開放的な造りと人工的な灯りを廃した薄暗い店内は外の快晴による右肩上がりの気温上昇とは無縁だった。すだれと風鈴が風に揺れるさらさら、ちりん、という音以外は何も聞こえてこない。人が絶えてしまったと言われても納得してしまうような静けさ。おかしいな、時刻は夕方に近いっていうのにこんなにも人の気配がないなんて。
「ほんっとーに、よかったの」
静寂を割ったのは自身からだった。少し行儀は悪いが卓上に肘をついて尋ねる。対面の後輩もあまり上品な座り方をしていないので許されたい。
「何がっスか」
「だって、誕生日でしょ」
しかも今日から夏休み。学校は午前中で終わって、軽く部活をやってそのあとパーティーをするにはじゅうぶんな時間があったのに。どうしてこの後輩は自分なぞとこのように茶をシバいておるのだろうか。純粋に疑問だった。
いや、ほんとうにおかしい。学校からほど近いこの昔ながらの甘味処にそんな好条件にもかかわらずだれもいないってやっぱりおかしい。もしや本当に人類滅亡した?
ほうじ茶わらびもちもちパフェのわらびもちをいじめながら尋ねても今日の主役の後輩、財前光は平素の無味乾燥さを崩さない。よく言えばマイペース、悪く言えば……なんだろう、情緒がない? 少し違うかも。
おのれが食しているパフェは少しずつ少しずつ減っている一方で後輩の目の前にはすでに平らげられたクリーム冷やしぜんざいの空の器が鎮座していて、今は宇治抹茶あんみつにトッピングされたソフトクリームの牙城が崩されようとしていた。
「別に、私とじゃなくてもよくない?」
「こないに暑いんに暑苦しい人らといたくないんで」
……うわ、相変わらず容赦がない。
人の困惑をよそに財前は黙々と食べ続けている。そして人の食の進みを見てとけますよ、と言って寒天を掬う。
「逆に、先輩は嫌やったんですか」
「え?」
「奢らせといてあれっスけど、別に嫌なら嫌ゆうてええのに」
別に、嫌というわけではないのだが。だから、疑問であって嫌悪ではないのである。口数少ないくせに口がうまい。論点のすり替えが常套手段。
そもそもどうしてこんなことになったんだっけ、あ、そうだ委員会だ。夏休み前の委員会の集会で人の隣に滑り込んできた瞬間に思わずあ、と声を漏らしたのだ。そういえば今日誕生日じゃん、と言ったのもこっち。そしてなにも用意していないことを思い出し慌てに慌て部活前にコンビニにひとっ走りしてぜんざいを買いに行こうとする腕を掴んで「小さくて高いのよりこっちがいい」とか何とか言って今のこの状態である。
いや、たしかに。立地も相まって大阪の老婆の気前の良さをこれでもかとあらわした量と金額だよな、こういう店というのは。
……あれ、それにしても本当になんであのお祭り騒ぎ大好き四天宝寺中テニス部がおとなしくしてるんだろう。おかしいな。
「嫌じゃないけど変だなーとは思ってる」
「別にどっかおかしいとこあります?」
「いや……みんな静かだったなーと、思って?」
疑問のひとつを口にすると財前はあー、と気の無い返事をしてスプーンをくるりと回した。
「夜中にはしゃぎすぎて疲れたんちゃいます」
「あの人たちに疲れるとかあるんだ……」
ミルクと黒蜜の混ざった汁を啜りながらとぼけた顔で呟く女子はまったくもって知らない。後輩が自身との約束を取り付けるのを前提に深夜、某忍足謙也に邪魔したら殺しますと誕生日を祝うメールに返信していたことを。
そしてほんまええやつの謙也くんは言葉の強さを意にも介さず、かわいい後輩の誕生日の勝負にいたく胸を打たれて白石に協力を取り付けパーティーは後日開くように調整したのである。
先輩とのデートになっていないデートに浮かれる財前も知る由がないのはただ、この後波乱に波乱の全国大会が待っていることくらいなものであった。