【第三話 テンプレート】
――まずいことになったな。
イサカは今の状況をその言葉に集約させた。
彼は今、大きな部屋、感覚的に言うとやはりここが王座の間というべき場所なのだろうか。
部屋の奥には座り心地が最高そうな赤い椅子が二つあり、片方には威厳が溢れ出る大柄な男性が、もう片方には異様な風格がある女性が座っている。
男性は白い髭を生やしており、赤いマントやいかにもな王冠をかぶっているところを見ると、やはり彼が王様なのだろう。
そして、女性のほうも見るからに最高級の素材を使ってるであろう身にまとっており、イサカの思い描くthe女王といった女性だった。
そんな二人に対し、リリアは血相を変えて事情を話していた。
「その話は本当なのか……!?」
「はい、お父様」
「なんと……」
リリアはイサカがこの世界のことを何も知らないこと、そしてこの世界の住民ではない事実を王様に伝えた。
そんなリリアの話を聞き終えた王様は口が塞がらなくなり、女王は口に手を当てて顔を青ざめた。さらには、その話を聞いていた周りの兵士であろう格好の者たちもざわざわと騒がしくなり始めた。
――簡単にこの世界の人間じゃないってことを言わないほうがよかったか? つっても、そのうちばれてただろうしな。しかも、この様子だとこの世界相当ヤバいことになってそうだな。なんつー運の悪さだよ俺。
自分が何も知らないであろうことを知った周りの反応を見るに、おそらくこの世界は窮地に追い込まれていることは安易にわかる。
それも、命を懸けてまで『勇者』という存在を召喚しなければならない程度に。
「勇者殿!」
「は、はい!?」
色々な思考が頭をめぐる中、イサカは王様に呼ばれ素っ頓狂な声で返事をしてしまう。
「いろいろと聞きたいことはあるのじゃが、君は本当にこの世界の人間ではないのか?」
「……おそらくは。ただ、それを証明できる根拠はありません。俺が元居た世界とこの世界の相違点を上げることはできますけど、おそらく信じられないと思いますし」
「いや、そんなことをしなくてもよい。現状を知りながら、そんなことを口にできる者はこの世界にはおらん」
イサカの言葉を聞き、王様はリリアの話が真実であることを認めざるを得ないといった様子だ。周りもそんな王様の様子につられてか、重い空気が部屋に充満する。
イサカ自身は何も悪くない。でも、彼はなんだか自分のせいでこんな空気になってしまったことに罪悪感を覚え、一つ話題を切り出した。
「えっと、とりあえずこの世界の現状について聞いてもいいですか?」
申し訳なさそうにイサカは発言する。
紆余曲折はあったが、これでようやく部屋を出た目的を果たすことができる。
「そうじゃな、確かに勇者殿には知ってもらう必要がありますな……結論から言えば、我々人間は今、魔族によって滅ぼされようとしている」
王様は唇を噛みしめながらその言葉を口にした。それから王様は言葉を紡いでいくが、その紡いだ言葉の量に比例して周り雰囲気がさらに重くなっていくことをイサカは肌で感じた。
王様の話を要約するとこうだ。
まず、100年ほど前から魔族と人間が争いをはじめ、魔族は魔王を中心に、人間は勇者を中心に戦いを繰り広げていた。
しかし、地力の差で劣る人間は魔族に追い詰められつつあった。
そんな時現れた最強の勇者が魔王にあと一歩まで迫ったのだが、結果として大きなダメージを与えはしたが力及ばず敗れてしまった。
「そして、次なる勇者を探していたのだがどこにも見当たらず」
「俺が召喚されたってことか……ちなみに聞くけどさ、『勇者』『勇者』って俺のこと呼んでますけど、本当に俺って勇者なんですか?」
「それは間違いないのじゃ。失礼ながら勇者様が意識を失っている間に、右腕の紋章を確認させてもらった」
人が眠っているときに勝手に何やってんだとイサカは思ったが、ここでちょっかいを出すのは面倒なので我慢した。
「その右腕にある紋章、それは初代勇者から受け継がれ続けている勇者の紋章。その紋章が体に刻まれている以上、そなたが勇者であることに間違いはない」
王様はイサカの右腕をまじまじと見ながらしたと同時、イサカも腕に目線を向けた。
突然刻まれた紋章だ。何かあるのだろうとは思っていたが、まさか虚言で考えていたことが当たっていたとは。
「自分が勇者……勇者であることは分かりました。ちなみに、元の世界に戻すことってできるんですか?」
自分が召喚された経緯を把握したイサカは分かり切った顔をしながら質問をすると、王様は申し訳なさそうな表情を浮かべ返答を躊躇していると、
「それは、できません」
リリアが王様に変わって答えを言い放った。
「それはなんでですか?」
「私たちはこの世界を救ってほしいと思い、願いながら召喚をしました。そして、召喚された者は術者の願いを果たさなければなりません。つまり、世界を救うという名目で勇者様を召喚した以上、それを全うしなければ元の世界に帰すことができないのです」
「……強制ってことですか」
「……その通りでございます」
イサカのはっきりとした物言いに、リリアは目をつむってバツの悪そうな顔になった。
とはいえ、イサカもこの返答になることを覚悟して質問をした。というか、今のような結果になるんだろうなと薄々思っていたので、リリアの話を聞いても別段ショックはなかった。
そして、一通りの話を終えると王様は立ち上がりイサカに一歩近づいた。
「勇者殿。まずは異なる世界から勝手に召喚してしまったこと、その件においては深くお詫び申し上げます。ですが、たった一つ我々の願いを聞き入れてはくれまいだろうか」
王様はゆっくりと頭を下げる。その動作と同時に、周りにいた多くの人々が同じくイサカに頭を下げようとする。
「どうか、どうか……」
「――魔王を倒してはくれないだろうか? ですかね?」
言葉を先取りしたイサカに頭を下げようとしていた皆が一斉に顔を上げ彼のことを見た。
「テンプレにもほどがあんだろ」
今の状況を鼻で笑ったイサカは誰にも聞かれない小声で悪態をつく。
この光景はずっと見てきた。いや、読んできたといったほうが正しいだろうか。
引きこもり、ネット小説にへばりついていたころに幾度となく読んできた展開だ。そのありのままの光景が今こうして目の前に広がっているのだ。これを笑わずにはいられない。
「勇者殿……そこまで分かっているのじゃったら、我々とともに魔王を倒してほしいのじゃ!」
キラキラとした期待の眼差しを全方向から受けていると感じるイサカ。
それもそのはず。この世界の人間がどれだけ窮地に立たされているのか、その一片を知ったイサカは彼らの反応を至極当然だと思った。
そして、そんな彼らの力になりたいと思うことも至極真っ当な考えだと言えるだろう。
しかし、
「いえ、それはお断りします」
イサカは断言した。彼が放った言葉に場は凍り付き、「なんと言ったんだ?」「まさか……」といった動揺の声が上がった。
だが、その中でもイサカは非情なほど真面目な表情をしていた。
「なぜ! なぜじゃ!?」
声を荒げ、怒りすら含んでいる王様の声が部屋に響き渡る。
期待していたのにその期待を無碍にされたのだ。当然の反応といえる。
「なぜって、理由は大まかに三つぐらいですかね?」
「三つ……?」
「はい。一つ目は報酬が何も提示されていないことです。何十何百の勇者が死んできてるんですよね? もし俺があなたたちの期待に応えるとしたら命張るわけじゃないですか? 見返りがないのはどうかと思いますよ?」
イサカは人差し指を立てて一つ目の理由を説明し始めた。
「じゃあ、魔王を打ち滅ぼした暁には望む分だけの富も名誉も与える! これでどうじゃ!」
王様は焦った様子で報酬の件を付け加える。
しかし、イサカは首を横に振り次に中指を立てた。
「二つ目、俺は戦ったことすらないです。俺がいた世界は戦争もありはしたが、俺はそんな戦いに全く無関係でした。武器すら持ったことがない俺は逆に足手まといです。仮に勇者として戦場に駆り出されても一瞬で死にますよ? 犬時には嫌です」
争いがない世界? そんな場所があるのかと、一同驚愕した。
「戦いの面は安心じゃ! 騎士団長が勇者殿にしっかりと戦いを教える! 騎士団長はとても優秀じゃ! 何も問題はない!」
何とかイサカに考えを改めなおしてほしいのか、王様の必死さがひしひしと伝わってくる。
だが、それでもイサカは三本目の薬指を立てる。
イサカだって一度は夢見たことはある。異世界での無双ライフ。
勇者の力がどんなものかは分からないが、それでも可能性があるなら飛び込んでみたい。
しかし、イサカにはそれができない。否、したくない。
別に勇者としてではなく、普通に異世界転移させられていたのであればこんな考えには至らなかったのだろう。
だが、生憎イサカは勇者として『私たちを助けてほしい』と召喚されたのだ。
そう、イサカは誰かを助けなければならないのだ。
「三つ目。お前らが裏切る可能性がある限り、俺は戦わない」
割と丁寧に話そうとしていたイサカの口調が一気に変貌した。
誰かを助けようとするとき、イサカの脳裏にはどうしても裏切られたというトラウマが蘇る。
裏切られた、それだけの過去で滅亡しかけている彼らの必死の願いを聞き入れないのかと思う者もいるだろう。
だが、イサカにとってはあの裏切られたという過去が今のイサカを作った全ての元凶なのだ。
「裏切りじゃと? 我々は裏切らない! 約束する!」
「なぜ裏切らないと言い切れる? その根拠はどこだ? 今世界の全人類が俺のことを裏切らない保証がどこにある?」
イサカの暴論ともいえる質問に王様はうまく答えられない。当たり前だ。彼の質問には正解などないのだから。
広間は静まり返った。だが、一人の声がこの静寂を切り裂いたのだった。
「では、裏切らない保証があれば私たちとともに戦ってくれるのですね?」
コツコツと静かな広間に足音を響かせながらイサカの前に立ったのはリリアだった。
そんな彼女の意外な言葉にイサカは戸惑いを隠せなかった。
「保証って、そんなもんできんのかよ」
「……当然、この世界の人間全員が裏切らない保証というのはできかねます」
「だったら」
「ですが、私が裏切らないという保証は今ここでできます」
「なら、ならやってみろよ」
できるはずがない、イサカはそう思って強気に発言した。
しかし、イサカは忘れていた。ここは地球ではなく、異世界だということを。
「では、失礼します」
リリアはイサカの手を握る。
やわらかい手がイサカの手を包むと同時、彼女は言葉を紡ぎ始める。
「我、ここに契約する」
瞬間、イサカとリリアが立っている床に青く光る魔方陣が出現する。
その現象を見た王様はすぐにリリアを止めようとする。
「何をしておるのじゃ! それはお前の命と引き換えに契約するものじゃぞ! 今すぐやめるのじゃ!」
「いいえ、お父様。私一つの命で勇者様の考えを変えられるのであれば本望でございます。大丈夫です。約束さえ果たせばいいだけですから」
ニコッと王様に笑みを向けたリリアは再びイサカと向き合った。
「私は決して勇者様を裏切りません。裏切った代償はこの命を懸けます」
凛とするリリアの声音には確かな覚悟が孕んでいた。
ごくりと唾を飲み込んだイサカ。彼女の迫力に蹴落とされそうにすらなった。
しかし、その迫力はイサカに一つの答えをもたらした。彼女は本気だと。本気で自分を裏切らないと思っているのだということを。
わずかな時間であったにもかかわらず、イサカの体感時間は数時間に及んでいた。
そして、リリアがゆっくりと手を離すと魔方陣は消滅した。
「これで、信じてもらえましたか?」
リリアは大きな力を使った代償からか大粒の汗をたらし、肩で息をしながらイサカを見つめる。
彼女の心は本物だ。彼女は本当に命を懸けて、自分を裏切らないと誓ったのだろうとイサカは確信していた。
だが、それでも、
「……どんなことをされたって、俺は無理だ」
不安、疑惑、懐疑。彼女の覚悟は伝わった。
でも、イサカが動くにはそれだけでは足りなかったのだ。
「……そうですか……一度時間を置きましょうか。ね? お父様」
「う、うむ……そうじゃな。しかし、これだけは言わせてくれ勇者殿。リリアがあれだけの覚悟を持ったというのに、答えが変わらないとは見損なったぞ」
低く、責めるような声で王様はイサカに言った。その言葉はこの広間全員の意見を代弁しているものでもあった以上、誰もそれに対して口をはさむことはなかった。
「見損なわれても別にいいですよ。俺は……自分がクズなのを知ってるから」
その言葉を最後にして、イサカは王広間に背中を向けた。
そして、その背中をリリアはどこか寂し気に見つめていたのであった。