彼女はキスをする時決まって目を閉じる。
恥じらうようにそっと、なんてもんじゃない。
眉間に皺が寄るほどにぎゅっと強く瞼を閉じるし、身体だって力みすぎだろってくらいにガチガチになっている。
それはそれで初心な様子が大層可愛らしいのだが、さすがにそろそろ慣れてくれてもいいんじゃないかと斎藤は思っていた。
立香と自分が恋人同士になってそれなりに経つし、唇を重ねるのだってもう数えきれないくらいだ。もちろん触れるだけで終わらない深いキスだってたくさんしている。
今後のためにも立香が今ほどには緊張せずに身を委ねてくれたらいいと、斎藤はひとつ提案してみることにしたのだった。
「え、目を開けたままで……?」
斎藤の提案を聞いた立香は戸惑ったように何度か目を瞬かせた。
「そ。慣れるって意味でもさ、ちょっと試してみない?」
あくまでも無理強いはせず、軽い感じで誘う。
ついでに今からキスもしようと誘っていることになるのだが、どうやら立香は気づいていないようだ。うんうんと小さく唸りながら首を捻ったり、手をすり合わせたりしている。
「でき、る……かなぁ。恥ずかしくて無理かも」
「できるできる。息継ぎだって最初は下手だったけど上手くできるようになったでしょ?」
こういうのはノリと勢いが大事だ。押し切ってしまえとばかりに斎藤は立香の両肩に手を置いた。
「どうしてもダメそうだったら途中で閉じてもいいから」
ちゃんと逃げ道も用意しておく。
「……うん、分かった。頑張ってみる」
さすがに乗り気、とまではいかないものの、ほんのりと目元を朱に染めつつ肩の力を少し抜いたその様子が了承のサインを示していた。
斎藤は浮足立つ内心が漏れないよう立香の肩を抱き直すと、殊更ゆっくりと慎重に顔を近づけた。
斎藤の影が立香の顔に落ちて息がかかる距離になっても、その琥珀は己を映したままで思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
ほんの一瞬唇が触れあった。
温度すら残らないようなそれに、少女の上目遣いが先を望んでいると悟った瞬間、斎藤は片手を立香の後頭部に差し入れ引き寄せていた。
「んっ!」
申し訳程度の抗議の声は啄むリップ音に紛れて消える。
何度も何度も角度を変えて唇を触れあわせながら立香の様子を窺えば、上気した頬が彼女の羞恥と興奮を伝えていたが瞳はまだ開けられたままでいた。正面きって目をあわせるのはさすがに恥ずかしすぎるのか、落ち着かなさげに視線を泳がせているのがいじらしい。
前触れもなくぺろりと下唇を舐めてやると、立香の肩が跳ねた。
物は試しという雰囲気で始まったキスが、深く本気のそれになるとは思っていないのだろう。窘めるように制止の言葉を紡ごうとした唇は、斎藤には誘うように開かれたものにしか見えなかった。
女性からの誘いを無下にする斎藤ではない。
遠慮なく舌を侵入させると立香の身体が目に見えて強張った。何か言いたげな瞳がこちらを見ていたが気づかないフリを決め込んだ。
立香の髪に指を絡めて軽く引けば、自然と上がった顎に繋がりがより深くなる。
「んん、ぅ……」
鼻から抜ける声は甘い。
生理的な涙がぽろりと一粒頬を伝っていったのを目の端に捉えて、斎藤はさすがに後で謝罪して怒られるのも甘んじて受け入れようと心に決め、せめて次の涙が零れないようにと目元に指を伸ばそうとして。
意外なことにその瞼がまだ閉じられていなかったことに気づく。
深く口づけながら間近で見る双眸は、斎藤のことを見ているようでどこか虚ろだった。
思わず釘づけになってしまった斎藤の視線の先で、二つの琥珀はまるで酩酊しているかのように揺らめいた。
歯列を舐める度に。
舌を絡める度に。
深い色に蕩けていくそれを直視できなくなったのは斎藤の方だった。
「――ッ!」
がばりと勢いよく身を離した衝撃で立香の身体も揺れる。
「……? あれ?」
ぱちぱちと何度か瞬きして首を傾げた。
顔はまだ赤いままだったがどうやら我に返ったようだ。
言葉を失って眉間を押さえている斎藤に、立香はおずおずと声をかけた。
「はじめちゃん? えっと……私やっぱり目、閉じちゃってた?」
「いや、その……閉じてたというか何というか……」
しどろもどろになる斎藤と、不思議そうにその様子を見つめる立香。
この後、再びひとつの提案が斎藤からなされることとなる。
キスをする時はやはり目を閉じるのが自然ではないかと。
斎藤の心変わりの理由は立香には分からなかったが、恥ずかしい思いをしないで済むならとホッと胸を撫で下ろした。
そして、同じく内心で安堵のため息を漏らした男はというと。
(キスする度にあんなもん見せられたんじゃこっちの身がもたないっての)
どっと疲れたように重みを感じる肩と腰を引きずって、取り急ぎ冷たいシャワーを浴びることを決意したのだった。
カット
Latest / 143:15
カットモードOFF
141:00
煤かぶり
終わり~(キスの日間に合わず)
141:33
煤かぶり
見てくれてた人ありがとうございました。
142:40
煤かぶり
では終了します~。
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向き
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キスの日はじぐだ
初公開日: 2022年05月23日
最終更新日: 2022年05月24日
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コメント
キスの日ネタで一ぐだ♀を書く(二時間ないので遅刻しそう)
テキストライブってどんな感じなのかテストも兼ねて。