ヤンデレショートストーリー ――宅配便――
俺はいつものようにA町の配達に向かっていた。X宅配会社の配達員として勤務している。A町は俺の管轄だった。
ただ、最近奇妙な家がある。
普通の一軒家なのだが、いつも時間指定で配達を依頼される。それだけなら別になんてことはないのだが、その頻度があまりに頻繁なのだ。
その上、出てくるのは必ず高校生ぐらいの女の子で、その時間帯も日中や場合によっては午前中のこともある。学校に行っていないのだろうか、などと詮索したくなる気持ちも出てくるが、そんなことに介入するようなことはあってはならない。プロとして、俺は荷物を届けるだけだ。
しかし、きっとネットで何か買っているのだろう。有名な大手企業のデザインのあしらわれた段ボール箱をいつも届けることになる。都会ならこんなことも日常茶飯事なのだろうが、こんな田舎にここまで頻繁にネットで買い物をしている人は見たことがない。それにこんなに多くの荷物、ほぼ毎日注文してるほどに多くの荷物を配達していると、そのお金の出所も気になってしまう。
ある日、またその少女の家に行った。
「佐藤さん、宅配便です」
そうドアフォン越しに話した。
ドアが開けられ、いつもの少女が出てきた。名前はおそらく、
「佐藤、紗那さんですね。ここにサインをお願いします」
佐藤さなというのが名前だろう。
紗那という少女は俺に微笑むと、俺が抱えた荷物の上の、書きにくいであろう段ボール箱の上でさらさらと達筆にサインする。
「ありがとうございました」
俺はそういってその家をあとにした。
翌日もまた、彼女の家に荷物を届けた。サインが終わり、「ありがとうございました」と言ったとき、おそらく紗那というのであろう少女は、言った。
「荷物を送ってもらうことはできますか?」
うちの宅配会社ではクレジットカードで登録していれば在宅で荷物を預かりに伺い、荷物を送ることができる。ただ、紗那はクレジットカード登録をしていなかった。でも方法はある。
「着払いなら可能です」
「着払いでいいです。お願いします」
「じゃ、伝票とってきますね」
「荷物を取ってくるわ。ちょっと待ってて」
俺は伝票を取りに軽自動車に戻った。助手席にのせてある伝票をつかむと、すぐに佐藤家に戻った。
玄関は半開きにされていて、俺は紗那さんの戻って来られるのを持った。
廊下を走る音が聞こえ、紗那というのであろう少女は現れた。手には発泡スチロールの、ちょうどミカン箱ぐらいのサイズの箱が持たれていた。ガムテープで頑丈に止められている。
「クール便ですか?」
「いいえ、通常便でいい」
「冷たいものなら発泡スチロールの容器でも氷なら溶けたり、生ものなら傷んだりすると思いますけど」
「大丈夫。溶けても、傷んでもいいものだから。でも衝撃には気を付けてね」
「はあ……。ワレモノということですね」
その時は特に気に留めなかった。荷物を預かって、俺は佐藤家を後にした。
翌日、また大手通販サイトの荷物を持って佐藤家へ行った。
「おはようございます。宅配です」
時間指定が午前なのだから、この時間にきても問題はないはずだ。
しばらくして玄関のドアが開いた。
「ありがとう」
紗那であろう少女が出てきてサインした。
「ありがとうございました」
そういって帰ろうとしたとき、呼び止められた。
「ちょっと」
振り返った。
「どうかしましたか?」
「荷物はもう届いてますか?」
「追跡を見てみますね」
俺は端末を取りだし、紗那の名前と住所を入力した。
「まだみたいですね。荷物は一つしか送られていないのですよね」
「はい」
「もうしばらくお待ち下さい。多分今日の夕方には届くと思いますので」
「わかりました」
紗那は微笑んでいった。
「最近、彼女と会ってる?」
「え?」
「いえ、何でもない。ありがとう」
俺は早くこの家を立ち去ろうと急いで軽自動車に乗り込んだ。
その晩、X宅配会社から荷物が届いた。俺の管轄している町と、住んでいる町は違う。だから配達員も異なる。
荷物を受け取った。それは、昨日紗那が送ったものと同じものに見えた。
俺は伝票は事務の方で処理するのだろうと、いい加減な仕事をしてしまっていた。宛先がどこであるかなど、気にも留めなかった。
「着払いです」
そういえば、そんな方法だった。
俺は荷物の送り主を見た。「佐藤紗那」と書かれていた。思い切って料金を払い、それを受け取った。
「ありがとうございました」
そういってその配達員は去って行った。
俺はこの荷物としばらくにらめっこしていた。開けていいものなのか、顧客と私的なやり取りをしていいものなのか。それに第一、どうやって紗那は俺の住所を知ったんだ?
恐る恐る箱を開けた。そこにはガラスケースの何かが入っていた。液体が入っているようで、重たかった。液体ならそういう送り方をしないといけないなどと思いながら、それを持ち上げた――。
一瞬、それが何かわからなかった。赤い液体と、髪の毛のような気持ち悪い塊に見えた。
向きを変えてみたとき、それは顔に大量の釘が刺されている――俺の付き合っている彼女の生首だった。
釘の一本一本にビニールテープか何かで印がつけられている。読んでみると日付が書いてあった。3/3(火)、3/5(木)、3/20……。バラバラだが日付らしきものが片っ端から書かれていた。だが、それはおそらく俺の配達した日なのだと感じた。釘を、一本一本、彼女の顔に刺すために毎日配達していたのかと悟った。
すぐに紗那の住所に行った。職務規定とかどうでもよかった。
ドアを思いきり叩く。
「開けろ! 佐藤紗那!」
ドアはすぐに開いた。そして現れた彼女は俺に抱き着いてきた。
「どう? 醜かったでしょう? あの人はその程度の人間なの。でも私はまだ若くて綺麗よ。自分でもそう思う」
「……どうやって住所を知った、彼女のことを知った」
「だって、前の配達員さんが吐いたから」
俺は行方不明になっていた前の配達員を思い出した。この地区の担当者が入れ替えになって、隣の町に住んでいる俺が担当しなければならなくなっていた。あいつとは配達局が一緒だったから、個人情報も知っているだろう。飲み会で彼女ののろけ話をしたこともある。仲がいいほどではなかったが、まったくの疎遠というほどではなかった。
「そいつはどこにいる」
「あなたがいろいろ運んできてくれたから、今は綺麗に埋まってる。床下の土の中」
「お前の家族も共犯なのか」
「私に家族はいないわ。祖父の遺産で生活している。この家には私以外誰もいない」
「……なんで、どうして俺なんだ。俺の彼女を狙ったんだ」
「簡単なこと。――彼氏なんて、誰でもよかったの。でも、前任者はあなたのことを素晴らしい人間のように言ってたわ。彼女にもモテて、プロ意識が高くて、実直でまじめで。あなたに会ってみたくなったから前任者を殺した。くじ引きみたいなものだから、次に誰が来るかはわからないけれど、あなたが来てくれてよかった。でもきっと来てくれると思ってた。来てくれるのなら赤い糸で結ばれているということなのだと、信じていたから」
紗那は微笑んで、俺を抱きしめた。
異常、としか言いようがない。
俺は紗那を引きはがした。しかし、次の瞬間首元に痛みが走った。痙攣するように倒れた。
「スタンガンって、意外とよく効くのね。いうこと聞いてくれるまで、しばらくうちに上がっていってちょうだい。あなたが届けてくれたたくさんの荷物は、役に立つものばかりだから――」
玄関に倒れていると、小柄な体でも扱えるようにか、ロープを持ってきて、俺の手足を縛った。そしてずるずると家の中に引き込まれていく。血の臭いがしてくる。生臭い。
首から先がない死体も、ここに在るのだろうか。俺は喪失感に浸っていた。
しかし、すぐにそれは目を覚まされた。ナイフで頬を切り付けられたからだ。
「刃渡りが一定程度以下のナイフなら、銃刀法に引っかからないからネットでも販売されているのよね。ちょっと傷があるくらいの方が男らしくてかっこいいわ」
俺は何とか助けを呼ぼうとしたが、なぜか力が入らなかった。
「注射器もネットで買える時代よ。もっとも、医療従事者向けのサイトで買ったけれどね。そこに私が病院でもらっている薬を混ぜて、さっきあなたに注射した。スタンガンで間抜けに倒れているときにね。飲み薬を注射されるとよく効くのかな。液剤だけど禁注射って書いてあったからね」
意識が遠のいてきた。次第に幻覚が見えてきた。それは、付き合ってい”た”彼女と、前任者の亡霊だった。
「さおり……」
その亡霊に向かって声をかけた。彼女がここへ来たのはきっと前任者に連れられてのことだろう。そういえば二人は仲が良かった。
「そっか、二人は付き合っていたのか」
俺は間抜けにも浮気されていたことに気が付いた。俺には、目の前のこんな狂った少女しかいのかと思うと、気が遠くなり、そのまま意識を失った。
最後に何か聞こえた気がする。
「ようやく気づいたのね。かわいそうに」
それは慈悲深い言葉のように感じた。
END