さーて
今回も毎日配信はじめていきますよー
部が変わったのでこの配信の説明をまずは!
誰かが書いているなら自分も書こうかなと思ってもらえたら嬉しいなということでできる限り毎日配信をおこなっていっている配信です。
ただし、毎日続けるために時間は不定。
中の人がだいたい1時間くらいで集中力がきれるので毎回1時間くらいでやっていっています。
本日GWキャンペーンのワンライ企画開催最終日です。
まだ参加されていない方はまだ時間がありますのでぜひご参加ください。
それでは本編にいきましょうか。
さて、本日は夕方から行っていきます!
この配信が始まる前にGWキャンペーンでのご当選者さまがたに賞品の方を発送させていただきました。
Amazonからのメールが送れるかもしれませんがお待ちいただけましたら。
さて、本編にいきましょう。
今日は朝から
今日は早速本編にいきましょー!
今日は夜から。
さーて、はじめていきますよー。
さて、今回はバージョン3を作っていくにあたり0から考えていくことをしていきます。
前回は途中から既存バージョンありきで考えていましたが、それを一旦置いておいてやっていきますよー。
最初の方は一緒なので前回のをつまんでまとめます。
執筆をはじめる・続ける際のハードルを下げる
1. 執筆物全般で書き上げないといけないと公開できないという認識があるため、書き上げるまでのモチベーションを自分1人で維持しないといけない
2. インターネットの普及によって気軽に作品を投稿できるようになったため、書き上げられた作品が溢れてしまっており、執筆を始めようとした際に必要だと思ってしまう執筆物の完成度や速さや過程などが高いものになってしまっている
3. 小説投稿サイトなどが普及したことによって執筆物に対しての評価軸がPVの数など他者からの評価が主軸になっている
4. 書きかけや過程を見ることがないので執筆を始める際にどうするのか思い描きづらかったり、始めてみたい際に勧められているのか実感が湧きづらい
1. 自分や他者の執筆過程や書きかけを公開・見ることによるモチベーションの維持と執筆に対する考えの軟化
2. 人それぞれにあったモチベーションを維持できる仕組みの導入
1. 執筆過程や書きかけを気軽に公開・見ることができる
2. ここで執筆することがモチベーションが維持できるような仕組みがある
この2つができる書こうとしている、書いている人が集まる場を作る
執筆過程や書きかけは公開してもよいものと認識を変えていく必要がある
執筆における公開するものって作品という認識になると考えている
なので、執筆過程と書きかけの執筆物を作品となるようにする
仕組み考えて作る
人それぞれ書き方が違っていて、それを他の人が見れるのは価値がある。
・自分の執筆へのモチベーションになる
・他の人の書き方から学びがある
・自分以外の人も書いては消して考えてを繰り返して書いているのを知ることで執筆に対するハードルを下げれる
執筆過程が作品になる→公開する→リアクションがもらえる→継続するためのモチベーションになる→続く
・書き上げないと公開できないっていう認識が根強いので書き上げるまでのモチベーション維持が難しい
・途中経過でもリアクションがもらえたらモチベーションの維持につながる
書きかけが作品になる→公開する→リアクションがもらえる→継続するためのモチベーションになる→続く
とりあえず書きかけと経過を見せれる仕組みを作る
書きかけってわかるように公開できたらいい?
書きかけってワードにすると何か心理的ハードルが発生している気がする
経過をリアルタイムと後からの両方で動く形で見れるようにする
・投稿サイト的には他者からのリアクションがつくもの、他者が見るもの
・商業的にはお金が生まれるもの
・穿った見方をすると優劣がつくもの?
・執筆者的には?
・自分の書いたものすべて
最近だと以下の考えが入りそうではある
・公開するもの
・リアクションがもらえるもの
・ランキング・PV数などで優劣がつくことによる承認欲求をみたすもの
極端に書くとこうなるのかな
公開してもらうからには他者からのリアクションは必須
リアクションの種類としやすさを重視する必要がある
商業的な考えでのお金って意味をスライドさせて考えてみる
執筆することによってのインセンティブが生まれるとよい?
書きかけと過程を見る人って、書こうとしている人や書いている人になってくる。
エンタメみたいにできるなら日頃小説サイトなどで読む人も含まれていくかな。
こっちはチューバーてきな活動をする執筆者のみって形。
日頃、執筆する人が相手にしている層の人数よりも少ないの自明。
壁になる要素。
ここどうにかならないかなーとずっと考えている...
書きかけ・過程を公開する→リアクションをもらう→モチベーションを維持・向上→
を繰り返していくことで執筆を続けるモチベーションの維持による循環を作ろうっていう話ですが。
リアクションをもらうっていうところを強めにしないと成り立たない。
リアクションが1つももらえないっていうのが続けば循環が止まる。
他の人の書きかけや過程を見る→モチベーションを維持・向上→執筆する→
こちらは自分が配信・公開しないパターン。
執筆する→執筆文字数や時間などの数値を見る→モチベーションを維持・向上→
サービス側が1人のユーザーの中でモチベーションに繋がる物差しや値を見せることによって生まれる自己完結のパターン
他人が書いているのを見ることがないし、インターネットが普及したのもあり書き上げた文章が溢れているので、執筆に対するハードルが高いと感じる。
一定の評価を受けないといけないっていう錯覚と一定の文章を書けないといけないっていう錯覚とが生じている。
途中や過程を公開するのにリスクが生じる。
書いている途中で話を変えたりした場合に生じる。
単話、短編なら問題はない。
長編になってくると重要な設定などが見え隠れする恐れがある。
ここにハードルを感じる人は絶対にいる。
対策・対応が必要になる。
書き上げたものしか公開している人が少なく、書き上げたものを公開するのが当たり前の状況。
なので、途中のものを見せるのに心理的抵抗がある。
過程における誤字・脱字や打ち間違いを見せるのも心理的抵抗がある。
これらは今までしている人がいない状況が続いてきたからで、書きかけと過程が作品とみられるようになれば自然と解決はすると考えられる。
が、何もしないわけではない。
かといって、文章を書くというのは大小さまざまだけども全員しているのもあって、絵とかに比べるとなぜか評価のハードルが高いよね。
自分で考えた物語を文章にするっていうののハードルがぱっとみそこまで高くないって認識が浸透しているのが厄介。
創作活動で暮らすなら大衆が何を好み何を見たいのかを考える必要がある。
一般的な商業的な考え。
価格を下げるためにも多く作る必要がある。
多くの人に売ってそれで利益を上げる。
利益を最大にするためにも多く売れる方がいい。
世に作品を出すってことが1人でできないからその分費用がかかる。
他にもいろいろあるけどわかる。
わかるけども、今も創作で暮らすなら大衆が何を好み何を見たいのかにフォーカスする必要があるのか。
インターネットが普及した今。
見るべき大衆はそれまでと同じなのか。
利益を求めるならより広まっているのだろう。
利益を最大限にする必要がないとしたらどうなんだろう。
どうなんだろうなー。
考えている時間が長くて画面が動かない回でした。
今までで1番執筆文字数が少ない気がします。
次回はここからどうしていくかを考えたいな。
最後まで見ていただきありがとうございました。
途中ちらっと覗いてくださった方もありがとうございました。
アーカイブで読んでいる方もありがとうございます。
それでは今回はここまで。
OWARI