高谷が酔い潰れる話
あらすじ
・酔い潰れた高谷の動画を栄倉に送ってもらった木崎が高谷を迎えに行く
*高谷と木崎は付き合ってる
*大学生捏造
***
『うう……きざきさん……あいたい……』
赤く染まった頬、呂律の回っていない舌、うつらうつらとしながら涙がすこし流れている瞳、どれもが画面越しなのが残念でならない。
ギリ、と歯を食いしばり木崎が険しい表情で何を見ているのかと言うと、先程栄倉から送られてきた動画だった。画面の中では、恐らく酒か何かで酔い潰れたのであろう高谷が、ハッキリとしない頭で自分の名前を呼んでいる。正直言って目の毒だった。
『大学の飲み会で、先輩に飲まされてしまって。いつもだったら上手いこと躱してるんですけど、今日は何か無理したっぽくて』
もし良ければ迎えに来てやってもらえませんかと、栄倉から連絡を貰ったのが数分前。
何かあった時のために、高谷と仲のいい後輩と連絡先を交換しておいて良かったと思う。学年も違えば大学も違う恋人とは会う機会もそう多くはなく、最近は特に就活の準備なども始まり、会えていなかった。
そこに飛び込んできたこの連絡、栄倉なりに気を遣ったつもりなのだろう。後輩のありがたい配慮を受け取りながら、木崎は一つため息をつき家を出ることにした。酔い潰れた高谷を迎えに行くために。
何より恋人が自分以外の誰かにこんな表情を見せているということに、怒りを感じながら。
***
「あっ、木崎さん、こっちです」
栄倉から送られてきた店は木崎にも馴染みがある、大学生の溜まり場のようになっている場所だった。店に入った途端奥の部屋から手を上げているのが見えて、木崎は半個室の団体部屋に入る。
飲み会は既に解散したようで、辺りには見知った後輩の顔ぶれのみが残っていた。その中に一人、ピクリとも動かない寝姿勢の人物が。
「あー……迷惑かけたな」
高谷は泣き疲れて寝てしまったのか、自身の腕を枕にしながら机に突っ伏していた。一緒にいた室谷が揺すって起こそうとはしているが、全く起きる気配はない。
仕方なく場所を代わってもらい、木崎が高谷に声をかける。
「高谷、ほら、帰るぞ」
「…………んん」
「起きろって」
ピシ、と軽く額にデコピンを食らわせると、高谷は肩を震わせながらゆっくりと頭をもたげた。後ろで後輩からうわぁ、と声が聞こえるが、お構いなしだった。
「んえ……?きざきさん……?」
「そーだよ木崎さんだよ」
「なんれ……?」
「お前が会いたがってたんだろ」
まだ寝起きで発音があやふやの高谷に、木崎はぶっきらぼうに水を渡す。ぼんやりとした顔に冷たいガラスを押し当てれば、幾分か目も覚めたようで、猫目が次第に覚醒してきた。
「うそ……」
「嘘じゃねーよ。つかお前何で潰れるくらい飲んで……」
「嘘だ……だって木崎さん、」
木崎の言葉を遮るようにして声を被せた高谷は、驚いて木崎が振り向いた次の瞬間、瞳から大粒の涙をこぼし始めた。
「は!?え、何、どうした急に……」
「だって、最近木崎さん全然会ってくんないし、予定、いっつも合わないし、連絡だって、いつも俺からだし、返事みじかいし」
溢れ出した言葉は涙とともに止めどなくこぼれてきて、どうすることもできない木崎は隣で唖然としていた。高谷の口から漏れるのは愚痴と、不安ばかりで。
木崎が助けを求めて後輩の方を振り向けば、栄倉と室谷は言いづらそうに口を開く。
「あー……何か最近木崎さん忙しそう、会えないの寂しい、とかなんとか言ってて」
「それで、浮気でもしてるんじゃないかとか……」
「はぁ!?浮気!?」
木崎に聞き返され後輩の二人は萎縮してヒ、と声を出す。その後いやいや、と手を振り慌てて弁明した。
「俺は木崎さんに限ってそんなことは無いって言ったんですけど!高谷もそうだよね、とか言ってましたし……」
要は不安が募りに募って、二人には相談していて、勝手に結論を出して泣いているというわけか。普段はあまり飲まない酒を潰れるまで飲むくらいには、混乱していたのだろうか。
そう考えると確かに言葉足らずではあったかもしれない、と最近の高谷とのやりとりを思い返してみる。用事がある、とは伝えてあったが、用事の内容まではあまり言っていなかった。忙しいときには返事も軽く返していた。自分から連絡することも、確かになかったような気がする。
けれど、数少ない連絡の中で、高谷は不安だとはおくびにも出さなかった。寂しい、とも。自分に知られず我慢していたのだろう。
「……悪い、二人とも」
涙をポロポロとこぼす高谷の目尻をそっと指で拭ってやりながら、木崎は後ろにいた栄倉と室谷に声をかける。
「色々世話かけたな」
まだぐずぐずと泣いている高谷を引っ張り上げ、木崎はその身体を起こした。酒と泣き疲れでおぼつかない足取りを庇うように高谷の腕を肩にかけ、立ち上がる。
声をかけた後輩たちはどちらも不安そうな表情を浮かべていて、心配をかけさせないようにと順にポンと軽く頭を撫でた。
「連れて帰るわ」
じゃ、と軽く手を振るとワンテンポ遅れて二人は返事をする。それを見届けた後なるべく揺らさないようにと気を遣いながら木崎は高谷と共に店を出る。
肩に乗った熱が、随分と久しぶりな気がした。
***
目を覚ますと見慣れた天井、けれど自分の部屋ではない天井が一番に飛び込んできた。次にガンガンと打ち付けるような頭の痛み、そして最後に吐き気が襲ってくる。ベッドから身体を起こした高谷が、痛む頭を抑えながらここまでの経緯を思い出そうとしたところで、後ろから声がかかった。
「起きたかよ」
振り向けばずっと会いたかった恋人が立っている。仏頂面で、いつも不機嫌そうで、でも優しい、不器用な恋人が。
「きざき、さん……」
「飲み会で潰れてたから、連れて帰ってきたんだけど」
覚えてるか、と問われ、次第に記憶がハッキリしてくる。確かサークルの飲み会で、先輩に酒をめちゃくちゃ勧められ、勢いに任せて全部飲んでしまって……。
「あ!?」
「うわ、うるせ」
思い出した。その後、先輩も同期も後輩もいる前でベロベロに酔い、近頃の鬱憤をぐちぐちと吐いたところまで完全に思い出した。栄倉と室谷に無理やり飲み会を切り上げてもらって、その後、木崎が迎えにきてくれて。
かぁ、と顔の中心に熱が溜まるのが分かって、残ったアルコールとで頭がクラクラしてきた。
「うわぁ……」
「ほら、水」
項垂れる高谷に木崎は水のペットボトルを押しつけてきて、それを素直に受け取った。醜態を晒してしまった挙句目の前であてつけに近い文句をぶつけてしまったこともあり、恥ずかしさで顔が見れない。
「水、ありがとうございます……それで、えっと、さっきのは、」
弁明をしようとした続く高谷の言葉は、木崎の言葉によって遮られることとなる。
「悪かった」
「…………へ?」
予期せぬ木崎からの謝罪に、高谷は素っ頓狂な声を上げる。思わず顔を上げてみれば、不安げな瞳と目がかちあう。
何のことかと高谷が首を傾げていると、木崎は一つため息をし高谷が腰掛けるベッドの横に座った。スプリングが二人分の体重を受けギシ、と軋む。
「色々、我慢してたんだろ」
二人から聞いた、と言われすぐに栄倉と室谷のことだと分かる。二人には何度か相談したことがあった。
「連絡、あんま寄越せなくて悪い。予定も、俺がもうちょいズラせば何とかなったかもしんねえ」
「いや、それは木崎さんのせいじゃないし……忙しいのは、分かってた、けど」
じ、とその黒い瞳に見つめられ、抱え込んで
いた想いが一つ、また一つと、こぼれ始める。
「……連絡、そっちからもして欲しい」
「ん」
「返信、もう少し返してください」
「分かった」
「落ち着いたら……おれのために、時間、つくって」
返事の代わりに頭にポンと手を置かれ、それをきっかけに高谷は木崎に思い切り抱きついた。勢いよく飛び込んでも、このひとは優しく抱き留めてくれた。
猫毛の柔らかい髪を撫でながら、木崎が耳元で言う。
「お前も、あんま無理すんな。我慢してねーで寂しいならそう言え」
「うん……」
木崎の肩口に顔を埋めながら、高谷は何度も頷く。最初から、言っていれば早かったのかもしれない。久々に感じる腕の中の温もりを抱きしめながら、どちらからともなく、唇が重なった。
一瞬の触れ合いでは数週間の空白を埋めることなどできなくて、離れた後も自然に引き合うようにしてまた2回目が降ってくる。
3回目、をしようと高谷がまた顔を近づけたところで、突然頭を撫でていた木崎の手が、耳を軽く引っ張った。
「で」
「え?」
名残惜しくも終わってしまったキスの余韻を楽しむ暇もなく。木崎の方を伺えば、先ほどまでの甘い空気とは打って変わって真顔の表情だった。耳をすませば、どこからか怒りの音が聞こえてくる。
「誰が、浮気してるって?」
「…………あ」
そういえば、栄倉と室谷に相談していた時にそんな話になったような。二人から話を聞いたなら、もちろんそのことも耳に入っているわけで。
「お前なぁ……」
「え、いや、違うって!別に木崎さんのことを疑ったわけじゃなくて、例えっていうか、うわ!」
グイ、と両頬をつねられて、ギブギブ、と高谷が木崎の腕を叩く。アルコールなどとうに飛んでいってしまって、今はそんなことより、目の前の恋人にどう弁明するかを考えるので精一杯だった。