まだ1月ですけど早くも2022年脳内最高傑作となりました「アイの歌声を聴かせて」、塚口サンサン劇場にては今日が最終上映だったので行ってきました!
最終上映なので、感想の前に恒例の待合室やポスターの様子をどうぞ。
塚口名物扉前のサイン&ポスター。
塚口のファッションリーダーこと秋山殿の勇姿。
ボコは激獣の最重要アイテムであるペンダントを装備。
そしてスピーカーの影にはお掃除ロボが!
サンサン劇場は劇場内だけでなくこういうところからも作品を楽しませてくれるのが素晴らしいです。
つうか秋山殿のクローゼットがそろそろ満杯になりそうな予感。
さて、通算3回目となるアイうたの感想です。まだまだ書き足りないことばかりでもう仕事なんてしてる場合じゃねえ!!
前回の日記ではシオンのことを掘り下げてみたので、今回はそれ以外のキャラについて書いていきましょうかね。
本作にはたくさんの魅力的なキャラが登場しますが、個人的にはその中でも特に好きなのはサンダーこと杉山紘一郎。こういう朴訥なキャラ好きなんですよね。あと武道補正。
いやー一本気でいいやつですよね彼。サトミの家での祝勝パーティであわやシオンがいることがバレそうになったときに、絶叫とともに全部ゲロるシーン大好き。
あと、暴れ三太夫との勝負のあとのシーン、ゴッちゃんの「柔道、やめたくなんねーの?」のセリフに「なんで?」と答えるあのシーン。実は作中でTOP5に入るくらい好きなシーンです。あの答えを返せるあたりに彼の強さが現れているわけなんですよ。試合の勝ち負けだけが価値じゃないんだぞサンダー! お前は強い男なんだサンダー!
彼個人も好きですが、彼の見せ場ともなるシオンとの組手のシーンも好き。
最初は攻めてくるシオンに戸惑って顔を赤くしてるサンダーですが、「Lead Your Partner」の盛り上がりに合わせてだんだんと本気になっていくあのシーン、好き。むしろSUKI。
あのシーン自体の完成度というか没入感も好きなんですよね。最初のミュージカルシーンである「ユー・ニード・ア・フレンド~あなたには友達がいる~」のシーンで、「シオンは実際にみんなの前で歌ってて、音楽も周囲のスピーカーから本当に流れている」というリアリティラインを提示しておいて、ゴッちゃんとアヤの「Umbllera」を経てのこれ。
この流れで、もう視聴者はシオンが突然歌い出すことにも、このシーンではトウマが持っているスマホから実際に音楽が流れていることにも疑問を持たない。……とともに、シオンの行動の根幹、カーネルプログラムとも呼ぶべき部分に「歌を歌う」という行動が根付いていることを意識し始める、という。
あとこのシーンのシオンの動き、特に姿勢制御と体重コントロールが、いかにも「人間の姿をしてるけど人間じゃないキャラクターの動き」でSUKI。同様の例としてはかの名作「ブラックマジックM-66」におけるマイベストメカ娘M-66が挙げられます。知らないやつは見ろ。
なんかサンダーの話だったのにだんだんずれてきたな。
もちろん本作でシオンとペアとして扱われているのはサトミなわけですが、あくまでロジックで動いている(ように見える)シオンと対称的に、あくまで情動で動いているのがサンダーなんですね。
物語序盤でシオンがAIであることを知ったにもかかわらず、彼女の一挙手一投足にドキドキしてたり、シオンが星間エレクトロニクスに回収されてしまったときには、真っ先に本社ビルに乗り込んでいく。そんな彼は、作中ではAIであるシオンに対して人間代表のように見えました。好きだぜサンダー。
また、トウマ……というか、トウマのシオンに対する関わり方がまた印象的で好き。
AI技術が浸透している作品世界の中でも、トウマは特にAIに対する造詣が深いキャラです。というかシオンの生みの親とも言える立場にあります。
なので、はじめてシオンと会ったときも驚きよりも喜びと興味が完全に先に立ってるんですよね。そしてオタク特有の「自分の好きなことの話になると早口になる」スキルも当然発動。身に覚えがありすぎて辛い。
サトミがシオンのことをAI以前に「メチャクチャな奴」として認識しているのに対し、トウマは終始一貫してシオンに対してAIとして接しています。
これはいわゆる「人間扱いしない」ということではなく、ごく自然にAIとの対話を行っていると言うこと。シオンが最初の機能停止から回復したシーンで、シオンを教室に戻るよう諭すときの諭し方、あれは完全に機械学習のやり方だと思います。
そして終盤でも、「シオンはAIなので、プログラムだけを施設外に逃せばいい」と提案するのはトウマであり、この発想もやはりシオンを自然にあくまでAIとして認識しているからこそ出てきた発想なのだと言えるでしょう。
また、シオンの方のトウマに対する接し方もサトミともゴッちゃんたちとも異なるように思えます。ともすればシオンは、口に出しこそしないものの、自分の生みの親がトウマであることを知っているような素振りすらみせているような気がします。
前回の感想で取り上げた、サトミ宅でのパーティ中のトウマの「そういえば、シオンはサトミのことどこで知ったの?」という質問に対する「その質問、命令ですか?」の答え。
たぶん、トウマはこの時点で決定的にシオンの正体に気づいたんだと思います。
というかこのシオンのセリフもまた巧妙なんだよなあ。字面通りの言葉とも取れるし、あるいは皮肉めいた答えにも聞こえる。ぐぬううほんとに吉浦監督のこのへんのさじ加減があまりにも巧妙すぎる……!!
ゴッちゃんとアヤのペアも好きですね。ギクシャクした状態から仲直りという王道なシチュエーションを見せてくれる彼らですが、その中の回想シーンの中にあるバイクに二人乗りしてるシーン。
このシーン、終盤の星間エレクトロニクス本社ビルでのバイクで追手を妨害するシーンに対応してるんですよね。こういう対応や繰り返しはオタク全員が好きなやつなのでどんどんやってほしい。
サトミが家を出るシーンや玄関のシーン、バス停のシーンなども、本作では「同じ場所なのにストーリー展開によってまったく印象の異なる場所となる」という効果がしっかり出ていると思います。
特にインパクトが強かったのがサトミ宅の玄関でしょうかね。
冒頭で遅くまで働いていたサトミの母・美津子が脱ぎ散らかした服や靴を手早く片付けるサトミのシーンで、これも彼女の日常であることがわかります。
しかし、終盤でシオンが回収されてプロジェクトも凍結されたとき、同じように玄関に脱ぎ散らかされた靴や服を見て、思わず背筋が凍りついた視聴者は多かったでしょう。あそこの繰り返し演出はほんとうに上手くでゾッとしました。
そういや書いてて気づいたんですが、「同じ場所なのにストーリー展開によってまったく印象の異なる場所となる」の最たるものは星間エレクトロニクス本社ビルですよね。
序盤では大企業のビル、シオンが回収された終盤では魔王の城、そしてラストシーンでは……というように、あの本社ビルは三度大きくその姿を変えています。
思えばこの作品自体も、ストーリー進行に従って大きくその姿を変えていきますよね。コメディ、SF、シリアス、サスペンスを通して最終的に物語が行き着いたのは、「プリンセスを月に帰す」という魔法の世界のおとぎ話だったという展開は、クラークの三法則の2「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」を思い出します。
優れた作品は見る度に発見があるものですが、やはり3回目となる今回も新しい発見がありました。それは「シオン=AIの立ち位置」。文字通りの意味での立ち位置。
従来のテクノロジークライシスを描く作品や、あるいは人間とAIとの恋愛を描いた作品の場合、AIの立ち位置はそれぞれ、敵や恋人となることでしょう。
では、本作におけるAIの立ち位置とはどこか。
それはずばり「間(あいだ)」です。
今回気づいたんですが、シオンはサトミを幸せにすることを目的としているので、当然サトミと強く結びついています。
では、シオンの立ち位置はサトミのとなりなのかというとそれは違います。
シオンは常に、誰かと誰かの間にいる。
象徴的なのは「Umbrella」のシーン。このシーンは前述の通りギクシャクしてたゴッちゃんとアヤが仲直りするシーンなわけですが、このシーンで文字通りそのふたりの間にいるのがシオンなんですね。当然このシーンでは、シオンが仲立ちとなってゴッちゃんとアヤの関係を修復する。
さらには、小学3年のときから疎遠になっていたサトミとトウマを再び結びつけたのもシオンなら、失意の底にあった美津子とサトミを再び向き合わせたのもシオン。考えてみれば、シオン自身も、彼女の出自となったコミュニケーションAIを作った美津子とそれを改造した幼いトウマのふたりの力で生まれた存在です。
このように、シオンは常に誰かと誰かの間に立って、そのふたりを結びつける役割を果たしている。
そして今回の視聴で「シオンの立ち位置は間(あいだ)である」と確信したポイントがあります。
ここに気づいた自分を俺は全力で褒めてあげたい。
星間エレクトロニクス本社ビルでの逃走劇のクライマックスで、シオンを連れて逃げるサトミたちが、お掃除ロボに道を塞がれて進退窮まったかと思いきや……のシーン。
あのシーンのロケーションがまさに「ビルとビルの【間】にある渡り廊下」!!
星間エレクトロニクス本社ビルのあのデザインにも意味があったんです!
そこから屋上にて光となって旅立つシオンは、地上と月とを結ぶ光となります。
そしてエンドロール直前のラストシーン。
繋がれたサトミとトウマの手。あれこそがシオン! あれこそが人類に対する人を幸せにしてほしいと願われたAIの立ち位置!
つまるところ、本作ではシオン、ひいてはAIという存在は、人と人とを結びつける絆そのものとして描かれていると言っていいのではないでしょうか。
ここに気づいたときにわたくし思わず劇場内でプラトーンのポーズをキメそうになりました。
また、これは帰りの電車で同じく今回の最終上映を見に来たサンサン劇場ファンの同志の方と話したことなんですが、上記の渡り廊下のシーンで、シオンの目がアップになるシーンがありますよね。
その方が言うには、このシーンはロボコップにおけるロボコップの頭部装甲が破壊されてマーフィの素顔、特に目が露出することで、それまで「ロボコップ」という治安維持装置であった存在が「マーフィ」といういち個人に立ち戻ったことを意味するシーンと符合するとのこと。
そういやかの名作「ブレードランナー」も、物語はフォークト・カンプフ検査の目のアップから始まりますし、随所で目のアップという構図が象徴的に使われています。「目のアップ」というのはAIやアンドロイドを扱う作品において非常に重要な要素でしょう。
また、もうひとつ指摘があったのが同じく渡り廊下のシーン。お掃除ロボが突然ミュージカルを始めるシーンで、その表情がひとつひとつ違うという点。
これ、もしかしてお掃除ロボそれぞれにすでに個別の意志が発生しているのでは、という指摘でした。
この話を聞いたわたくし、赤べこ状態。時間に余裕があればこのまま3時間くらい話したいところですマジで。
いやーこういう教養のある方と話してると本当に勉強になります。いい気づきを得られました。
前述の通り、今回でアイうたは通算3回目の視聴。
サンサン劇場では今回が最終上映ですが、ほかの劇場ではまだ少しやっている様子。
そしてサンサン劇場のことだから再上映はもとよりマサラ上映も絶対やる。というかこの映画のミュージカルシーンはマサラ上映しないとバチが当たるレベル。
いやーしかし完全オリジナルの劇場アニメにここまでハマるとは読めなかった、この海のリハクの目を持ってしても。
こうなるとロスが心配ですが、幸いコミカライズとノベライズがあるようなので今度はそちらに手を出していこうと思います。あとサントラもな。