アマルダの街一番の鍛治職人一家、サンダーブレーク家の朝は早い。日の出と共に一家の大黒柱であるオヤジが炉に火を入れる際の、爆裂魔法の轟音から始まるのだ。
 続いて、ドス、ドスッ!、ドスッッ‼︎と、2階にあるオレの部屋へ向かう階段を力強く踏みしめ登りながら、大音声で、
「おはようッ!コノ坊ッ‼︎今日はちょっと天気が悪いが、起きる時間だぞッ!さぁ、下に降りて顔を洗うといいッ‼︎ハッハッハッハッッ‼︎」
ドスッ、ドス、ドス…
 もう20歳にもなり、5年前に弟子入りした息子を優しく起こしてくれる、優しい父親なのだ。ただ、オレの異世界転生ライフでイメージしていた、ほっそりとした流麗なエルフ像とはかけ離れた姿であるのだが…
 この世界でも、エルフは細身のイケメン・美人が基本セットなのだが、オヤジはこの25年間に色々あって、既に手遅れな程のゴリマッチョイケメンと化していた。毎朝、オレの異世界転生ライフの雰囲気をブチ壊してくるのだ。
 素直に一階の居住スペースにある洗面所へ向かい、顔を洗うと、先客が居た。爺ちゃんだ。昨日の酒は残っていないらしく、ハツラツとヒゲの手入れに勤しんでいる。
「爺ちゃんおはよう。昨日飲んだ100年モノのドワーフ酒は効いたよ…爺ちゃんは…平気そうだね、うん。」
「おぅッ!コノックや!大の男が樽二つでダラシねぇな!…まぁ、今日は良いエルフ酒が手に入ったって、ティルのヤツが言っとったから、楽しみにしとけや、ガハハハッ!」
 オレの母方の祖父、ゲルトハルトはドワーフで、まぁ、絵に描いたような野生味溢れる、酒と鍛治に生きる典型的なドワーフだった。少し背が低くて、樽の様に太い腕を持ち、長い髭の手入れを欠かさない。何より、オレの父・ティルクリムの師匠にして、世界最高の誉れ高い伝説の鍛治職人である。そう、エルフの国の至宝と謳われていたらしいオヤジを、あんなゴリマッチョに鍛え上げた張本人だ。
 鍛治の指導は厳しいが、普段の会話はただの豪快な爺ちゃんなので、オレも気安く話すし、親子3人で酒の飲み比べなんて、毎晩やっているくらいに関係は良好だ。
 爺ちゃんの次に顔を洗い、ダイニングへ向かう途中、台所からは良い匂いがする。昨夜のビーフシチューと、焼きたてのパンらしい。母がちょこまかと、忙しそうに準備をしている。こちらに気付いて、クリッとした瞳をオレに向けて、
「あらコノック、おはようさん!悪いけど、みんなの皿、配っといてね〜!」
 との指示が下った。食卓の絶対的支配者・母親に逆らうべくもなく、
「おはよう母ちゃん、はいよ〜」
 と、粛々と家族分の取り皿を食卓へ運ぶのだった。
 伝説の鍛治師・ゲルトハルトの一人娘である我が母、ヒルデガルドも、属性マシマシなドワーフである。ドワーフの女性は、前世で言うと中学生程の身長しかなく、野生味溢れる男ドワーフとの対比の様に、淑やかな美少女揃いであった。しかし伝説の鍛治師の娘はお転婆で、しかもドワーフの国に9人しかいない「戦乙女の団」の団長を務める程に腕の立つ戦士でもあった。
 今ではゴリマッチョエルフ・ティルクリムの妻として、ロリ美少女肝っ玉母ちゃん、として、台所という戦場で戦っていた。
 食卓では既にオヤジと爺ちゃんの「鍛治トーーーク」が繰り広げられており、ゴチャゴチャと図面やら鉱石やらが占領していたので、両名にメシの時間を告げた。どうやら、現在の炉の改良工事を計画していたらしい。「魔法爆縮理論の応用における諸問題」という専門書が議論のタネであった。
 「「「「いただきます!」」」」
 それぞれの信仰する神にちょっと祈りを捧げて、朝食を摂り始める。話題は魔法爆縮炉の可能性とオリハルコンの精製効率アップを絡めた、極めて専門的なものである。オレはついていくだけで精一杯だったため、諦めてビーフシチューとパンに舌鼓を打った。
 食事が終わったところへ、ひょっこりとこの街の領主たる、王弟ポワティエ公フィリップその人が、3名の護衛だけを従えて来店した。何でも、奥様がお気に入りのミスリル製ティアラをうっかり破損してしまい、その涙を見て秒でこの鍛冶屋へ駆け付けたらしい。何というフットワークの軽い領主だろう…
 ミスリルを扱えるのは、この街ではウチの魔法炉だけであったし、父や祖父は何やら公爵に恩があるらしいので、これを引き受けて、即座に仕事に掛かることになった。しかし、ミスリル鉱石は昨日の魔法爆縮炉の実験で木っ端微塵に吹っ飛んだところであったため、至急ミスリル鉱石を商業ギルドで手に入れよ!という、お使いクエストがオレに回ってきたのだった。
 緩やかに下り坂だった天気だが、すぐ短時間に本降りになってしまった。9月も半ばを過ぎて、雨にも冷たさが増してきている。9月の水の曜日は、本当によく雨が降るものだ。
 何もこんな日に、飛び込みで公妃殿下のミスリル製ティアラの修理を持ち込まなくても良いだろうに…あの愛妻家の公爵閣下め…
 こちとら、久々に暇を見つけて、虫歯の治療の予約までしていたというのに。しばらく歯医者はお預けだな。左に4本目の前歯の虫歯…沁みるなぁ…
 どうも出がけに見た水晶天気占いはハズレたらしい。ギルドと工房の往復までは、曇りが続くハズだったんだがなぁ…?これは、どこかで雨やどりをしてやり過ごさないと。傘もないし。
 蜘蛛の子を散らしたように軒先へと避難する人々に急かされて、キョロキョロと程よい軒先を探していると。
「ひゃあ!本降り!冷たい‼︎」
 と、ひときわ賑やかに喫茶店の軒先に飛び込んだ女性が目に入り、つい私もつられてそこへ飛び込んだのだった。
はて、オレはまた死んでしまったのだろうか?目の前に、女神が如く美しい女性が、見事なプラチナブロンドの水滴を、手で払っているではないか。
 この世界への転生の際に、それはそれは麗しき4人の女神のご尊顔を拝してから既に20年は経ち、しかもその一度しかその栄誉に浴せてはいない。しかし目の前のプラチナブランドの女性はどうだろう?
 絹の様な光沢を湛え、少し上気して薄桃色の頬、好奇心と知性を見え隠れさせる、黒縁の小さな丸眼鏡、ほとんど化粧気のない中、薄く引かれた紅を引き立てる唇…
 薄手のコートの下にはウェイトレスの制服が見え隠れしているから、恐らくこの喫茶店の店員さんではなかろうか。
 そのプラチナブランドの推定ウエイトレス女史、ええい長い!プラチナウエイトレスの一挙手一投足を、私は侑に10秒は見詰めていた。
 いけない、このままでは不審者モロ出しだ。前世日本であれば、夕立に濡れそぼったOLとバス停で一緒になっただけで睨まれた事のある私の脳裏に警告音が鳴り響く。
 どうしよう。ここは先客であった彼女にオレから声を掛けるべきか?幸いにして、今生では恐らく世界上位に食い込むイケメンフェイスに恵まれた、顔面スペックをフル活用すべきだ!
 一瞬の思考であったが、私は自分史上最高の笑顔とイケメンヴォイスで、プラチナウエイトレスへこう言い放った。
「すいませんね、ハハッ!きゅ…急に…急に本降りですもの、参っちゃいますね!」
 言った!言えたぞ‼︎ちょっと吃ったけど、ただの不審者から喋る不審者へランクアップだ!
 オレの心の内の歓喜はさておき、彼女はその眼を丸くして、後から軒先へと闖入した私を認識した。
 まず顔を見て、濡れそぼった全身を見て、もう一度、今度はオレの口元ちょっと左を見て…約3秒。
「…あ、い、いらっしゃいませ!喫茶『ア・ミン』へようこそ!っただいま開店準備中ですが、そのように濡れてしまっては寒いでしょうし、暖まって行かれませんか⁉︎」
 どうやら我が渾身のイケメンウェーブは、嬉しい事に彼女のお眼鏡には叶ったようだ。ありがとう父ちゃん母ちゃん4女神様‼︎
 この誘い、乗らねばフラグが立たぬと言うもの。是が非でも乗るべき…とは言え、彼女の後ろに怒ったら怖い公妃殿下と、オリハルコン製のハンマーをブンブン無表情で振り回す爺ちゃんの幻影に、オレは泣く泣く、顔はイケメンスマイルのままで、先を急ぐ用事があると告げた。
 しかしそれがファインプレーに繋がるとは…
 この雨の中、せめてものお役に立てますようにと、彼女はこんな見ず知らずの男に、なんとハンカチを貸してくれたのだ!しかも、少し荒い模様(前世日本のス○ーピー?に近い動物があしらわれている)から、多分彼女の手作りだ。
「ありがとう。いつかこのお礼は必ず。貴女も、風邪など召されませぬ様に…」
 ちょっと去り際はキザ過ぎたかも知れない。しかし、爽やかさが彼女にクリティカルヒットしていると、直感が囁いたので、その直感に従った。
 振り向く事なく、颯爽と、雨の中を駆けるオレ。うーむ、ちょっと世界に浸り過ぎたかな?
 でも、あの店、喫茶店『ア・ミン』へ、堂々と言って彼女と話せる理由を握りしめて、気持ち悪い笑みを浮かべながら、オレは商業ギルドへの道を走った。
 ついでに言えば、彼女お手製(仮定)のハンカチを濡らすなんて勿体無いので、無詠唱で全身に防水・乾燥魔法をかけたため、商業ギルドに着いた頃には、乾燥してただニヤニヤとハンカチを握りしめている不審者と化してしまっていた。
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第1話 喫茶店『ア・ミン』の軒先で… side:コノック・サンダーブレーク
初公開日: 2021年11月11日
最終更新日: 2021年11月11日
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