これまで通り。そう、これまで通り。
目を逸らしていればそれで良かった。自分に言い聞かせた。
彼女の、茅乃の死を。目の当たりにして、駄目だと、彼は宛を失った。
 父を手に掛けてまで、それでも彼女に生きてほしかった。
ただ、それだけだった。
「おいっ、大丈夫か⁉︎こんな所で死ぬわけねぇよな⁉︎起きろ瓢…っ‼︎」
一人で、随分とやかましいものだ。
霞んだ視界の中、光源を探すも見当たりやしない。
光の届かない深い、深い場所で彼の意識は浮上した。
伸ばされた手を思わず掴もうとした、その刹那、意識が遠のいたのをしっかりと覚えている。
失った足場はしっかりとある。起きあがろうとして傾くことはない。
たとえ暗くとも、肩を掴むその温もりは紛れもない。痛むという事はないが上からその手を掴み返した。
「起きて、いる」
絞り出した返答に、どうしてかより一層肩を掴む手が強くなる。引き剥がそうと試みるも、非力な自分の腕力ではそれも難しい。
そして、彼は気付いてしまった。
 意味がないのならするだけ無駄と、止めるだけの体力を使う気は失せた。そのまま何も発さずにいると、対面する相手は酷く狼狽えた声を上げる。たとえ表情が窺えずとも揺らぐ、取り乱すさまが声色から察しがついた。
「…無事だ。」
無事なものか。見えない事を都合よく、言葉を濁した。
喧しい声に覆い被さるように、ほんの少し喉を張っただけで、身が痛むのだ。これまで味わった事もないような痛みだ。
起き上がる事は出来ても、立ち上がる事はまだ出来そうにない。悟られぬように、彼はどうにか言葉を繋げようとする。
「なぁ、東の。」
「一つ、身の上話でも聞いてはくれないか。」
暗くて良かった。
お前のその“色”は、とても惹かれる。
『貴方は何も気にしなくていいのよ、瓢。』
産まれた頃から、母の腕の中が俺の居場所だった。
当然のように回される腕の中、何を心配することもなく、ただただ与えられる愛情を受け止めるだけ。
長命で知られる鬼の血を引いていようとも、俺自身の成長は非常に遅かった。
産まれてから四十年以上が経っても、まだ母に甘えるような赤子染みた行動が目立っていたと、瑠璃が話していたよ。
 両親は共に、俺にその責務を譲ろうという考えは持ち合わせていなかったらしい。お前は何も知らなくていい、何も気にしなくていいからと、言い聞かされてのうのうと育てられた。決して狭くはない屋敷の中、姿形が違う者も等しく家族として、父から与えられる恩恵の元、いつかこの島国に訪れる終わりの日まで、身を寄せ合い生きていこうと。緩やかな日々を送っていたんだ。
『気付いていないと、本気でそう思っていたのか?』
十五年程前、母さんが倒れた。
母さんは、元は人間で。
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鬼ノ目-三十三話
初公開日: 2021年09月11日
最終更新日: 2021年09月11日
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出来るところまで。